un capodoglio d'avorio
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2004年07月27日(火) THE HIGH-LOWS "荒野はるかに / ズートロ" "砂鉄"

2003年6月、The Blue Hearts時代からのメンバー、key白井サン脱退。

2004年4月、自らの作品のみを扱うレーベル "Happysong Records"を設立。

危機だった。今年、ハイロウズは明らかに危機を迎えていたのだと思う。かつて、あるインタビューでヒロトは語った。快楽主義を。アナーキスムを。しかし彼は開放的な人間では決してない。なぜなら、何でもしていいんだよって語ったあとに必ず例外として付け加えるのだ「他人に迷惑をかけるヒトはそこにいちゃ、いけないの」。まるで、子供が未知なる世界である家の外を怖がるかのように。

そうしてハイロウズは、バンドの音作りを何よりも大切にし、バンドのグルーブを何よりも慈しみ、ヒロトもマーシーもソロでやれる力量がありつつもまったくそこへ向かうそぶりすら見せず、ただただ、バンドという幻想をかき抱いて10年間。10年間、それを幻想と知りつつもだからこそ大切に守ってきたヒロトだった。

白井サン脱退後、初のシングル曲である「荒野はるかに」と「砂鉄」はマーシーの作詞作曲。さすがマーシーである。ヒロトが天才・芸術家と言われるのに対してマーシーは秀才・職人と言われる所以である。曲を書いてもいつもレベルが安定していてるから安心できる(しかもそのレベルは極めて非凡と言える)。

メロディがしっかりしてる「荒野はるかに」は、もろ、危機に立たされた自らへのメッセージのような身振り。そしてメロディがよれよれな「砂鉄」・・・、どかはこれがすごいと思った。「マミー」で実現した希望と絶望のあわいを、閾を、たゆたいながら再びすくい取った曲である。もしかしたらバンドの継続すら危ぶまれたであろう状況を、きっとこの曲、ただこの曲だけで持ちこたえられるだろうとどかは確信したほど。かなりの名作、ステキなラブソングだと思う。


  マティスの窓から 忍び込んだなら
  群青のギター こっそり鳴らそう

  葉っぱの切符は 一晩有効
  あくびをしている 猫の車掌さん

  (「砂鉄」作詞作曲・真島昌利・・・より)


「マティス」という固有名詞を挿入して一気に詞世界に揺さぶりをかけ、その後すぐに「群青」という色の鮮烈なイメージをぶつける。「葉っぱ」というのはもちろんドラッグの暗喩でありつつ、かつ窓から忍び込んだときに袖についていたそのものをもイメージさせ、「猫の車掌さん」という牧歌的なイメージでそれまでの加速感を一気にズラして、かつ「サ行」の音の連鎖で余韻をきれいにまとめる・・・、いかにもマーシーである。

悲しい歌を悲しく歌ってもしかたがない。嬉しい歌を嬉しく歌ってもしかたがない。そんなことも前にヒロトは言ってた気がする。そこのあわいにたゆたって、ギターを鳴らすこと。ハイロウズの音楽はとっても自覚的である。しかし自覚的だけど限定的ではない。彼らは自覚的に、聴衆が逍遙できるような空間を生み出すのだ。だから、どかは言っている。ハイロウズは、極めて大人の音楽をやっているのだと。

しかし・・・、ヒロトの調子があがらない。今回のシングルのヒロトの曲「ズートロ」にしても「ヤゴ」にしても、どかはイマイチだと思う。いや、ヒロトが、いわゆる意味性をとにかく嫌って、バカっぽい意味無しの詞にしたかったという意志は痛いほど分かる。その方法論はまちがってない、極めて有効な、ポストモダン的手法であると思う。

でも例えばヒロト作のそういった曲である「オレメカ」や「ブンブン」と比べると、イメージの広がりがかなり限定されてしまっているように思う。バカっぽい意味無しの詞でも、ヒロトが調子がいいときは、信じられないような泣ける曲になったりするのだ。「オレメカ」はハイロウズ屈指の名曲だと思う。でも、とくに「ヤゴ」は、いかがなものかと思ってしまう。

この9月にニューアルバムが出るけれど、どかはいま、不安のが大きい。ボーカリスト・ヒロトは相変わらず無敵なのだけれど、まだ聴いていないヒロトの曲がいったいどうなるのだろうか。もしかしたら前作「angel beetle」に収録された「ななの少し上に」のような起死回生のすごい曲が隠されてるかもしれない。

でも、満塁逆転サヨナラホームランを打つには、いまのヒロトは少し、くたびれている気がするの。マーシー。ヒロトを支えてあげて下さい。キーボードの空白は、オーチャンのスペシャルなドラミングで神懸かり的に埋まっている。けれども、ヒロトのココロの空白は、きっと、マーシーにしか埋められない。

がんばれヒロト。おねがいマーシー。


2004年07月26日(月) 松本大洋「ナンバー吾(6)」

今回のハイライトは、マイク(ナンバー王)と尚昆(ナンバー仁)の、囲碁による対局。拳銃を手にした尚昆の俯く顔が切ない。連載初期から比べるとときおり描線がラフに乱れる。これはしかし、松本サンにとっては了解の範囲内のブレであり乱れなのだろう。

まるでドイツ表現主義のキルヒナーのような振動する輪郭によって、不安や高揚を身にまとうキャラクターたち。そしてそもそものキャラクターの造形がしっかりしているから、この振動する輪郭がむしろ効果的に彼ら彼女らの関係性の総体を浮き彫りにしていくのだろう。


 マイク 僕の城へ来ないか?
     皆が君を待っているよ

 尚昆  彼らは君の感情が複数化した存在に過ぎない

 マイク 素晴らしいことだろ?

 尚昆  炎は絶えず生まれ変わり
     一瞬たりとも同一ではないよ

 (松本大洋「ナンバー吾」6巻より)


ギリギリまで彫琢されたネームは、振動する描線とは対照的に、確固たる実在性を持つにいたる。およそマンガという表現手段において、ここまでネームが吟味され尽くしたことがあるのだろうか。などとどかは思ってしまうくらい、いっさいの無駄を排したそれは眩しくすらある。

このネームと描線の性格を異にするふたつのファイズの間で、とうとうと経過していく時間、それがこのマンガの物語である。


 マイク 僕に対する強い殺意
     同時に愛情も感じることができる

 尚昆  自らを試しに来たのだな・・・
     僕を利用して・・・

 マイク 君に託すのさ、尚昆
     僕が最も尊敬する賢者の君に委ねるんだ

 (同上)


ウソである。マイクは尚昆を殺しに来たのだ。しかし自ら手は下さない。これから自らが築く「理想の世界」のために、将来の禍根となるかも知れないかつての部下であり親友を殺すために、マイクはただ、自身のカリスマに拠る。それを尚昆にぶつければ、彼はその内面化が進んでしまう自らに絶望して、安心のうちに自ら命を絶つ・・・、これはある意味、ビクトルが銃で頭を撃ち抜くよりも残酷な仕打ちだと思った。こういう内なるやりとりをサラッと描いてしまう技量は憎々しさすら感じるほどに図抜けている。

あまりにも俗悪で凡庸な軍上層部に対して、あまりにも幼稚で潔白なマイクの対立構造。そこに今後、混濁併せ持つ存在としてユーリ(ナンバー吾)が再度登場してくるのだろうか。そのとき、やっぱりキーになるのはユーリのマトリョーシカに対する愛情なのだろうか。

理想とカリスマと権力という三つの動態をスパーッと描いていく筆致にはいささかの衰えも無い。ただただ、身体に気を付けて、連載を続けて欲しいなーと願うのみなどか。


2004年07月25日(日) G3函館記念

どかの予想と買い目は割愛。ってか、言うまでも無い。

 単勝 10番 ファインモーション

これだけです。

安田記念の悲劇から一ヶ月半。馬券を買ってきて、あれほど悲しいレースは無かった。心底、ファインの境遇を哀れんでしまった。ほんとは、哀れんだりしちゃだめなのに。だって、彼女はクイーンなんだもん。天上天下唯一絶対の女王なんだもの。そんな娘だから、何をしても哀れむことだけはしちゃいけない。分かってるんだけど・・・、伊藤雄二、忌むべし。

・・・まあ、いいや(よくないけど)。

で、伊藤(雄)調教師は、ファインの復帰第二戦に函館競馬場を選んだ。3歳夏、彼女がそのシンデレラの階段を昇り始めたターフを、再帰戦の地に選んだ。ここで負けたら、即引退。という噂が立っている。それはそうだろう。そうだと思う。まさにがけっぷち。

相手はクラフトワーク、ダービーレグノ、ヒマラヤンブルーといったあたりだろうか。牝馬はファインただ一頭。しかもトップハンデの斤量57kg。でもかつてのファインなら、しょせん相手は格下、4角からの自然なスパート、鞭を使わなくても一蹴でしょ・・・でも、いまは。

鞍上の武豊はとても良く乗ったと思う、彼もいいかげんすごいプレッシャーだろう。特にファインとかアドグルとか言った持ち駒に乗るときはハンパ無いと思う。ファンの期待がでかすぎるもんね・・・、そして、そのプレッシャーを受けつつも、こんかいの彼の手綱さばきは狂わなかった。ファインのかかりグセを押さえるために、発走から2角まで、馬群からただ一頭外に置いて、距離をロスしてでも落ち着かせる。で、極力なだめつつ優しく乗って、3角過ぎて、2度ほど手綱をしごき、4角で自然に進出、馬場の良いところを通って直線を向いてトップ!

どかは、この瞬間だけで、もう切なくて泣きそう。3歳のころの、一番彼女が輝いていたころの、後続に10馬身つけて勝っていたころの彼女のムードと重なったからだ。厳密に言うと、3角で手綱をしごいているところや、4角に飛び出してくるときの彼女の首の角度とかが、あのころとは違っているのだけれど、でも、安田記念や毎日王冠の彼女と比べたらどれほど今回のファインはたおやかであったことだろう。

結局、直線伸びきれず、内をするどくついてロス無くまわったクラフトワークに先着を許す2着。どかは、もう、ただ放心。放心。

次は、札幌記念らしい。もう、これでいいよ。遙か北の大地、夏競馬で馬群にまみれるファインは、ホントのファインじゃないって、どか、思ってた。でも、いい。もう、いい。無事に走ってくれる、彼女がいればそれでいい。そう、引退はまぬがれたのだから、元気に走る彼女を1レースでも多く見られれば、どかはもう、それでいいです。

何だか、泣けてくる、無性に。女王が、一市民になって、それでも走る。その走りの軌跡にかすかに透ける、気高い香気。それを見るだけでどかは、もう、いいかも知れない。


2004年07月24日(土) イメージの水位@豊田市美術館

この展覧会に関連したプログラムとして、うちのボスの記念講演が催された。そんなわけで、ゼミ生はボスと一緒に豊田市にレンタカー二台出しで乗り込むことに。博物館業界にあって、全ての公立美術館が予算不足にあえぐなか、不況とは関わりがない唯一の館と噂されるとこ、それが豊田市美術館。

今回のキュレーションを担当した学芸員サンも、実はボスの教え子。そんなわけでこの日の夜の懇親会でも、いろいろ詳しい裏の話を聞かせてくれてとても楽しかった。どかは、この方を素でとても尊敬していて、だからこの展覧会についての感想文も、バイアスがかなりかかっていることは避けられないかと。

ともかく、良い展覧会だった。まれに見る、と言ってもいいかも知れない。とにかく「渋い」ことは「渋い」と思う。でもそれは悪い意味では無い。例えば伊藤若冲の《鳥獣草花図屏風》やフェルメールの《画家のアトリエ》みたいく、ゴリアテのようにスペシャルな作品を看板に持ってくればあっけなく展覧会の体裁はつくのだろう。そういう展覧会が上野界隈で盛り上がるのも悪いことだとは思わない。でも、それだけでいいのかなーと。

そういう展覧会に殺到する観客にまみれてどかがそこにいると、果たしてこのヒトたちは「作品自体を観たいのか」それとも「作品を観たという経験が欲しいのか」どっちなのか分からなくなるときがある(そもそも、ラッシュアワーみたいな人混みにまみれて、美術作品を「鑑賞」することなど不可能だから、ああいう光景はとてもグロテスクであるとも言える)。

そういう展覧会と比べると、この日の豊田は静かだった。期間中メインと言ってもいい、ボスの講演があるにもかかわらず。それが、悲しい。ここにゴリアテは確かにいないけれど、それでも、美術史学の最新の研究成果を惜しみなくつぎ込んだキュレーションがここではなされ、ここに足を運んだ観客はみな「作品自体を観ること」ができて、かつその先の「ちょっと考えてみる」という経験までスムースに案内されるのだもの。ゴリアテではなく、ダヴィデがたくさんそこかしこに潜んでいるような印象かな、どかとしては。

たくさんいたダヴィデのうちのひとり、香月泰男の《水鏡》。どかはずいぶん前からこの絵のファン。ジョルジョ・アガンベンの『アウシュヴィッツの残りもの』を読んだばかりのどかは、それと重ね合わせて見てしまう。アガンベンはアウシュヴィッツにおける「ヒト」と「ヒトではないもの(死体ではない)」の間に見える境界線を厳密に検証していった。その過程で、「ヒト」を「ヒト」たらしめていた幻想はことごとく打ち砕かれていく。

香月はこの絵を描いた翌年、応召され満州へ。そして彼地でソビエト軍の捕虜となりシベリアに抑留される。そこでは確かに「ヒト」と「ヒトでないもの」が限りなく混ざり合わさったはずである。ならば、この《水鏡》に描かれた少年は、水と空のあわいである水面を見つつ、何をそこに投影しているというのだろう。この作品に漂う寂寥感が、ついどかをそんなどこにもたどり着かない妄想の世界へと誘ってしまう。

香月といえばもちろん<シベリアシリーズ>という、帰国後に描き続けた一連の作品が有名だが、どかは、《水鏡》の香月に惹かれる。昨年、東京のステーションギャラリーで行われた香月の回顧展でもこの作品は展示されていたけど、どうにも、初期の佳作(《水鏡》など)→晩年の傑作(シベリアシリーズ)という直線的な流れが見えて、その歴史認識はどうなのかなーと思ったりした。

そういう意味で、今回の展示は、どかにとっては心底共感できるプランであって、「現代」という地点に立つことの意義を踏まえたキュレーションだったんだなーとどかは思うわけです(ということを懇親会で、ゼミの先輩を交えて学芸員サンと話していたのです)。

で、ボスの講演。なんだか、いつもの学部の授業みたいな感じ、ってかまんま、授業だった。思わず笑ってしまう。いや、内容はだからとてもとても濃いくて、一般の、例えば上野の美術館などでこの内容で講演やっちゃったら、聴衆はどれだけついてこられるのだろう、と思うくらい。でも、この美術館に来る人は、とっても意識が高いのだろうか、なんとなく会場の雰囲気も、呆気にとられた感は無かったのですごいなあと思う。

鏡像・影・痕跡という三つのキーワードは、ボスにはおなじみのもの。安易な断定に陥らずかつ、安直な曖昧を避けるボスの議論は、相変わらず刺激的。その学芸員サンのことも含め、自分は良い環境にいるんだなと実感した一日だった。

それ以外にも、この日はいろいろ、いい出会いがあったりして、レンタカーの日帰り往復の運転はかなりきつかったけど、やっぱりイイ日だったなと思うどか。


2004年07月23日(金) 略奪と道頓堀

父の日と母の日と、父の誕生日と母の誕生日と、
あまりにもどかの対応が冷淡だった!
・・・と、昨日の晩、両親からいきなり責められ、
「え、なになに、なによ?」

と、思っていたら、どうやら狙いはどかが持っていた、
虎の子の「松竹の株主優待券 x2」だったらしい。
先月のまーくんの結婚式披露宴の二次会で、
どかがクイズ大会でゲットしたやつね。

  あの券、いつまでよ?

  えーと、多分7月いっぱいかな

  しょうがないなあ、私たちが行ってきてあげるよ

  え、ちょっと待ってよ、あれはこれか

  うるさい! 父の日と母の日と、父の誕生日と母の(ry)

  (はあ、、、万事休すか)・・・はいはい

と、言うわけで、きょう父親が仕事から帰ってきて、
そのまま二人で道頓堀に出かける。
あ、じゃあ私もラーメン食べに行くよ。
っというわけで、急遽、親子3人で金曜の夜、街へ繰り出す。

映画館自体が角座だったので、その2階のラーメン食堂に行く。
どかは例によって六角家、両親も映画前に食べると言うから、
あっさり目のぶりおんを勧めたんだけど、一緒に六角家に入るという。
知ーらない、って思ってたら、案の定、母親は厳しいみたい。

まあ、映画券を略奪されたわけだしねえ。
と思いつつ、ラーメンをおごってもらい、
どかはそのまま真っ直ぐ家へ帰り、両親はデート。
帰りに松本大洋の「ナンバー吾」の6巻を購入、読みふける。


2004年07月22日(木) 青年団「忠臣蔵OL編」

同じく「東京の団、西へ」ツアーの舞台、この日(7月17日)どか三つ目の観劇@アトリエ劇研。

そしてこの舞台も「ヤルタ会談」同様、どか、二回目の観劇(→青年団「忠臣蔵OL編」)。ストーリー並びに、おおまかな感想は前回のレビューを参照のこと。今回、役者サン、ひとり変わってたか、な?

この脚本は、どか、本当にとても大好きで、いろいろ青年団を観てきたけど、かなりベストに近い。50分という短めの上演時間だけど、物足りなさとかはいっさい感じない。すばらしいと思う。前回の観劇で、ただただ、大石役の安部聡子サンに惚れてしまったどかは、迷わず最前列の上手側に座った(なぜなら、大石の座席が目の前だから)。

それにしてもいい脚本だと思う。こう、優しい感じがする。年末の時代劇で良く見るようなシーンだけど、現代の感性でもういちど裏付けていくことでこんなにも微細な「襞」が見えてくる。感性とは、こういうふうに使うものだったのだ、と我が身を振り返って、思う。


 大石 世間に、公儀のご沙汰の不公平さを訴えるっていうなら、
    それは、突き詰めれば、そういうことになるんだよ、
    格好いいか、格好よくないか。
    ださいか、ださくないか、

 侍C いや、そうでなくて武士道がですね、

 大石 武士道なら、死ねばいいじゃん。

 (平田オリザ「忠臣蔵」より)


オリザ版大石は、とっても穏やかで優しく、ちょっと頼りなさげな風情をしている。でも、抽象的な概念(武士道など)を持ち出して実際の行動へ結びつけようとする藩士に対しては、厳しい。例えばそれは「日本」という抽象的な概念をいまさらながら持ちだしてくる、某首相に対するアンチテーゼ。

日本人的なあいまいさを否定することなく、それを少しずつ建設的な議論へと結びつけていく大石の舵取りは、断定的なマチョイズムが忍び込む隙間を許さない感じ。何より素晴らしいのは、この舵取りを、あの、頼りなさげに穏やかで優しい安部サンの大石が担当することだ。すばらしい。すばらしい。

また、安部サンの女優としてのすばらしさを挙げるとすれば、お弁当である。この戯曲は、OL達が食堂に集まってそれぞれ昼食を取りながら相談するという体裁を取るのだけれど、大石は、自宅からお弁当を持参してきたという設定になっている。

そのお弁当は二段に重ねられていてこれ自体不安定、ふたはやんわり丸くなっていて、その上にお箸入れが乗るから、フラフラするのね。それを最初、包んでいるハンカチをほどいて取り出すときの仕草。そして食べ終わって、また二段に重ねてその上にお箸入れをのっけて、それを元通り、ハンカチで包むときの仕草。これっすよ。

こんなデリケートな作業を、オリザさんは自らのセリフに重ねながら行うことを安部サンに演出する。そして安部サンはこの仕草を行う間中、指先はいっさい(まったく!)震えず、かつ、セリフもきちんと、相手との間合いを取って流暢な会話が続けられるのだ。

ふつう、できません、そんなこと、できませんよ。意識の集中ではなく、分散こそが大事なんだという、オリザさんの演出論で読んだ一節が思い出される。まさにこれだ。集中とは、排除の理論をうちに含む。分散とは、そうすると包含の理論を持つのかも知れない。集中という名の下に切り捨てられることへの、透徹した視線を、常に持ち続けるからこそ、オリザさんと青年団の芝居は、どこか優しさを残すのだろうと思う。

安部サン、ほんとうにかっこいいなあ、あの「三人姉妹」とのギャップがまたすごい。役者に注目すると、もっと青年団は、楽しくなる。


2004年07月21日(水) 青年団「ヤルタ会談」

同じく「東京の団、西へ」ツアーの舞台。「家が遠い」終演後30分で開演@アトリエ劇研 。

どかは、この作品を観るのは二度目(→青年団「ヤルタ会談」)。キャストもそのまんま。詳しいストーリーその他については、前回のレビューで書いたので割愛。

「ヤルタ会談」は、青年団のなかでもかなり特殊な位置を占めていると思う。歴史上に実在した、具体的な人物を扱うということもそうだし(「暗愚小傳」もそうだったけど、あれも例外)、演出プランとしてもかなり演劇的な要素が強いと思える。

それはきっと当たり前のことで、平田オリザさんは「異化」という効果を常に狙っているからだと思う。普通、劇場に芝居を見に来たひとは、なにかしらのドラマツルギーを期待するけど、けれども一般の青年団の舞台は、ずーっと平温のまま事件らしい事件も起きない。「ヤルタ会談」の場合、第二次世界大戦の重要な分岐点であり、かつ、チャーチル・スターリン・ルーズベルトという登場人物のイメージ上、冷淡で事務的にさまざまな「悲劇」が承認されていったのだろうと思うのが普通だ。

だから、オリザさんは冷淡で事務的なイメージをひっくり返す。

まあそんなことなのだけれども、あれかな、青年団を観たことが無いヒトはこれ観たら、脚本と演出の度を超えた緻密さに度肝を抜かれるだろうけれど、どかは今回、わりと距離感を置いて観てしまったかも。うーん。まあ30分弱の芝居だし、五反田団を観てしまったあとでは、この脚本に込められた「メッセージ性」が急に空々しく思えてしまったこともあるかも知れない。

あ、でも観たこと無いヒトにはかなりお薦め。青年団のエッセンスはかなり単純化されたかたちで分かりやすく詰まってるし、何より笑える。ルーズベルトのキャラクターの造形は傑作だと思う。前田サンには作れない芝居だろうな。いや、作りたいとも思わないかも知れないけど 笑。


2004年07月20日(火) 五反田団「家が遠い」

「東京の団、西へ」という青年団と五反田団合同の関西ツアー、どかはこれを京都下鴨でつかまえた。7月17日観劇@アトリエ劇研。

五反田団という名前は、演劇に興味がある日本人なら「知らなきゃもぐり」というレベルになりつつある。なんと言っても、2003年インターネット演劇大賞(えんぺ大賞)を彗星のごとく射止めた、名実ともに一番勢いのある劇団。主宰の前田司郎サンのカリスマ的たたずまいも、つとに聞くところだった。

(どかは、とりサンやその他複数の友人からこの劇団と彼を強く勧められていて、去年東京にいたうちに、駒場で観ればよかったと後悔しきりの存在、やっと、つかまえたー!)

ストーリー・・・、というほどのストーリーは無いので書けない。そしてこのことが五反田団の革新の一端である。むりやり書くとすれば、舞台には四人の男子高校生、そのうちのひとりは人形。で、みんな、なんとなく帰りたくなくてダラダラ。そしたら、四人のうちのひとりのお姉ちゃんが出てきて、連れて帰ろうとするんだけど、ダラダラ。・・・それだけ。それだけなのに、こんなに衝撃が残る。

かつて日本の演劇界に致命的なショックを与えた青年団と平田オリザさんの方法論も、五反田団と前田司郎さんのそれを見たあとだと、少しくすんで見える気がする、ほどである。でも、前田さんを「天才」と崇めたてまつったり、五反田団を「衝撃」というストックフレーズで片づけることは、それこそ「マスコミの消費の流儀」と一緒になっちゃう。じゃあ何が、前田さんと五反田団の新しさなんだろう。

ひとつには、どかは、五反田団の方法論は青年団の延長線上にあると思う。モノローグに潜むイデオロギーを取り除き、アクシデントという名のイベントを取り除き、暗転やスポット、BGMといったたぐいの演劇的装置を取り除いた果てに浮かび上がる「空気」を、ただ観客とシェアしたい。それがかつて、オリザさんが志して、そしていま自身の劇団で、かなりの精度で実現している方法論。

そして前田司郎というヒトは、このオリザさんが切り開いて到達した地点を、自身の出発点としてそこからスタートを切ったんだと思う。・・・そう、こう書くと、かつて有象無象に存在した青年団の浅薄なフォロワーと変わりないように聞こえる。でも、前田さんが作る舞台の実際は、そのような浅薄な舞台とは似ても似つかないものとなっていて、それは前田さんの青年団という現象への正確な理解に加えて、前田さんの自分の周りの世界への視線、その角度こそを、どかはきちんと評価すべきだと思う。

「家が遠い」で、どかが一番グッと胸をつかまれた気がしたのは、男の子同志のとっくみあいのシーン。これがかっこ悪いんだ、心底。演劇では新感線とかつか芝居みたいな洗練された殺陣がよく出てくるけど、五反田団のは、ホントに殺陣じゃなくてただのけんか、それもかっこわるいの。どかも一応かつては「男の子」だったから(笑)、けんかくらいはしたことあるけど、そうそう、まさにあんな感じだよねーって見ながら笑ってでもキュウって胸がつかまれた。相手を殴るのも、ストレートとかフックとかアッパーとかじゃないのね、グーで握って金槌を打つみたいに振り下ろすだけ、それがガキのけんかの真実。でもね、やってるときは結構本気で。

こういう、どうしようもなくくだらない、身体感覚。触覚や嗅覚。こういうものを、あの青年団の静謐な世界観に巧みに馴染ませたことが、前田さんの視線の角度だ。かつて、平田オリザさんが、小劇場界に敷衍していた、唐十郎や蜷川、つか流の「特権的な役者の肉体」を排除しようとして築き上げた90年代の静謐な世界観に、もういちど21世紀の身体感覚を、新しい形に引き戻したこと。きっとこのことは、五反田団のひとつの要素として指摘することができるんじゃないかなーと思うどか。そう言う意味では、革新じゃなくて、保守ね、保守。

もちろんセリフの面でもとてもたくさん感じるところはある。こう「言いたいこと」と「口から出てくること」が少しずつずれてくる感覚、その微細な差違を少しずつ積み上げていくことで、少しずつこの限られた世界に生きる有限な自分の切なさが徐々に蓄積されていったような感覚。

こういうジャック・デリダ流のポストモダンな「ズレ」を表現しようとしている演劇人は、いまどきたくさんいる。でも、そういう人たちのほとんどが何となく頭でっかちな表現で、観終わったあとの印象がごつごつと消化しにくい感じになるのに、五反田団はスーッとどかの胸に落ちていく感じ。

きっと、あまりにもダラーッとぐだぐだな世界観に、完璧にその「ズレ」が溶け込んでいるために、観客は異物を飲み込んだことすら気づけない。そして劇場をあとにしてから、徐々にその胸のおくで、頭のなかで、身体の底で、その「ズレ」が痙攣を始める。青年団もこの点では似ている気がする。ただ、青年団もある種の「ズレ」を読み込むんだけど、それは人間関係からそれを発動するのだね。五反田団は関係性ではなく、個々人のうちにすでに含まれている「ズレ」を発動させる。青年団の切なさはすれ違いの「青」のイメージだけど、五反田団の切なさは摩擦と痙攣からくる「熱」のイメージ。

でもその辺をちゃんとどかのなかで理解するには、もうすこし、たくさん五反田団を見なくちゃかなあ。

でも、とりあえず、ひとつ、絶対思うこと。すべてが前田さんの独創ではない。けれども前田さんの革新は確かにある。前田さんは革新的な天才なんかじゃなく、極めて論理的な推論をすることのできる、偉大な保守的演劇人であること。

とりあえずはどか、このくらいしか分かってない感じ。でも大変だよー。こんなにすごい芝居を観ちゃうと、ともするとストックフレーズ(「天才」「衝撃」)で片づけようとする自分がむくむく起きあがって、それに抵抗するだけで骨が折れる。でもその苦労はイヤな苦労じゃない。だって、こんなすごい才能(あ・・・)とリアルタイムに一緒の空気を吸えるだけでも、ドキドキするものね。


2004年07月19日(月) レビュー、アップしました

たまっていた宿題のレビューを、いま書き上げました。
ふう、やれやれ・・・つまり、

 ラブドガン(映画)
 つか「熱海」
 野島「仔犬のワルツ」最終話
 月9「愛し君へ」最終話
 G1宝塚記念

のレビューのことね。

思うことは、ミクシィで書くときの文体と、こっちで書くときの文体は
やっぱりかなり変わってくるなあということだ。
再認識、そういうのって面白いと思う。

そもそもネットで日記を書くということは、
どこまで読者としての他者との距離を意識しているのか。
書いてるときはそんなこと考えもしないでいたとしても、
絶対、どこかでこのことは文体に影響してるんだろうなー。

また、それとは違うレベルで、どかのレビューの質も、
かなり変わってきた気がする、サイト開始当初と比べると。
そしてどれだけどかのレビューの質が変わっても、
つかサンの舞台と野島サンのドラマを祝福できる自分でいられることに、
とても安堵するんだなあ、私ってば。

このふたりの創作状況は、昨日よりもきょう、
そしてきっときょうよりも明日、もっと苛酷になっていくに違いない。
とっくの昔に「時代遅れ」という烙印を、世間から押されているとしても、
なお、現代という時代への意識を止めない姿勢にこそ、
どかは共感するし尊敬するものである。

あ、あと、上京したときのことで書いてないのは、
いくつかあるけどまた、近いうちにすぐ、書きます。
「ベンニコルソン展」とか、民舞とか、ね。


2004年07月17日(土) ジムで考えてたこと


ちょっと、ごくごく限られたトピックについての、私的な感想分です、分からないヒトは読み飛ばしてください。


わたしは、東京のICUという場所から離れて踊るということは考えていません。やっぱりちょっと、地元の人たちと一緒に踊ってみたいなあとは思いますが、それはできないです。筋論や真義論で言えばもちろん、東京で踊ることのほうがよっぽど危ういのですが、それでも私は東京のICUと自分を繋げて踊ることでしょう。それはわたしの礼儀と恩義の問題です。ここにすでにねじれがあること、論理的にズレがあることを私は認めます。認めた上で、地元にダイレクトにリンクすることはためらわれます。


しかしだからといって、東京が、地元から孤立して踊り続ける姿は致命的におかしいです、間違っています。いろいろ不幸な行きがかりがあって、この現状になってしまったことは誰もが認識するところですが、だからと言って、東京の私たちが地元との繋がりを諦めてしまうのは間違っています。例え地元が今回、その繋がりを断つことを求めてきたのであってもです。本来なら、地元と繋がりを再び築くまで、東京はその芸能のいっさいを封印するのが筋です。これは間違いありません。


けれども私たちは幸いにも、東京のICUという場所で踊ることができています。これは、私たちの「権利」ととるヒトがいるとすれば、傲慢にも程があります。これは、地元の方たちがかろうじて認めてくれた、ささやかだけれどとても深い「許可」に他なりません。そもそも、この「許可」を「権利」とはき違えたところに、問題の端緒があるのではないでしょうか。


なぜ、私がいまさらこんなことを書くのかと言えば、いま時間がどんどん経過するに連れて、東京で踊っている人たちがいまの状況を当たり前の「権利」として享受するようになってしまったのではないかと思えたからです。私は時間が経過することで、きっとまた、繋がりが回復できると、そこに希望を持っていました。しかし、これまでの時間の経過は、決してそのような希望を持てるものではなく、むしろ逆です。私たちは時として、あまりにも身勝手に過ぎ、あまりにも物忘れがひどく、あまりにも無礼です。


少なくとも、いま私たちが手にしているこの、かろうじて与えてもらったささやかな「許可」を、日々、再確認しなくてはなりません。『大人の判断でお願いします』とは、<排除>の言葉ではなく<許可>の言葉だったのです。この認識に立てば、自ずと、稽古場の空気は変わるのだと思います。あの芸能は生半可な気持ちで練習していい芸能ではありません。単に、楽しく身体を動かしたいのであれば、もしくは単に、どこかしらへの所属感を求めるのであれば、他にも選択肢はいくらでもあります。


ですから、時間の経過をこのまま絶望に伏せてしまうのではなく、時間の経過を何とか希望に変えていかなくちゃと私は思います。


繰り返します。過去、数十年の「歴史」はリセットされました。いまここから、またひとつずつ、誠意をもって積み重ねていく必要があります。時間は流れるのではなく降り積もるものだと思っています。そう、私は思うのです。


2004年07月16日(金) パスタパーティーと宵山

きょうのゼミの講読は4時でとりあえず打ち切って、
どかを含む買い出し部隊が出動、他のひとたちは、
ゼミ室を片づけてコンロなどを準備。
このゼミの伝統(?)行事、パスタパーティーが始まる。

ボス(男です)はイタリアで暮らしたのが長く、料理が上手。
というか、何よりも痛快なのが、
ゼミの学生に対して研究指導するときのテキパキビシビシ感が、
料理をしている現場でも同じようにテキパキビシビシ感と、
まったくおんなじ、でも肝心の味付けなどは全て自分がやる。

けっきょく、アンティパスト2品に、パスタ4種をつぎつぎと。
にわかに信じがたいが、すべてごっつい美味しい、
お世辞抜きに、なんなんだこのヒトは。
イタリア人の留学生がひとり来てたけど、目ぇ丸くしてたし。
ハンパなイタリア料理店に行くと本気でケンカしちゃうらしい。
そりゃそうだ、自分で作ったほうが遙かに美味いんだもんね。

でもね、いかんせんゼミ室の換気能力とエアコンだけでは、
コンロ3台フル稼働かつ、20名弱の学生という環境を、
室温を保つのはどだいむりだよ、むり。
途中からどか、ゆだった状態でフラッフラに
(まだ上京の疲れが抜けてないらしい、むう)。

あやうく終電を逃しそうになっていることに気がつき、
あわてておいとまする、ああ、ドルチェのアイスゥゥゥ。

そう言えば今夜は、祇園祭の宵山らしい。
どかはでも、はっきりいって祇園祭はつまんないと思う。
あんなの、ヒトが多いだけで情緒もへったくれも無い。
山車を観るなら祭りが始まる前にチラッと観た方がいい。
だから、どかは今夜はこれで良い、と思ってたんだけど、
同志N嬢は初めての京都で、
これを観られなかったのが悔しいらしい。

いいって、あんなチンタラしてるやつなんて。
行くんなら、大阪・岸和田のだんじり祭り。
これっきゃないってばさ。
スピード、パッション、テンション・・・、
すべてにおいて、祇園囃子の比じゃないんだから。


2004年07月14日(水) ベン・ニコルソン展@東京ステーションギャラリー

どかの「七月上京」の最終行程、東京駅発の帰りのバス待ちの時間で行きたかった展覧会がこれ。イギリスの20世紀の画家ベン・ニコルソンの展覧会。もともと行くつもりだったのだけれど、偶然、サークルの後輩えーこチャンから招待券をもらうことができてラッキー(ありがとー、えーこチャン!)。

ニコルソンというと、ブラックとモンドリアンのあいのこ、というイメージがある。悪く言えば中途はんぱ? でも、どかはこのキュビスムにもミニマリスムにも染まりきらない「あわい」の部分でフラフラしている彼の作品はわりと好きだったかも。たしかにちょっと軽いなあとは思うのだけれど。

でも、どかのそういうイメージはすこし間違ってたらしい。ニコルソンは物質性というものをできる限り排除したところで製作していたと思っていたけど、ちがった。このヒトのメインのカテゴリーに【レリーフシリーズ】というものがあるらしい、どか知らんかった。

【レリーフシリーズ】というのは、特殊な支持体をキャンバスとしてあつらえ、それを彫り込んでいく手法による。ニコルソンの場合はその彫り込みを入れることによって、いくつかの重なる平面としてその支持体が立ち現れてくる。そしてその平面ごとにグラデーションをつけて彩色していくという一連の作品群だ。

どかはいわゆる平面のモダンアートに、物質性をことさらに強調してぐいぐり絵の具を過度に盛り上げていくスタイル(それこそゴッホやデュビュッフェくらいまでなら許せるけど)や、カンバスを切り裂いて立体感を出すというスタイル(ひひ、もろ個人攻撃だな、私)はあんまり好きじゃない。マッチョな感じがするし、第一押しつけがましい。

かつ、何よりも「物質性」を謳いながらも、その製作の段階では極めて安直かつ平易な手法で実現されているのが、うすっぺらいなあと思う。でもね、ニコルソンの【レリーフシリーズ】は違うんだな。最初は、少しだけ彫り込んだ感じで少しだけ立体となって浮き出てきて、それが何? という感じなんだけど、このホンの僅かな「平面の重なり」を支持体に実現するために彼が費やした労力というのはかなりのものだったと言うのだ。

ひとつの平面を別の平面の下にするためには、その平面の見えてる部分全体を一様に、うすーく彫り下げなくてはならない。単に重なってるヘリの部分だけを彫ってもこうはならない!

ということにやっと気付いたすっとこどっこいなどかは、晩年の【レリーフシリーズ】のひとつ《氷ー褪せたー青》にめちゃくちゃ惹かれた。うーん、感動した。すべての重なり合いに、うっすらにじむ物質性のリアリティ、かつ物質性に頼り切らない茶色と水色という補色の組み合わせの新鮮さ、そしてその茶色と水色も、それぞれくすんだトーンで統一されつつもグラデーションがつけられて、ひとつ一つの平面の重なり具合をフォローするかのごとく響きあっている。

ああ、イイ作品だなあ、これは。欲しいもん。欲しい、これ。誰か、買ってよ、どかに。部屋にあってもいいと思える。もちろんデカイから、壁一面これになっちゃうけど、それでもいいなと思う。とても落ち着く。平衡を、とってくれる。

《氷ー褪せたー青》って、テートギャラリー所蔵なんだなあ。でもどか、てテートは数え切れないほど通い詰めたけど、これ、観たことないよ? うーん、展示待ちで倉庫の中だったのか。もったいないぞ、テートよ。


2004年07月13日(火) ラブドガン(映画)ーあおいタンらぶー

(続き)

とまあ、いろいろ思うところはあっても、どかはこの映画、らぶなワケで。もうだってさ、かわいいんだもん。しょうがないじゃん。かわいい、かわいいよ、ぜったい(とたんにひらがなが多くなる・・・)。

それほどしっかりと練られたとは思えない脚本でも、両親が殺されてその衝撃をまだ受け止めかねているという宙ぶらりんな御幸と、そこから少しずつそれを受け止めることから時間が動き出す御幸への移行を、きちんと丁寧に追っていたと思うの。

そりゃあまあ、あのあおいタンを一躍スターダムに押し上げた『害虫』と比べると、迫力や深みには欠けるかもしれないけれど、仕方ないよ、こういう脚本なんだもの。明らかに分かることは、あおいタンと永瀬正敏のふたりは、脚本を追い越していたということ。

あおいタンの演技は、つとに様々なメディアで絶賛されている。テレビでの露出が極端に少ないことから、それは他のアイドルたちと違う知名度の広がり方を見せている。けれども、宮崎あおいというキーワードに付けられるもっとも多いストックフレーズは「天才」である。「自然に役に同化してしまう天才」「こころの深い闇を表現して天才的」など。でも「天才」ってなんだ?

どかは良くわかんない。いや、わかってる、わかってるよ。彼女は確かに演技派だと思う。同じ世代で彼女よりも演技ができる女の子は、おそらくいないと思う。これだけテレビの露出が少ないのにもかかわらず、映画の出演依頼が引きも切らないのはその演技にあふれるリアリティによるものだ。でも、、、どかはストックフレーズであおいタンを片づけたくない。「天才」ってなんだよ?

声かな、、、声、好き。らぶ。ホントに無限大のチャンネルを持ってるなあと思う。普通のアイドルさんが、感情のギアを四つ、せいぜい五つしか持てなくてその五つの限られたギアのなかで一時間半の映画を駆け抜けていくとすれば、あおいタンはほんと、50個くらいのギアを持ってる。そしてこのギアを、自分の力でグイグイ力ずくで変えるのではなく、相手の演技を受けた刹那に唯一正解のギアにスッ入ってしまうというやわらかさ。声を聴いていればホントによく分かる。永瀬サンもインタビューで応えてたけど、あおいタンの声は、いいなあと思う。

でも何よりも、いいの、そんなことすら、どうでも。天才でも天才じゃなくても、こんないい声じゃなくてもいいの、どうでも。それでもあおいタンらぶーって言ってしまうこの私のバカさかげん。これがただ唯一価値のあることじゃないかしらん。らぶー。もう、あのスクーターに乗ってる姿、やばいっすよ本当に。葉山田に銃を突きつけられて・・・

 葉山田 ・・・よし、じゃあ撃つ
 御 幸 ・・・いいよ、心臓撃ってよ
 (「ラブドガン」より)

というシーンの遠くを見つめる眼差しがスッと伏せられる瞬間の、震えるまつげ。これっすよ、これー。きゃー。やーばーいー(ヤバイのは私だ)。上手く言えない。原因と結果を結ぶ糸が、その因果関係というものが、どんどん短くなって小さくなってどんどんその距離が微分された果て、全部がリセットされた砂浜の果て、氷原の先、オーロラのみがゆらめく地平にあおいタンはただ、立っている。あおいタンに価値があるとすれば、それは才能によるのではなくただ、存在によるのだわ。

 ネコバ 宮崎あおいもさあ、どうなの?
     あの演技、つまんなくネ?
     叫ぶシーンはいいけどさあ、ただのロリじゃん?
 ど か いいのよ、ヘタでもなんでもロリでもなんでも

存在に、よるのだから。うふ。

(いやー、やばいなーこのページ・・・、まあいいか、たまにわ)


2004年07月12日(月) ラブドガン(映画)ーポストモダン的不連続ー

というわけでどかの7月上京の目玉のひとつ『ラブドガン』である@テアトル新宿。あおいタンは久しぶりの映画主演、去年は舞台『星の王子さま』で大変だったしねえ。

ストーリーは殺し屋サンの話。天才殺し屋で所属していた組の親分を殺して逃亡生活の葉山田(@永瀬正敏)。両親が心中したことによる内的な傷を抱える御幸(@宮崎あおい)は、父の愛人を殺して欲しいと葉山田に依頼をし、それから一緒に行動する。一方、葉山田の師匠である丸山(@岸部一徳)と、これに付き従う若手殺し屋・種田(@新井浩文)が葉山田を追う。とまあ、こんな感じ。ポイントは、ヒトを撃つときの感情によって、その弾は色を変えるという設定。地金のままなら感情無し・黒なら憎悪・黄色なら怯え・青なら悲しみ・そして赤なら愛情・・・。

それ以外にもいろいろ設定で凝っているところはたくさんある。例えば、葉山田は幼いころ、両親を殺されており(父を殺したのは丸山、母を殺したのは後に自分が殺す組織の親分)そのことで神経症を患い何でも手につくものを食べてしまった。そのうち四つの弾丸も飲み込んでしまったが、どうしたわけかそれはレントゲンにも映らず、体内にとどまったままであること。とか。組織を追われるとき弾丸も全て奪われるのだが、葉山田はその後この四つの弾丸を胃からひとつずつはき出しながら撃っていく。とかね。

まあ監督の渡辺謙作氏は、とかくポストモダンしたかったんだろうなと思うどか。こういう超常的な設定自体もそうだけど、例えばシーンの繋ぎ方も極めて断片的に、かつマニエリスティックな凝ったアングルからのカットを多用する。最近のサブカル的映画に馴染んで無いヒトだったら、ちょっと酔っちゃいそうな感じ。どかは別に馴染んでるわけじゃないけど、最初の数分で監督の志向が見えたので、普通に眺められたという気がする。

そういう風に、何か規範的なものがあってそれをズラしていくという姿勢は素晴らしいと思うんだけど、でも、渡辺氏はそれで終わってる感じがちょっとあるなあ。

いや、いろいろ面白いシーンはあったんだけど、どかが一番気になったのはセリフの彫琢。<非連続>というポストモダンの大前提を踏まえたいのであれば、もう少しセリフ、刈り込んだほうがいいと思う。後半にとくに、ちょっと過剰な説明セリフが多い気がしたなあ。映像だけで語れるほどに良いカットもあっただけに、残念。ちょっと弱気になっちゃったんだろうなあ、もったいない。

でもまあ基本的に、どかはアリかなあと思っていたわけで。ところが一緒に観に行ったネコバは、かなり辛辣。曰く、エンターテイメントなのか、泣かせたいのか、どっちつかずの中途半端で胸くそ悪い。ああいう思わせぶりな(ポストモダン的な)技法やカット割りは、サブカル好きの映画好きの自己満足を思わせて気持ち悪い、ああヤダヤダ。大体あんたもあんたよ、まった(略・・・以下、私への個人攻撃、なぜに?)。

ともかく。

SABU監督ほどにまだ自分の方法論が定まっておらず、いわゆるサブカルちっくな手法の悪いところが若干顕在化しちゃったというのは否めないかと。でもどかは好きよ。だってさ、だって・・・

(続く)


2004年07月11日(日) つか「熱海殺人事件 平壌から来た女刑事」(稽古場公演)後編

(続き)

なぜに賭は負けだとするかといえば、それは「うーん、いい火加減だ!」の響きが、客席からどうしても遠かったとしか言えないからだ。つまり、劇中のエピソードの重たさを救い切れていないとどかは思う。もっと端的に言えば、伝兵衛は水野サンを本当に奪ってしまうのか、それともポーズだけなのか、伝兵衛は榊原に譲るべきではないのか、その類の疑問を客席に与えてしまう時点で、この賭は負けてしまっていると言えるだろう。

そして恐らく成志伝兵衛はその昔、紀伊国屋の客席に対してその類の疑問ではなく「このヒトならもう、なんでもいいよ!」と心の底から微笑んでしまうような、そういう響き方をさせていたはずなのだ、このセリフで。

あっクンは上手くなった。たくさん舞台を踏んで、北区の役者特有のもったりしたクセも抜けつつあり、良い意味での余裕が感じられる。たしかに一瞬刹那を見ていけば、あっクンよりも強い役者はいると思う。とくに榊原役のソンハさんなどは、多くのシーンで伝兵衛を凌駕してたと思う。けれどもトータルで見たとき、あっクンがやっぱり伝兵衛なのだ。パチンと弾ける感じが稀薄でも、あまねく光を隅々まで届けていく責任感を感じる。上手いなあと思う。

でも・・・、どかは昔のパチンと弾ける感じが好きかなあ。脚本もあるんだろうな。水野を失う悲しみで一気にパチンと弾けてしまうワケにはいかなくなっちゃったもんな、今回は。確かにそのホンの改訂に併せるかのように、あっクン自身のスケールもアップしたんだけど。イマまで感じていた前半のスカスカ感も無いんだけど。それでも、最後のセリフはまだ遠かった。あっクン頑張ったんだけどなあ。いい笑顔してたんだけどなあ、最後。でも、うーん。あっクンだけの責任じゃない、脚本もちょっと無茶すぎたし。前の脚本でパチンと弾けて殺気を漂わせるあっクンのほうがどかは好きだな。スケールアップするためにパチンを失ってしまったこと、これは敗因のひとつだと思う。

そしてもうひとりのエース、岳男サンは危なげなく。色悪としてのスナカメ。被差別者としてのスナカメ。金正日に愛憎半ばするスナカメ。捜査室に朝鮮と日本、現代と過去というふたつのパースペクティヴをもたらすキーマンを演じきって、危なげない。とてつもなく大きいストーリーを背負わされているのに、見ていて不安が無い。水野役の黒木メイサさんが危なっかしいなあと思う瞬間が多々あるのと比べると、その差は鮮烈。スケールという点で言えば、いくらあっクンが大きくなったからと言って、このヒトの域には及ばない。

でもなー、去年の岳男サンの伝兵衛を見てしまったあとではなー。うーん。いや、このヒトはスケールもすごいし、パチンもあるんだけど、この役どころだと、岳男サン自身が全てにおいて溢れちゃって、いくら重たいストーリーを背負わせてもどこか過剰すぎて、、、自信というか自負が前面に出過ぎちゃうんだなあ。鼻につく、、、ほどでも無いんだけど、プライドというか自信。岳男サンに罪はない。他の役者の「受け」をほとんど要求されないスナカメという役どころが、ミスキャストなのだろう。伝兵衛か、もしくは容疑者大山役が良いのだと思う。

ソンハさんは好演、あれは好みが分かれるだろうけれど、どかはあのハスキーボイスは好き。細くないから。友部サンは危なげなく。滑舌はもはや仕方ないのだろうけれど、芝居を受けられるという点で、やっぱりさすがの存在。黒木メイサ、どか、だめ。いや、どかは水野役の女優には厳しすぎるのだろうけれど(どうしても金泰希サンと比べてしまうから)、あのクセのあるしゃべりは何とかならないのか。チャンネルがひとつしかない。他人を責める口調はなかなかいいけど、愛しさや優しさを出さなくちゃなシーンでも同じ口調で話してしまうのはいかがなものか。つかサンがこのヒトを贔屓にする意図が分からない(なぜ泰希サンを使わないのか、理解できない)。

とどのつまり、あっクンの「攻め」のパチンの無さ、岳男サンの「受け」の機会の無さ、あまりにも苛酷な脚本の要求、その裏返しとしての、現代という時代のあまりにも救いがない酷薄な社会、そんなこんなの複合技でつかこうへいは一本とられてしまって負けてしまった舞台だった。でも、ちょっと残念だけど、満喫できたのは確か。だって、いまの時代、ここまで時代のエッジに自覚的に立って綱渡りを試みる存在は、野島サンとつかサンくらいしか思いつかない。二人とも負けがこんできてるんだけど、それでも彼らが勝負を続けるのであれば、わたしはそこに立ち会っていたいなと思う。

そんな感じです、以上。


2004年07月10日(土) つか「熱海殺人事件 平壌から来た女刑事」(稽古場公演)前編

半年ぶりのつか芝居@田端文士村記念館、ソワレ。キャスティングは以下の通りで、現時点の北区としては出色のラインナップか。

 木村伝兵衛部長刑事:赤塚篤紀
 水野朋子婦人警官 :黒木メイサ
 榊原英祐刑事   :チョウソンハ
 スナカメ     :小川岳男
 容疑者大山金太郎 :友部康志

北区の稽古場での今回の公演。脚本は例によってまた、変更がくわえられている。今回の改訂におけるつかサンの狙いはきっとただ一点・・・

 <何が何でもハッピーエンドに>

・・・だ。そしてハッピーエンドにするためには、より、現実の救いの無さを戯曲に織り込む必要がある。つかサンにとって劇作家であるということは、この二律背反と常に取り組むということに他ならない。

実際、劇中にはありとあらゆるつか風エッセンスが織り込まれる。昨今の幼児殺害事件や拉致事件などを踏まえるためにつかサンは、神戸少年Aの事件や金丸訪朝団の米支援という既に風化しつつある事件に再びスポットを当てていく。もちろん定番の和歌山カレー事件や、金正日と歓び組の件は織り込み済みのもので。

つまり、つかサンにとっての<ハッピーエンド>とは、ちまたにあふれる妥協の産物としてのそれではない。血がにじむほど歯ぎしりしながら待ち続けたすえにようやくあわられる、オーロラのすそにしがみつく過程なのだ。マイナス30℃の氷原で立ちつくす力が無いと、そのすそすら見つけられない。つかサンはそれを痛いほど知っているからこそ、プロットがもはや破綻していようとも何が何でも全ての悲劇を、この伝兵衛の捜査室に収斂させようと試みるのだ。

そして、それらを全て受けていく存在としての木村伝兵衛、つかサンは伝兵衛の造形をこれまでとは大きく変更した。つまり<悲しく共に泣く伝兵衛>から<悲しいけど笑う伝兵衛>にだ。これには、どかもかなりビックリ。最近の北区の『熱海』を観てないからどういう流れだったのか分からないんだけど、どかの勘では恐らく、つかサンはあっクンという北区のエースを伝兵衛に迎えたことでこの造形の変更を決意したんじゃないだろうか。それくらい、冒険だ。ヘタをすると最後のクライマックスのシーンだけ、かるーく浮いてしまうリスクを冒すと言うことでもあるのだもの。

つまり、あの伝説のセリフである。先達の伝兵衛、池田成志がラストシーンでかましたあのセリフ・・・

  うーん、いい火加減だ!
 (つか「熱海殺人事件」より)

・・・の復活である!このひとつのセリフを最後に持ってくるために、どれほど演出家と役者は苦労したことだろう。はっきり言って無謀だ。紀伊國屋ホールにてのロングラン公演で見せた伝説の伝兵衛、池田成志が妖艶な色気とはち切れるテンションで伝兵衛のひとつのひな型を創り上げた90年代初頭とは、もはや時代が違うのだ。あの時代のどんな暗い絶望すら、いまの時代の明るい希望として見えてしまう、それほどの時代の差違を超えて、同じセリフを復活させようとしたのである、このお人は。

そして僭越ながら言い切ってしまうのだけれど、どかは今回のこの賭、つかサンは残念ながら負けてしまっているとみる。

(続き)


2004年07月09日(金) ひさしぶりの言い訳と、楽しみと

こんなにこのサイトの日記が滞ったのは、
サイト始まって以来じゃないかなあ。
でもね、大学院生の修士一年目っていうのは、
なにかと忙しいのね、なにかと。
別に遊んでいたわけではないのです、、、というか、むしろ逆。
まるでドミニコ会の修道士になったかのような生活でした。
メインは古文書を読解しながら、イエスの人生に思いを寄せるという。

ICUと違ってこの大学は前期後期に学期が分かれていて
(というかICUがスペシャルすぎるのだろうけれど)、
ちょうど、日記が書けなくなった6月終わりくらいからというのは、
課題のレポートがやまのようにのしかかってきていた時期でもあって。

とりあえず、何とかひと段落。

書いていて面白かったレポートは、
「デュメジルからフーコーへ繋がる歴史認識」とか、
「英文学における語りの人称の差違」とか、
「ファウスト文学の分析、マーロウ版とクリンガー版より」とかかな。
・・・って、まったく美術史と関係ないテーマやん、全部。

あ、あとね、このエンピツ日記が滞りがちだった理由のひとつは、
最近どかが、ミクシィをやり始めたってことも大きい。
あれは、いろいろな意味でかなり洗練された「装置」だと思う。
いつの間にか気付いたら周りの風景が変わっているんだよね、
そのイリュージョンを生み出すために、スッと参加した人を、
トロッコに乗せてそれを緩い下り坂に押し出す力。
洗練とは、その力を見せないように処理すること。
爆発的に参加者が増えてるのも、当然だよなーと思うわけで
(いろいろ思うけど、詳しくはまたどこかで)。

さて。

とりあえず、差し迫ったレポートの目処はついた。
今回、とてもよくがんばったどかへのご褒美は、
あおいタンの『ラブドガン』♪
ふふふーん、ずーっと楽しみにしてたんだもんねー。
SWICHで特集されてたあおいタンのフォトセッションも、
イイ感じだった、うんうん。
うひひ、もう、溶けてやる溶けてやる溶けてやる。
一昨日とかも、ややあって深夜に起きてたら、
3時ごろ、テレビで『ケータイ刑事・銭形愛』の再放送を偶然見られて、
やっぱりねー、と運命を感じたし、うふ。
ともかく『ラブドガン』さー、ひひ♪

と、言いつつ、これを見るのは梅田ではなく新宿になりそう。
そう、どかはきょう、上京する。
上京する前から、5日間のスケジュールが分刻みで埋まってしまう。
うう、が、がんばらなくちゃ。

どうして、私ってこう・・・


2004年07月01日(木) G1宝塚記念

どかの予想

  ◎ タップダンスシチー
  ○ ゼンノロブロイ
  ▲ シルクフェイマス
  △ ツルマルボーイ
 
でどかの買い目は、タップから馬連で3頭に流した。
リンカーンは確かに良血だけど、底力を感じない。
ザッツも確かに良血だけど、もう盛りは過ぎたと観る。
タップは歩様もカタイし、ギャロップのフォームもカタイ。
でも、なんだろう、無骨なたくましさがあって、
最近のサラブレッドのなかでそういうたくましさって、
彼ぐらいしか持ってない気がする。
どかの予想の師匠、水上学氏も本命を打ってたし、信じる。

レースは、どか、まーくんの結婚式の披露宴に出てて、
リアルタイムでは観られなかったんだけれど、
ひのー氏がiモードで確認してくれた。

後日、レースの録画を確認すると、もう唖然。
タップ、圧勝もいいところ、着差以上の完勝だ。
自分でレースを作って自分がまっ先にゴールする。
サンデー産駒には、なかなかできないレースパターン、
こんなワンサイドになるとは思わんかったなあ。

そして何と2着がシルクフェイマス!
天皇賞はフロックじゃなかったんだねえ。
ひさびさに会心の馬券。
春競馬は、いろいろ悲しいことや辛いこともあったけど(馬券以外にね)、
とりあえず、それなりの締めくくりで終えられて良かった。

夏競馬はファインが出走するレース以外は見送り。

そしてどかは「馬肥ゆる秋」を粛々と待つことにしましょう。
ファイン、がんばれ、もういちどあの輝きを!


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