++ Wasabia ♧ japonica ++

平凡で退屈な日常の中にこそ、目を向けたい一瞬がある。
大事なことは、いつもその中にしかないのだから。

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◆ 2005年08月29日(月)
夏の風物詩「24時間TV」
「行列の出来る法律相談」でおなじみの丸山弁護士が完走したシーンは
ちょっと目が離せなかった。最後の10分は車を止めて車載のTVに釘付け。

北村弁護士と抱き合って肩車をしたシーンは爆笑そのもの。
いつもいつも眉間に皺をよせて「なんだ、こいつは....」とため息をつく
彼独特の雰囲気はすっかり消えて明るい笑顔がかわいらしい。



去年は確か負け犬と散々言われていた杉田かおるだったんだっけ?

「今年やったらもっと視聴率とれたんじゃないの?」と言う私に、

「いやある意味、ちょっとブラック過ぎて怖いよ....。」とダンさん。

視聴率が取れても意味がないか、チャリティーだから。



毎年毎年、懲りずにやる24時間TV。


今年は夜のドラマも見せてもらったが、なんのことはない。
ただ、「女王の教室」の時間帯に予約を入れていただけのこと。

あの「お涙ちょうだい」的なドラマはいただけない。
「さぁ、泣いてちょーだい、感激してちょーだい」的な作りが
逆にちょっとしらけちゃう。実話を元に作っているのだろうが
実際の話はもっと違うのだろう。(でも阿部寛につられて見てる私も私か)


しかしチャリティー番組がなぜ24時間もやらなきゃいけないのかがよくわからない。
あんだけロングな番組枠を取ればそりゃ目立つし多少の興味を引くかもしれん。
だけど実際内容はダラダラしているし面白いと感じない。

っていうかあれに参加しているおまいら全員が全員、じゃ募金してるのかって
問いかけたくなる。パフォーマンスに違和感が感じられて仕方がないのだ。

ああいうバカ騒ぎでなくて、ドキュメンタリー型式で真面目に
番組作ってくれたなら賛同も出来るのだけどね。

◆ 2005年08月21日(日)
乳がん検査はべっちょべちょ(タオル持参がよろしいかと)
怪しげなジェルをソレに塗りたくり、男は何度もベッドに横たわった私の胸に
それを押し付け、転がした....。


いえ、別に安物のポルノではありません。

AC公共広告機構のCMを見ておっぱいにしこりがあることを発見した私は
すぐさま病院に駆け込み超音波検査を受けたときの状況。

その経緯はこちら
超音波検査とはこんなことをする。

技師の先生は、私のおっぱいにあるしこりの部分を何度も何度も往復し腕組みをする。
そんなに考え込まれると、何かあるんではないかとかなり肝を冷やされたので、
実際、ジェルがローションと同じ感触であるとか、思いがけず検査が気持ちいいとか、
そんな余裕が生まれるはずもなく、私の視線はモニターに釘付けになっていた。

途中、思いのほか時間がかかっているからか他の先生までが入室し、
例のモニターに映るしこりの部分を指差し、二人そろって私のおっぱいを触診。
なにやらヒソヒソと話し始める。


えぇぇぇ、私ヤバイんちゃうん....。


思い起こせば、辞めなければと思いつつタバコの本数は増える一方だったし
不摂生は山のように。ストレスだって命一杯。

でも遊んで不摂生してたわけじゃないのよ。
仕事して家庭のこともやってたら不摂生の一つや二つ、や、三つは当たり前なのよん。

一番必要とされている年齢。
たぶんそれはあと10年以上続くだろう。

その入り口の年齢で変な病気にかかっている場合じゃないのよ、困るのよ。


なんて言い訳、病気に通じるわけはないか....。



やがて10分程度と言われていた検査が25分もかかって終了。
べちょべちょのおっぱいを渡されたタオルでふき取りながら、おそるおそる聞いた。

「あのぉ、わたし、だいじょうぶなんでしょうか.....。」


しかし、それには答えてくれず再診の日に担当医に聞いてくれと言われただけだった。
再診の日はお盆の帰省が終わった19日の日。
それまで私は、多少生きた心地がしなかったのは言うまでもない。


さて、再診の日に担当医師が言うには「乳腺症でしょう」ということだった。

にゅうせんしょう? 聞いた事がないな。
医師が説明する。

「加齢によりホルモンバランスが崩れて起きる病気です。」

「カレイ?」

「加齢、年です。」

「っと、トシっ?」


年ですか。そうですか。
そうか、私もとうとう「年」と言われる年になったんかいな。


酒やタバコは控えてくださいね。
しこりがあるので念のため、半年後、再びレントゲンとエコーの検査を
受けるように指示があり、それで終了。


出産して5年ほど、ドタバタと人生生きてきた私にとって「年」による「病気」に
かなり油断していた気がする。

乳腺症、と聞けばきっと私くらいの年の女性は皆知っているのかもしれない。
今回、乳がんではなかったけどそろそろ本気で健康について考えなければいけないのだろう。


酒は嫌いなので飲まないが。
たばこ、かぁ。
本気で辞める時が来たのかもしれない。(と、タバコをふかしながら書いてみる..テスト)


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何にしろ、1日で合計4人の男におっぱいを念入りに触られたのは初めてだ。

後から知ったがその病院の乳腺外科では担当医師が全て女性なのだそうだ。
出産を経験するとどんな検査でも屁でもねぇやと思えるから私は構わないけども、
そういうのが気恥ずかしい女性は、病院に問い合わせてから検査する事を強く勧める。

しかし一番肝心なのは、乳がんは検査をしても見落としなどもあるらしいので、
きちんとした専門の病院などを探すことが必要なのかもしれない。


参考リンク
見落とされた乳がん「ガン見逃した検診」に投書650通





◆ 2005年08月19日(金)
おっぱい、持ち上げたり挟んだり
「あなたは、みんなの心配ばっかりしているけども。」
チャイコフスキー「花のワルツ」の音楽にのせて夏木マリが言う。

「いちばん頼りにされる年代が、乳がん年齢です。」とくくるAC公共広告機構のCM

それを見た私は数ヶ月前に「なんだかしこりがあるような気がするのよね。」と友人に漏らした事を
思い出し、まさぐるように気になる右胸に....。


なんと、あるような気がどころか、でっかいしこりがあるではないか。
不安に駆られた私はすぐさま病院に駆け込んだ。それが、先月末の話。

乳がんの知識など皆無の私は、どの科にかかればいいかもわからず受付で
「胸にしこりがあるから見て欲しいんだけど、どの科がいいですか?」とたずねた。

「胸? おっぱい? おっぱいのしこり? 乳がんなの?」

なの?と聞かれてもそれを調べにきてんじゃないか。
などと思いつつ示された外科に受付を通す。

待ち時間に何気に見た「乳がん」のビラには乳腺外科なるものがあることを知る。
あれ?受け付けたのはただの外科だけどいいのかしら。

その不安を看護師に聞いてみるが
「ま、調べる事は一緒よ一緒。問題はないわ。」
その ま、ってのがなんだか気になる言われ方。

重なる不満を覚えながら名前を呼ばれ診察室に通される。
年のころ40代の男の外科医。
一通りの問診を追え、ゴロリとベッドに横たわり触診に入る。

まぁ、性行為以外でこんなに熱心に、念入りに男の人におっぱい触られたのはもしかして
生まれて初めてかもしれない。なんだか複雑な感触だわ。
感じるとも違うが、あんがい気持ちいいかも。


しこりを確認後、「レントゲン撮りましょう」と即され放射線科へ。
レントゲンと言われりゃ、だいたい想像するのが胸をはだけて板に押し付け、
「はーい、息をすって、止めてぇ。」のアレ。

しかし登場したのが何とも初めてみる機械。
そう、よく耳にするマンモグラフィー

どのようにレントゲンを撮るのかと言えば、こちらの図のようになる。




年の頃30代後半の感じの良い放射線技師が静かに言う。

「きちんと撮る為におっぱいに触ることがありますがご了承願います。」

うん、そりゃそうだ、それは仕方がなかろう。

「それと、結構...痛いと聞きます。...いや、ボクは男なのでわからないですが、
だいたい皆女性の方はそう言いますから...。それに見てるだけでも痛そうですし...。」

「え、痛い?かなり...?」

「ええ、平べったくするまでかなり押さえ込みますので....。」

ひ、ひらべったく?


それから技師の方がああでもないこうでもないとおっぱいをあっちにやりこっちにやり、
持ち上げたり、ずらしたり。ああでもないこうでもないと、いじくりまわされたあげく、

ここだっ!

彼はベストポジションを見つけたかと思うとぎゅぎゅぎゅ〜と
これでもかと言うほどの圧力で挟み込む。

あいたたたたっ!
いてぇよ。マジいてぇ。

覗き込むとなんとおっぱいペッタンコ!
あぁ、なんと無残な形の我がおっぱい。
検査とはいえあまりにご無体な....。


地獄の挟み込み攻撃を幾度か受けた後、次はいよいよ超音波検査へ。

次回につづく

◆ 2005年08月17日(水)
女の敵は、オンナ
「お疲れ様、今回はどうだった?」

夫の実家を後にして約30分後、車を運転しながら夫はこう聞いてきた。
いつもなら楽しかったと答えるのだが、うん....と言ったきりしばらく沈黙した後、

「疲れた....。」と答えたきりだった。

実際のところ言いたい事は山のようにあるのだが、ひどい倦怠感と疲労感で
思考も低下していたこともあって、答えるのも面倒になっていた。

しかし、こうやって気遣ってくれることには感謝している。
例え滞在中のフォローが全くフォローになっていなかったとしても。
こういう気遣いがあるうちは、まだまだがんばれるかなという気にさせてくれるものだ。


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一般的に九州と言う土地柄は男尊女卑がきついことが知られているが、
大阪であってもうちの家での父の男尊女卑の考え方は、相当なものだ。

女はかくあるべき。という凝り固まった考え方を小さい頃から延々聞かされている私には
男のそれを見聞きしたところでそれほどの驚きはなかったかもしれない。

むしろ驚いたのはそれを女の方が受け入れて自覚してしまっていることだ。
今回集まった夫の兄弟関係の家族3組。総勢9人、義理父母を入れて11人の大所帯の
身の回りの世話や朝昼晩の食事の支度、洗濯や買物を一手に引き受けてこなしたのが
夫の姉である。

自分が生まれ育った実家ということもあって一番勝手がわかっているから必然的に
そうなってしまったのもあるが、それを補佐するのが私たち兄嫁と弟嫁の私であるが、
なにせ殆ど良くわからない私には何をどうすればよいのかもわからないし、
また聞きながらやるのも効率が酷く悪い。

最初の頃こそかなり気を使ってがんばったけども最後の方では子供を理由に殆どハンスト状態で
部屋にこもらせてもらっていた。出来損ないの嫁だったのは言うまでもない。
逆に兄嫁の方は義理姉と年代も近いことや子供が居ない事で煩わされる事もないからか、
仲良くやっていたように見えたが、心中かなり気苦労していただろうと思う。


私が引っかかるのが、男集の縦の物を横にもしない体たらくぶりと、それを気にも留めない女の反応。
確かにここ一番という場面になると男が出張って行事を進めていたが、
実際、法事の一番大変な部分と言うのは影の炊事全般だろうと思う。

ひっきりなしに訪問してくる親戚たちのお茶だしやお供え物の処置だとか、
息つく間もなく一日が暮れていたように思う。

加えて大量に出る洗濯物を洗って干して畳むだけでも半端な量ではない。
これは私が殆どやっていたが、畳んだものを義理姉に全て畳みなおされたのは凹むこと大である。
ムカッと来たが、横から畳み方を盗み見して「これでどうだ!」とやる方もやるほうか。


しかし大人数の食事の支度をあのクソ狭く使いにくさ爆発の田舎独特の台所で
殆どこなした義理姉にはかなわないなと、正直思う。
それに引き換え、箸の一つも並べる事もなく、自分のお茶一つ入れる事もなく寝転がって
食事が並べられるのをタバコをふかしながらぼけっと待っている男どもを
文句も言わずにやってあげる女の心境と言うのはどうなのだろうと思うことしばしば。


「テーブルの周りをぶんぶん飛び回るハエのように動いていたのは女ばかり。」


大阪へ岐路につく道中、私は夫にこう表現した。
夫は苦笑しながら

「まぁいいんじゃない?」と答えるにとどまった。


いいんじゃない?

もちろんよその家事事情なんて私の知った事ではない。
それでよしと女が思い、上手くその家庭が回るのならそれはそれで何も問題はないだろう。
しかし、それが日本全国全ての女がそうあるべきと思われるのは合点がいかないと思う。

それにしても、昔の台所ってのは非常に使いにくい。
義理父が、自慢げにこの家の製図をワシが全て引いたと言っていたが、
その父の女への考えが全て表現されたかのような狭苦しく貧祖な台所である。
全体が質素であるなら、それは仕方がないと思えるが華美な仏間と居間に比べるとあまりに
バランスが悪い。時代が時代だっただけに仕方がないのかもしれないが、
それにしても未だに文句も言わずそのまま給仕をし続ける女ってのはどうなのだろう。


別に炊事洗濯を手伝わせろとまで言うわけではないが、自分の箸や茶くらい自分で準備させて
しかるべきと思う私は、きっとこんな田舎では3日で追い出される事必須だろう。
それはきっと男からだけでなく、きっと女の側からも同じような評価が下される。




この間の税制調査会では専業主婦のための「配偶者控除」の削減などが提言され、
何もせず家でごろごろなどと専業主婦批判がされていたが、どうしてどうして。
まだまだ地方圏では、家でごろごろなどはさせてもらえないのが女である。

が、また、それを甘んじて受け入れているのも女なのかもしれない。

本当の不公平は、家事を一手に引き受け、代わりにもらえる特権がなくなることではなく、
パンツ一つ洗わない男を、女が作り出している古い慣習そのものではないだろうか。



いや。

これはたぶんに、慣れない田舎で不出来な嫁の烙印を押されているだろう私の
ほんの戯言にしか過ぎないけども...。


◆ 2005年08月11日(木)
「妻」という立場から「嫁」に
今日から約4日間、妻または母から「嫁」として勤めを果たしに行く。

大阪から九州の果てのその又橋を幾つも超えた離島へ、車で長時間かけて
盆の期間夫の実家に行くのである。

私は乗り物酔いが激しく、2時間ほどの遠出でも酔い止めの薬を離せない。
初めてその離島へ車で行った時は、吐きまくり寝込みまくりで道中酷い熱でうなされ
ゆうに2日間もかかったのである。

毎年のこの苦行の成果もあり、多少の旅行ではヘコタレナイほど強くなってしまったのは
良い事かもしれないが、それでもやはり私の中では大変で重大なイベントの一つである。

当然の事ながら、向こうについた初日の私は全く使い物にならない。
しかし具合が悪いからと寝込んでばかりも居られないのが「嫁」という立場だ。


方言がきつく会話の殆どが夫を通してでなければ全く通じないよそ者の私は、
笑い事ではないが、身振り手ぶり前後の会話の流れや空気で全身をかけて理解しようと
試みる。まるでジェスチャーゲームのようなのだ。

言葉の方言の違いに加えて習慣の違いや慣例の違い考え方の違い、生活パターンの違い。
食べ物の違い。
どれをとっても外国にきたかのようなカルチャーショックを受けると言っても
決して言い過ぎではない。


気を使わないで、と言われてもそういう訳に行かないのが「嫁」なのである。
しかし、夫は私のそんな影の大きな努力や苦労を全く理解できない様子なのは、
私がそういった努力に対して微塵も愚痴を言わず、明るく
いつも前向きにこの旅行に参加している経緯があるからなのは仕方がないのかもしれない。



今回、初盆という法事があることで大勢の親戚たちが集まる。
当然大勢の人たちが一つ屋根の下に泊まることになった。
実に気の重い話である。


「親戚なのだから気を使わない人ばかり、一つの部屋に皆で雑魚寝しても
何とでもなるだろう。」

と言ったセリフに、私はとうとう今の今まで溜めていた
愚痴を昨晩、炸裂してしまった。


「あなたは何一つわかっては居ない。」

その愚痴はゆうに2時間半に及んでしまった。
一つ一つ、どれほど気を使っているのか。
気を使わせてはいけないと気を使ってない振りをしながら、多大な気を使っているのが
なぜわからないのか。と。

今の今まで喜んで実父母に会いに行ってくれていると思い込んでいた夫にとって
強烈なアッパーだったようだ。ずっと黙りながら私の話を聞いていた。

右も左もわからない言葉も通じないよそ者の私が唯一気を許せる相手はあなただけ。
そのことを片時も忘れないで。
笑っていても、心の中では怒っていたりジョーダンじゃないと思うことは一つや二つではない。


あなたがそれを忘れた時が、毎年恒例のお盆の帰省行事がなくなる時なのだと。



功を奏してか、4泊5日の実家帰省が2泊3日と短縮された。
あまり快く短縮した感じではなく、渋々感が漂ってはいたが
私のストレスがかなり軽減されたのは言うまでもない。

苦労させていることを理解する事、それを喜んでやってくれている事に感謝する事。
これがなければ誰が気が重いばかりの苦行に行くものか。


男は常に忘れないで欲しいと思う。
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