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2016年10月23日(日)成長
まつげが生えてきた。
表情もかなり豊かになって満足げな顔で寝ている

お風呂に入れ3日目。
入れるガワも本人もだいぶ慣れてきて大人しく入ってくれたが、途中で私のTシャツを両手で掴んできて可愛かった。
お風呂から上げたあともTシャツの脇を掴んでいて、私のことを「助けてくれる人」と認識したようで嬉しかった。

性別がはっきりしなかった顔も完全に男の子とわかる顔つきになり、1週間なの成長の速さに驚かされる。
朝あった頬のかすり傷や赤みも夕方には消えている代謝の速さに驚く。

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腹にいたときからよく動いていたけれど、
生まれてすぐから首の力が強くておっぱいのときに首を明後日の方向にのけ反るので危なくてしょうが無い。
ベッドの上で横にしていたら生後二日目で半分寝返りのようなしぐさをしていた。
私も生まれたその日に寝返りしていたそうだから血筋かもしれないわ。




2016年10月17日(月)二人きり
聴力検診とのことで数時間息子と離れる。

シャワーの時は新生児室じ子供を預けるんだけど
そういうときも息子と離れるのが心細い。
泣いてはいないか、誰かに持っていかれるのではないか不安になる。

この子と二人なら何処でもいいと思えてしまう。

むしろ誰にも邪魔されないとろこで二人きりでのんぴりくらしたい。
旦那たち一家が嫌いなわけてはないが、邪魔されない生活がしたい。

義母の言いがかりともいえるくだらない注意とか、
旦那のくだらないインテリアの拘りで台所の使い勝手も思うままにならなかったり
冷蔵庫の飲み物どころか水すら気軽に飲めないような家を自由に使えないストレスとか
週1,2回頻繁に夕飯時にやってくる義妹に気を使って中々夕飯たべられなかったり
あちらに帰るメリットが見当たらない。

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実家に帰って来て地元の友達に会って近況を話すと
私って家族に全く気遣いされずに生活してたんだな〜って実感したわ。

母にも話すと、ばあばでさえ弟(息子)のお嫁さんには気を使っていて
「ご飯作らなくていいから嬉しいわ〜」だの、妊娠中は好きなものを買ったり色々したんだそうよ。(母は何もしてもらってないそうだけど)

母自身も嫁いだ先の義母は注意なんて何もされなかったし
旦那の兄弟が「義姉さん、お茶でもしようか」と喫茶店に連れて行ってくれたり
下のお義弟は身重のときにサッと椅子を引いてくれたそうな。

そんな気の利く家族、私には皆無だぜ。
お腹がつっかえてテーブルのドレッシングが手を伸ばしても届かなかったが
誰一人取ってはくれなかったので立ち上がって取りましたが何か。
あれは気遣い云々の話ではなくて、神経的に鈍い家族なんだと思う。
田舎の土地柄なのか、あの家族が鈍いのか…。
そのくせ私には「こういうときには気を使って…」とか説教する義母。
お前にその言葉そのまま返したいわ。
義母の場合、気付いても気を利かせないタイプだろうが。

友達に「そのお義母さんは自分に利益にならないことはしないタイプだろうね」といっていたわ。

飯を作っても注意はされても感謝はされず、
腹が大きいからといって「体調大丈夫?」なんて気遣いの言葉はなかったわ。
妊婦健診のときに「どうだった?」って聞かれたぐらいで。
子供の具合は気にしても、母体(私)の健康は興味ないようだ。

その根底には「嫁いてきてくれた」ではなく
「子供を理由に上がりこんできた」または「妊娠したから貰ってやった」があるんだと思う。
あと、娘(義妹)が近くにいるから余計に気が大きいんだと思う。
将来私に面倒見てもらおうと思ってないし、見てほしくないと思ってるから
私に対する気遣いもしないんだと思う。

いずれ義母の面倒を誰が見るのか旦那と話さないといけないなぁ。
プライドの高い義母だから私に下の世話なんてしてほしくないだろうけど
九州出身の男性と結婚した義妹がいつまでこっちにいるかもわからんのに。
そもそも近くに住んでたって義妹が面倒みてくれるとは限らないのに。
まぁ、長生きしなければいい話だが(爆)

とにかく帰ることが憂鬱でならない毎日です。
2016年10月16日(日)予想外。
出産3日目。
昨日は旦那一家見舞い。

本当は昨日の予定だったけど
腹も切ってるし風呂にも入っていないので旦那にお願いして一日送らせてもらった。
遠方だから週末しか来れないと思うけどもうちょっと察してほしい…。
相変わらず鈍い家族だなぁと思ったり…。

坊っちゃんが思ったより興味深そうに赤ちゃんにちょっかいを出して遊んでいた。
妊娠したときは誰からも祝ってもらえない気持ちだったけど皆から祝福してもらえて幸せな子で良かった。
旦那もおもちゃやら買って嬉しそうだったわ。

買ってきたおもちゃの効果か夜は割りと寝てくれて、おっぱいをやるのが大変だった。
お着替えでクズりはじめるが、泣いていても可愛く愛しおしく感じて涙かあふれる。
こんな気持ちが内側から込み上がってくるなんて思いもしなかったし、
忌まわしかった自分の名前も感謝したい気持ちにもなった。
犬を飼ってなければ余裕もなく、ただ泣き続ける子供に苛立っていたと思うけど、私を頼って泣きじゃくる子供がただ愛おしい。

亡くなった犬の分も、子供を愛そうと思えた。

体重が、減っていたので母乳に加えて哺乳瓶でミルクを追加。
疲れるようで飲み終わってぐったりしてる顔も愛くるしい。
このまま可愛い赤ちゃんで止まっていてくれたらいいのに。

早く育ってほしいと思っていたのに意外続きの毎日。

2016年10月15日(土)交代。
二日目の夜からグズりだす。

寝ようとするとクズリの繰り返し。誰かを探してるように海老反りになって黒目を彷徨わせて頭を反らして泣いている。
パパをさがしてるのか?

完全に目覚めたようで目も開くようになってきた。
泣いている顔が男の子っぽくなってきており、数時間単位で顔が変わっていることに気づく。

タオルで包まれた息子をあやしていると、タオルで包んだ犬の亡骸を火葬場に向っているときとダフってしまい涙が溢れてきた。
子供の誕生は嬉しいし、犬の分まで可愛がろうと思ったりもするけれど、
犬にもっと生きていてほしかった。もっとしてあげたいことがあったのに。

犬に色々教えられたからこそグズり続けても穏やかでいられる。
泣いていても可愛いと思える余裕がもてるのは犬と16年過ごして色々あったおかげだと思う。

ぐずるたび抱いて歩いて母乳をやりを繰り返していたが、さすがに2時をまわると寝不足の頭痛とめまいをかんじてナースセンターに子供を預けて3時に就寝。

翌日聞けばミルクを飲むこともなく寝ていたよう。
静かな空間だと泣いてしまうそうな。お腹減ってたわけじゃないのね。
自分の都合で預けたのに手元に帰ってくると私もホッとする。

生まれた子は、髪の毛が長い。
手術台の上で初めて見たとき、第一印象が犬みたいに毛が多いと思った。

生まれた瞬間に泣いたと思ったら、「おめでとうございます」と、
私の胸にしばらく置いてくれたんだけど、不思議と泣き止んだ。
生まれたばかりのせいか、カエル?か犬みたいに伏せポーズのまま丸まっていた。

その後、産後医療師に検査につれて行かれると再び激しく泣き叫んでいた。
医師にヒョイッと連れて行かれたとき、0.03の私の視界には黒々とした彼の髪の毛と体の形が犬の姿とダブリ、
瞬間的にうちの犬が手伝ってくれたんだと感じて涙が出て仕方なかった。

それから縫合。手術よりも縫合の時間が長く、大先生が説明しながら施術していたようだった。
下半身麻酔は初めてだったけど、局部麻酔のおかげか背中の麻酔は思ったほどの痛みではなかったけど、
刺されたときにビクッとなったら、お腹の子が異常に激しく動き出し、お腹の動きで私も動いてしまいそうなぐらいだった。

歯医者で異常にあばれたりしていたから病院嫌いな子なんだと思う。

麻酔から出産まであっという間だったけど、
お腹を押された瞬間があってその苦しさで肩に力が入ったみたいで
筋をおかしくしたようでしばらく右肩が痛かったわ。。。
麻酔や痛み止めが切れてくると体の関節が所々痛いことがわかった。

でも不思議なもので生まれて見ると我が子はかわいいし、
二人目を産んでもいいかなと思える。
産むまで苦しくて大変だけども…。
2016年10月13日(木)入院
入院当日。
犬のこともあってここ数日は犬の写真の整理をしている。
写真で犬を見ているだけで気が紛れる。

死んだ直後より数日が経過して落ち着いてきたころに悲しみが襲ってくる。
特に夜寝付くとき。
電気を消して寝ようとすると犬のことを考えてしまい中々寝付けずテレビをつけっぱなしで寝る日々。

爪が伸びてくると”カシャカシャ”切ったばかりは”ピトピト”と肉球が張り付くような、
ささやかな音を立ててフローリングを歩き、その日常音が無くなった静けさが何とも無機質で殺風景に感じる。

地雷防止(ウンコやおしっこ)に昼間でも無意識に電気をつけてしまったり、縁側や玄関の柵を無意識にまたごうとしてしまったり。
16年間続いた癖が抜けないでいる。

不妊で悩んでいる人にとっては不謹慎な話だろうけど、
自分の子供の誕生より犬が亡くなった悲しみのほうが強くて気が抜けてしまっている。
元々子供に興味がないから余計に…。

旦那とも初めて喧嘩して、何から何まですべて悲しい気分が続いた。
某音楽フェスに気分転換に母とライブに行きたいとお願いしたところ承諾してくれたものの、本当に渋々といった感じて「これっきりにしてくれよ」と言われ、それが納得いかなくて喧嘩になった。

結局はライブは諦めて、私が折れる形になったけど、
やっぱり結婚って私には向いてないと感じた。
何をするにも許可がいる環境が息苦しい。

子供のことを考えろということだろうけどそんな余裕がない。


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月曜の夜にお腹の張りが治まらず、病院に行ったものの
エコーで小一時間様子を見たけど張りは見られずそのまま帰宅。
何とか予定日に入院することが出来た。

午後に母親に送ってもらい、
入院手続きをして問題なく希望のトイレ付きの個室に入れた。
きれいで広い個室で安心。

手術担当の医師が代わる代わる挨拶にやってくる。
どの担当医も感じのいい人ばかりだった。

夜は手術前のエコー。
問題なく頭は下。2度も逆子になる落ち着きのない子っているのか??
最後の1週間でより大きくなり、動きも激しく、
「早く出たくてしょうがないんでしょうね」と母に言われる。
2016年10月05日(水)荼毘
久しぶりということもあってまとまりのない日記になりましたが
一晩経っても悲しいものは悲しい。

悲しんでも仕方ないけど、自分の意思とは関係なくふとしたタイミングで涙が流れてくる。
前触れなく突然悲しみが襲ってきて呼吸すら苦しくなる。
これが失恋程度のものなら時間とともに薄まるんだろうけど、
この気持ちは多分自分が死ぬまで繰り返されるんだと思う。

和室で外を眺めるのが好きだったことと、
遺体を冷やすためもあって、私の寝床である和室エアコンをつけて寝るまでの間は一緒に過ごして
最後は母親と一緒に過ごしたいだろうと思い、母の寝起きしているリビングに運んだ。
(私の部屋は2階なので母の寝室を借りている)
真夏でもないし、保冷剤で冷やしているので腐敗することもないし。
晩年は嫌がって顔の手入れをさせてくれなかったのでむしろ死んだあとの方が無臭だったけど・・・。

昨日は天気予報の割には涼しい朝で、
そのまま窓を開けてリビングで犬と一緒に過ごした。
保冷剤でヒエヒエの身体を撫でて「寒くない〜?」と声をかけたり
頭を撫でたり、最後に肉球ムニムニしたり。
死後硬直はしていても肉球や皮は柔らかいままなんだなぁと。

初めてペットを亡くす経験をしたので頭が回らなかったけど
葬儀場に向かう途中、犬が大好きだった街中の公園を通ったんだけど、
早めに出て思い出の場所を抱っこしてお散歩すればよかったな。

カフェめぐりも大好きで散歩するたびに入りたがったカフェでランチでもすればよかった。
タオルに包んで大きいバッグにでも入れさえすれば周りにわからないし。

私が嫁いたことや、目やに&耳の炎症で異臭を放っていたので
ここ半年以上カフェランチ出来ていなかった。
その症状も大分良くなったのでお茶でもしようと思ってたのにな。
目は見えなくてもなんとなくの雰囲気とか、風の匂いでわかるだろうし。
最後に行ったのはいつだったんだろう・・・。
その時もあんまり目が見えてなかったはずだから、引っ越し直前ぐらいかな。

思い出したように思い出の場所を通って葬儀場に向かった。
葬儀は思ったよりちゃんとしたもので、10分近いお経を上げてくれた。
お焼香もして、手を合わせて。戒名も頂いた。

そのあと祭壇室にあずけてあった犬を受け取って火葬場まで移動して、
家族だけで犬とのお別れの時間があった。
彼氏代わりだったミッキーの縫いぐるみや、カフェで敷物として使っていた母のスカーフ思い出の品やお花で犬を囲んでお別れして、火葬を見届けた。

1時間半ほど、近くで見つけたレストランで食事をした。
偶然なんだけど、そのレストランチェーンの鶏肉が大好きで、母は行くたびに犬のために残してタッパーに詰めて持って帰っていたんだよね。
「ここ1ヶ月ぐらい来てなかったな。もうあげることもないなんて張り合いもないなぁ」と。
食欲がない夏でも、ここの鶏ステーキは喜んで食べていたそうな。

火葬場に戻って納骨。
案外頭蓋骨はちゃんと残っていた。
「ここの黒い部分は内臓で、ウンチもちょっと残ってたのかな」と係の人が説明してくれた。
母と二人で遺骨を骨壷につめて、少し世間話をして係の人にお礼を言って帰ってきた。
最後の最後で涙が溢れて止まらなかった。
16年、犬と一緒に過ごした日々は本当に楽しかった。
もちろん煩わしいこともあったけど、楽しいことしか覚えてない。
ウンチを取るのも、噛まれたり喧嘩したことも今となっては幸せなことだったと心から実感する。

老化したものの、こんなにもあっさり死んでしまうなんて本当に思ってなかった。
介護用のハーネスとか、おむつもいずれは用意しないといけないかな、なんて思っていたのに。
数ヶ月のお漏らしはあったけど、親孝行な子だったんだろうな。

けれど、私が帰ってきてすぐ死ぬなんて、何なんだろうと思うけど、
「最後に会えて安心したんじゃない?」って周りには言われたけど、私にあえて安心して死ねたんじゃなくて、私に母を任せられて安心したんじゃないかと。

そもそも私が母を置いてこの家を出られたのは犬がいたからなんだよね。
犬なしの家だったら実家を出ることはなかったと思う。母と兄の二人きりの生活なんて…。
犬ながらも母を一人にすることが不安だったのかもしれないと思った。

昔に比べて大分マシになったとは言え、日常的に癇癪を起こしてジタバタする兄との生活なんて、私でも母が心配だ。
母のことを考えても死んだのが私がいるときで良かった…。

出産の里帰りとか、事情こそ理解していないだろうけど、
実家を出て以来、いつも日帰りだった私が夜も朝もずっと家にいることがわかって安心して死ねたのかなと。
1週間以上実家に寝泊まりするって、家出てから初めてのことだったもんな。
犬としては私が実家に帰ってきたんだと思ったのかな。

あと、おしっこ垂れ流して耄碌しながらも、母親に迷惑かけてるっていう実感があったのかもしれないわ。
我が犬ながら空気を読む賢い子だったし何より「お母さん」が大好きだったから。

旦那と付き合うまで5年以上彼氏もおらずに毎週実家に帰ってきていたけど
今となってはその分、犬との思い出がたくさん作れて良かったなと思う。
逆に旦那と付き合ってから1年半ほど犬と出掛ける機会が少なくなって申し訳なく思う。
だから犬が一気に老化したこともあんまり実感が無かった。

もうちょっと抱っこしたり、頭撫でたりしておけば良かったな。
抱っこして近所へ散歩もしたかったのにな(ずっと雨で出来なかった)

パソコンを再び修理へ出してしまい暇なので
母が適当に壁に貼ってあった犬の写真を100円ショップのフレームで飾ろうと整理を始めた。
日付印刷嫌いで、いつの写真かわからないので旦那のパソコンで確認しながらまとめるつもり。
2016年10月03日(月)センチメンタルジャーニー
パソコンを修理に出したり、実家に里帰りしたり、
修理から戻ってきたと思ったらWi-Fi不良でネットにつながらないわで
放置していたのですが、さすがに今回は忘却録として書いておこうと思います。

今朝、16年間実家で飼っていた犬が突然息を引き取りました。

昨日まで普通にしていたので心の準備が出来なかったのですが、
一日たってだいぶ落ち着きました。

歳が歳なので、お腹全体にしこり化した乳腺炎があったり、
去年から耳の中が化膿していて、その影響か最近では鼻をグズグズさせていたり、
夏頃から目と耳がきかなくなりオシッコやらウンチをまき散らし、
夜中に家中を徘徊したり、転んでその場で眠ってしまったり
16歳を過ぎた頃から一気に老化したものの、寝たきりになったわけでもなく
暇さえあれば家じゅう歩き回っていたので身体自体は健康そうだったんだけどな。

悪臭がしていた耳の具合もマシになり、
痛がって触らせてくれなかった耳も昨日は手入れさせてくれたので
炎症がだいぶ良くなってきたのかと思ってたところだったんだけど。

最後まで自分でご飯をたべ、自分で水をのみ、用を足し、
いつも通り母の布団に寝て、そのまま逝ってしまった。
本人は苦しまずに死ねたわけだから幸せだったのかな。

涼しくなってきて食欲も出てきたようで、昨日もガツガツ食べていたんだけどな。
週末に柿を丸々一個食べしまったせいか下痢をして水便垂らして大変だったけど
食欲もあるし、薬用のモナ王をまだ欲しそうにしてたんだけど。(甘いものに混ぜて飲ませる)

昨日も膝の上で抱っこして赤ちゃんみたいだね〜なんて遊んでたんだけど。
友人からもらった赤ちゃん用スリングに入れてみたり遊んだり。
写真撮ってもらおうと思ったけど、スッピン&家着だったので撮らなかったけど、撮ってもらえばよかった。
まさかこんなに突然死んでしまうなんて夢にも思わなかった…。

しいていうなら昨夜、足のもつれがひどくて、フローリングで滑ってはいたけど
普段から心臓のお薬の影響でよろけることもあったので何も気にしてなかった。
死んだように身動きせずに寝ることもよくあったので。。。
冷蔵庫の前で寝てるとか、昨日一昨日もドアのそばで死んだように倒れてて死ぬほど驚いたこともあったし。

今思えば身体も妙にホカホカだったし、微熱もあったのかもしれない。
もっと若ければ病院に連れて行って死因の確認もしたかもしれないけど
もう老犬だし、因子はいろいろあるのでそこまではしなかった。
耳の汁も、耳鼻内部に腫瘍があるのかも、なんて話もあったし。

今朝は珍しく家族全員遅くまで寝ていたんだよね。
大抵兄が朝から騒がしいか、祖母から朝食の催促電話があるか、
犬が徘徊して壁にゴンゴンぶつかる音、などなど…で7時過ぎには目が覚めるんだけど
今日に限ってみんな寝ていたんだよね。

そのうち、母が起きたので一緒に朝食を食べていたんだけど
犬がピクリとも動かずに寝ているので冗談で「死んだように寝てるね」と母と話していて
「半目開けてるから起きてるのかな〜」と母が顔を近づけると
「え!息をしてない!」と布団を剥いでお腹に耳を当てると「うそ!心臓動いてない!」と
慌てて駆けつけると身体は冷えていて、すでに死後硬直で固くなっていた。

布団のせいかほのかに温かったのでおそらく早朝に亡くなったんだろうけど
薄目を開けていて、まだ生きているような顔をしていた。

悲しみをごまかすように、ずっと触らせてくれなかった目ヤニだらけの顔を手入れして
お手入れタオルで身体を拭き、炎症していた耳も掃除して
そのあと、ネットでペット葬を調べたり、お世話になった動物病院に連絡したり、
何とか近くの寺院で予約ができた。

ペットの火葬って、
まとめて焼かれてお骨がどれだか分からんとか、数日後に焼かれて返骨とか、
人間ではありえないコースもあったんだけど一番高価な個別葬&火葬立ち合いにした。
「病院から検診を勧められてたんだから同じだもの。
 これからは何も掛からないんだし。」と…。

夕方も買い物に出かけたんだけど
「食材も買わなくていいって、寂しいね」って。

お供え用のお花をたくさん買って帰ってきた。
生まれた子供に会わせられなかったのが心残りだな〜…。
予定日まであと2週間だったんだけど…。(帝王切開予定)

実家に里帰りして、用事もひと段落したので
今週は犬とカフェでお茶でもしようと思ってたところだったのに…。
犬が好きだった湖畔までのドライブもしたかった…。

でも、
入院中でもなく、予定も全く無く、一日中一緒に過ごせる日をちゃんと選んでくれて良かったと思う。
先週は毎日ぎっちり予定が入ってたし、これが2週間前だったら火葬に立ち会えたかもしれない。
ペットのために里帰りなんて「はぁ?家族よりペット優先?」って言われかねない嫁ぎ先だし…。
祖父の亡くなった時もそうだけど、なぜか私が実家に出戻ってるタイミングなんだよな…。
「あんたが来るの待ってたんだろうね。安心したのかな?」と。
逆に子供を産んで嫁ぎ先に戻ったら実家に帰ってくることなんて出来なかったと思う。

明日の火葬日も病院の検診予定にもかぶらず、天気も晴れの予定。
台風がきてるっていうのに不思議。犬の日ごろの行いが良かったのかな?
大好きな母の隣にいれたし、心細くなることもなく安心して逝けたかな。

犬の毛も、むにむにした肉球も触れるのは最後だから
思う存分触っておかないとな。

でもやっぱり、子供に会わせたかったな…。