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2002年12月31日(火) 2002年どかの10大ニュース

ようやっと、おおみそか。長かったあ、今年はあ。というわけで、もう少しで年が変わるいま、NHK教育の「ピーターブルックのハムレット」を観ながらこれを書いてるところ。あ、もちろん、平井堅と中島みゆきはチェックしたいから時折チャンネルを変えつつ、ね。

さて、今年の個人的10大ニュースを挙げて、DOKA'S DIARY 2002を締めくくろう。

第10位 どか、iBookくんを購入す
愛しい愛しい白いポリカーボーネード。でもねー、次々バージョンアップ版が発売になって悔しいどか。しかもCPUが未だG3なのは MAC OS X的に結構きびしいかも。あと、マカー(おっと2ch用語)って予想はしてたけどそれ以上に少なかった、辛い・・・

第9位 どか、ホームページ作る
最初はプロバイダーの力を借りつつ、だんだん飽き足らなくなって自分なりに勉強しつつ改造して今に至る。HTMLのタグは大体分かった。でもこの冬に帰省して母親のページを立ち上げるときに使った「ビルダー」の威力に圧倒される。ウィンドウズ、うらやまちい。

第8位 どか、山形ツアーに出かける
民舞、芸能研関連でいろいろ、公演だの合宿だのICU祭だのあったけど、一番印象に残るイベントはこれだった。良くも悪くもインパクトのある二日間。体調崩してみんなに迷惑かけちゃったな。ごめんね、○ちゃん、△ちゃん、×ちゃん。自分のさんさの太鼓が望外良い出来だったのを最近ビデオで見て、嬉しいどか。

第7位 どか、おうまさんに惚れる
ねこばすクンに連れられて府中の杜に行っちゃったのが、最後。オケラ街道という言葉の意味を足裏に踏みしめること数度。でも、そんなにアホな馬券の買い方はしてへんよ。ファインモーション嬢と出会えたのが最大の収穫。おうまさんは、ただの不良の道楽じゃあ、ないよ。

第6位 どか、AX/2DAYS・BLITZ/2DAYSを乗り切る
ハイロウズである。甲本ヒロトである。年末に東京で開催されたライブは全て行った。モッシュを知り、ダイブを知り、かかと落としはマジで目に☆がでることを知った。でも、満足。この経験は、来年のどかを支えきれるくらいのインパクト。

第5位 どか、つかこうへいの復活に涙す
阿部寛の「熱海殺人事件・モンテカルロイリュージョン」である。何回も繰り返し書いてるし省略。再演を強く期待などか。

第4位 どか、国際業務部に異動す
イヤな思い出。でもこんなイヤなことも精一杯がんばって、肯定しなくちゃだ。だって、もうどかも大人だし。ほんっっとにイヤだったけど、でも肯定しなくちゃ。

第3位 どか、オーロラに戦慄す
ああああ「オーロラ日誌」を書く書くゆってたらもう、年末だああ。約束します。必ず、これは来年初めにアップします。ちゃんと向こうでメモはとってたし、何より、あのブレークアップの映像は今でも鮮明に目の水晶体で再生できる。ついでにあの、物音すら凍りつく極寒の静けさも耳にこびりついてる。あとは、書くだけだもんね、これは必ず。

そして次の二つが同率一位!

第1位 どか、<秘密>・・・
これはここには書かない。この日記で、大洋の「鉄コン筋クリート」のシロの台詞を引用した日・・・

第1位 どか、退職する
そして、もちろん、これが最大のイベント、ニュースだった一年。これについては無条件で自分を褒めてやりたい。多分30過ぎまで、どかは勝負の年が続くのだと思う。絵に描いたようなまさに人生の転機、その節はいろいろたくさんのヒトに迷惑をかけた気がする。カマポン、ヤザワさん、マル、キタ、クロッペ、カンザワさん、ネコバスくん、ドラ、イガ、その他皆さん、本当にどうもありがとう。これからベストを尽くしていくことを誓うことを、みなさんの優しさへの返礼とさせていただきます。


↑返礼ついでに、前に撮ったきれいなバラを差し上げます(都立神代植物公園のバラ園にて)・・・

平井堅、むー、あそこまでやるとやらしいなあ。中島みゆき、あれって歌詞、間違えたんよねえ?あーあー、かっこわるい。あんだけわがまま言って、大NHKに生中継させたくせに。ピーターブルックのハムレット、すっごいおもしろかった。やっぱり芝居だ、芝居。と再認識。主役のハムレットわ、異常にかっこよかった・・・

さて、でわー、さらばっ、激動の2002年っ!!!


2002年12月30日(月) 「携帯水没」のあとさき・オォカワ嬢やトヨプク氏

昨日はカラオケのあと、サルタ氏んちでお鍋大会。鱈、うまかったっすぅ。それにしても携帯。大変だった。結局昨日AUショップで30分格闘の末(もうこの「格闘」がほんまに大変やった、AUのおねいさんと二人して四苦八苦)、奇跡的に再び息を吹き返すどかの5001T。しかしパソコンを介してのメモリーの受け渡しが上手くいかない。ぐずぐずしてたら今度こそ息の根が止まってしまってメモリーごとパーの可能性も。

AUのおねいさん
「もうこうなったら、大急ぎでメモリーを手でメモ取るしか・・・」
どか
「ま、ま、まじっすか・・・」

と、言うわけで大急ぎで帰宅、さすがにボールペンよりはキーボードのが速いと判断し、iBookくんへパチパチ入力していくことに。なんとか全てを打ち終えるまでは5001Tくん、持ちこたえてくれて、ホッ。そんなこんなで、強制的にキシュヘンすることに。新端末は3014Sちゃんになる。ソニーエリクソン製のんはあんまし好きく無かったんやけどな、でも使ってるうちに気に入ってきそう・・・と、言うわけでこの日記を読んだどかの友人諸氏は、できればどかの携帯宛にメールを送ってくれるとありがたいです。名前と電話番号を添えて。勝手なお願いやなあ、でも、お願いしまっす。

まとめとしては・・・。そう、携帯は水没してしまうとメーカーの保証外になってしまう。これは、予想以上に次にお金がかかってしまうことを意味する(どかはAUショップの尽力と好意で救われたが)。あとメモリーも、危機的状況に瀕してしまう。

もし、愛する携帯が水没してしまったら、落ち着いてまず、電池パックを外すこと。次に手早く端末についてる水滴を拭き取る、念入りに。そしてドライヤーで内側に入り込んだ水分を出来るだけはやく、飛ばしてしまう。この三つをてきぱきこなせば、蘇生率は20パーセントを超えるみたい。

携帯が水没したのを偽ってメーカー保証を受けようとしても無駄。実は水没チェックシールが電池パックの裏に隠れていて、見る人が見ればいっぱつで分かる仕組みになってます(コレを知ったときは、ちょっと怖くなったけど)。みなさんも気をつけましょう。

きょうはそれで、昼から新宿で、前の職場の元バイターオォカワ嬢と久しぶりに会って、ミスドで少しお茶。なんやかや、話す。気心の知れた友人と会って、お茶しながら真面目なことやふざけたことで、のんびり対話することはいいことだ、無条件でもう。

そしてそのあと、備前在住の陶芸家、民舞の先輩のトヨプク氏と会う。なんか、どかの周りってこんなヒトばっか・・・でもそれこそが、すごい、恵まれた環境であるということを、もうどかは知っている。クワジィさんやアッキーさんも合流して四人で新大久保の韓国料理屋で。酔うとただのエ○親父に変身するトヨプク氏だが、それでも真面目な芸術の話を振ると、すごい熱く語ってくれたの。楽しかったー。実は彼は、学部時代のどかの憧れの先輩。彼の神楽が、誰よりも何よりも、好きだったんね。もいっかい、いっしょに八幡やりたいなー。

さて、このトヨプク氏飲みで年末の「怒濤の飲み会進行」はおしまい。結構、疲れちゃったなあ、あしたは休むぞぉ。

・・・あ、そうそう、全然別件、事務連絡。友人のページのリンクが二つ、増えました。フロントページの「リンク」からたどってください。この日記にゆかりのヒトのページです。さて、今年もあと一日、こんなに激しい一年は久方振りだったなあ。やっと一息つけそう・・・


2002年12月29日(日) 2002年極私的(絵画・音楽・競馬)ランキング

水没携帯(AU:5001T)、朝起きたらなんと奇跡的に復活!昨日の夜、2時間強もドライヤーを当てて冷まして当てて冷ましてを繰り返して水分をとばしたのが効いたかあ。ってメモリーも無事でやれやれ、サルタさん待つカラオケに向かう。

・・・二時間歌い終わった後でさあ、鍋だ!って思って携帯をチラと見るとまたもブラックアウト。完全に血の気引いてカラオケとなりのAUショップに再度飛び込む。あああ、メモリィがあああ。このメモリ戻らんかったら一生連絡取られへんヒトでてきそうやもん(「水没事件その後」はさらに続く)。

さて、演劇以外のランキング。ざっくりベスト3のみ挙げてみたい。一言レビューを添えて。

美術展ランキング
第3位 プラド美術館展@国立西洋美術館:☆☆☆☆
(参考→DOKA'S DIARY 4/14
やっぱりベラスケスはすごい。どんな小品が来たとしても、ベラスケスが出品されるのならば観なくちゃだわ。それにしてもベラスケスが来てる「ウィーン美術史美術館展」を逃したのは悔しい。京都で行ってやる。
第2位 大レンブラント展@京都国立博物館:☆☆☆☆(参考→DOKA'S DIARY 12/17
やっぱりレンブラントはすごい。「サムソン」はともかくとしても「解剖学講義」は飛び道具的なインパクト。質はもちろん、量もすぐれてことが印象的な展示だった。帰省してまでも、行くことにして良かったのぉ。
第1位 チャルトリスキ・コレクション展@横浜美術館:☆☆☆☆☆(参考→DOKA'S DIARY 3/21
やっぱりレオナルドはすごい、というかずば抜けた存在だ。この展覧会は、ほぼ一点立て。レオナルドダヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」という一枚の油彩を観るためだけの展覧会だった。この一枚だけで、ベストだった。

競馬ランキング
第3位 東京優駿(ダービー)@東京競馬場:☆☆☆
(参考→DOKA'S DIARY 5/26
三歳牡馬の頂点を決めるクラシックレース。あのスタンドの雰囲気は忘れられない。ハイロウズのライブに匹敵する濃密度。タニノギムレットの最後の勇姿、生まれて初めてどかが惚れた馬だった。
第2位 スプリンターズS@新潟競馬場:☆☆☆☆(参考→DOKA'S DIARY 9/29
どかが勝ったレース。武豊騎乗のビリーヴは、全ての必然を帯びた末脚を発揮して差しきった。個人的に、いろいろ思うところがある状況で、思い出しても辛い日だった。印象深い。
第1位 秋華賞@京都美術館:☆☆☆☆☆(参考→DOKA'S DIARY 10/13
どかがファインモーション嬢と対面した記念すべきレース。この日から伝説は始まった。有馬記念での敗戦はちょっとしたインターバル。来年は絶対雪辱することだろう。サラブレッドへの二度目の恋は、ちゃあんと女の子でホッとした。来年もよろしくぅ。

ライブランキ・・・も、やろかなっておもたけど、全部ハイロウズやし、とりあえず割愛。

CDランキング
第3位 Syrup16g "coup d'Etat":☆☆☆

自意識のきしみから聞こえてくるネガティブなシャウト。ニルヴァーナっぽいうねうねドライブするグランジチューン。でもボーカルがちゃんと日本語でメロディがついてるのでどか的に聞きやすい。結構、好き。
第2位 RED HOT CHILI PEPPERS "BY THE WAY":☆☆☆☆☆
言わずと知れた大御所の新作。世界的に評判が高く、各種ロック雑誌の今年度の賞を総なめにしている。というか、問答無用でかっこいい。今までのレッチリの乾いた音が少し湿って「泣きのメロディ」が響く。でも速度は落ちない。クールとはこういうのを言うんね。
第1位 THE HIGH-LOWS "ANGEL BEETLE":☆☆☆☆☆
もはや書くべきことはない。最近、もしかしたらこれはハイロウズ史上最高傑作ではないかと思うようになった。日記でもいろいろ、書き散らしたので、興味があったら探して読んで欲しい。「マミー」は絶世の名曲だ。

マンガランキング
第3位 津田雅美「彼氏彼女の事情(13)」:☆☆(参考→DOKA'S DIARY 5/9
アサピンになりたひ。セクシーとは、ヤツだ。
第2位 岡野玲子「陰陽師(11)」:☆☆☆☆
博雅になりたひ。愛嬌とは、ヤツだ。
第1位 松本大洋「ナンバー吾(2)」:☆☆☆☆☆(参考→DOKA'S DIARY 5/31
ユーリーになりたひ。カッコイイとは、ヤツだ。

ああ、そういえば「陰陽師」のことはまだ、ちゃんと書いてなかったな。かなり難解なマンガで、大変だけど、いつかちゃんと、書きたいな、レビュー。


2002年12月28日(土) 2002年極私的芝居ランキング(後半)

部屋で食器洗ってたらシンクに携帯落とす。あっという間に液晶ブラックアウト!ヤバッと思ってソッコウAUショップに駆け込む、でも、絶望的。ああ・・・(「水没事件その後」は明日以降に続く)。その後憔悴しきって、前の職場のアルバイトくんたちの忘年会に顔を出す。ぬまにいの結婚&おめでたにびっくし。おめでとう!

さて、ランキングの後半、ベスト3の発表・・・!の前に、特別賞から行きたいと思う。

特別賞 フキコシミツルとロイヤル室内バレエ団「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ」@シアタートラム:☆☆☆☆
これは演劇と呼べるのか、コントと呼ぶべきなのか、まだ少し迷ってしまう。一つだけ確かなのは、この吹越さんの一人舞台は、脚本(ネタ)でも、台詞(シャベリ)でもなく、身体で成立しているということだ。それこそがツボなどか。「双子ネタ」はいま思い出しても、ヤバいくらいの破壊力。ひたすらナンセンスなネタを支える、不条理な肉体、それは筧利夫のそれよりもはるかに研ぎ澄まされたものだった。もう一度、野田芝居で彼を見てみたいなと思う。野田秀樹に受けた賛辞もうなずけると言うものだ。今年いちばん笑った舞台(参考→DOKA'S DIARY 8/18)。

さて、それではいよいよベストスリー!

第3位 青年団「冒険王」@駒場アゴラ劇場:☆☆☆☆☆
(参考→DOKA'S DIARY 1/30

いっさいの破綻をきたさない、鉄壁の完成度を誇る青年団だが、この舞台はいつにもまして完璧だった。1980年のイスタンブールの安宿が舞台の会話劇、当時の世界情勢を踏まえて激動の東欧にあって、ふわふわ浮き草のように漂う日本人バックパッカーを活写。そして単なる20年前のセンチメントに終わらせないのがこの劇団であり、幾重にも重なっていく「たわいのない」会話の向こうに浮かび上がるのはこの21世紀現代社会の影絵。かつてバックパッカーだったどかは、5年前の記憶をたどりながら、しんみりしんみり。

にしても、この、クォリティ。「こころ余りてことば足らず」って在原業平だっけ?それをいまやってるのは、歌人や詩人ではなく、演劇人平田オリザだ。山内健司の軽妙かつ正確無比な「たわいなさ」を見聞きすることは、もはや悦楽の極みになっちゃったどか。若手の大庭裕介も、水際だった「普通さ」を見せたなあ。今年いちばん余韻にひたった舞台。

第2位 青年団「東京ノート」@東京都現代美術館特設会場:☆☆☆☆☆
(参考→DOKA'S DIARY 11/24

同じく青年団。岸田戯曲賞作の再演、美術館のホールという戯曲の設定をそのまま活かした、美術館内にあつらえた会場での公演で、もうこの雰囲気だけでやられ気味どか。「冒険王」とは対照的に、これは未来の話。普通に考えたら、未来を舞台にして「いまヨーロッパは大戦争です」だなんて設定を押しつけられたら「おいおい聞いてへんよ」って鼻白むのが普通。でもそこはオリザ。この虚構の壁をやすやすと飛び越えてしまう演出をつける。美術史専攻のどかにも、学芸員役の志賀さんの語るフェルメールについての説明は完璧に思える。またひらたよーこさんの軽妙かつ適切な「だまり方」には脱帽する。

そしてその重層的に織り込まれたメッセージから広がるイメージは素晴らしい。現代社会の本質への解釈をその下敷きにしている「冒険王」に対し「東京ノート」はあくまで個人がそれぞれ抱える哀しみへと、そのイメージは降りてくる。フェルメールの哀しみはガリレオガリレイの哀しみ。それはオリザの哀しみであり、青年団の芝居を観に来た私たちの哀しみなのだ。いちばん哀しかった芝居だな。

第1位 つかこうへい「熱海殺人事件モンテカルロイリュージョン」@紀伊国屋ホール:☆☆☆☆☆
(参考→DOKA'S DIARY 6/23他

こんな世の中だ。みんな癒されることばかり望んで、自らの影を打ち消してくれるほどに光りかがやく偶像を求めて、かつ自分があがめているその偶像を少しでも汚されることを恐れ、ヒトの血を求めてゲーム感覚の格闘ショーに一喜一憂して、でも自らの血には決して触れず、自分の内ではなく外で、なにもかもさばこうとする。本当に大切なことは外じゃなくて、内側にあるのに。

自分が傷つけられたっ!って何かにあたってしまう前に、自分自身が何かを捨ててしまっていることに気づきたい。自分は癒されたー!って何かにすがってしまう前に、自分自身で何かをすくい上げたことに気づきたい。その気づくための「きっかけ」、つかこうへいが舞台を演出する目的があるとすれば、その一点のみだとどかは思う。ただつかが準備する、外ではなく内へ内へというベクトルは実は大変な労力を要するものであり、並の役者では耐えきれず自壊してしまう。そんな舞台は出来の悪い内輪もめを眺めているような気持ちの悪いものでしかない。

けれどもこの「モンテ」は違った。阿部寛の毅然とした「華」がつかの台詞を完全に飲み込んだ上で演出を追い越してさらに加速させるという離れ業を演じた。さらに主要登場人物を、阿部の「華」に身体を張って立ち向かえる力感と速度を持った三人に限ったことで物語の「表層」を完全に破綻させた上で物語の「本質」を結晶させることに成功したのだ。ラストシーン、阿部は自らの心の中で棒高跳びの試技に挑む。その姿こそが、どかが演劇を見続ける理由なんだね。

つかこうへいは決して、時代遅れの劇作家ではない。つかこうへいは決して、ひとりよがりの演出家ではない。人間の内面、その奥底に眠るか細くとぎれそうな一筋の水脈を注意深く探り、そこから一滴の光る水をくみ上げることの出来る数少ない天才なのだ。その「井戸掘り」の作業を、もっと、筧や銀之丞や阿部チャン、山本亨や成志、春田サンや平栗さんがフォローしなくちゃ。

ねえ今こそしなくちゃ、でしょ?


2002年12月27日(金) Au Revoir, アカレンジャーさん・・・

たとえばの話、ね。

たとえば、どかがICUに入学したときにまだ、陸上競技部が存続していたら、きっとどかは日本民俗舞踊同好会に入部することは無かったんな。そしたら、間違いなくどかは今のどかではなく、もっとちがった「カタチ」になってたのな。すごい下世話な話をするとすれば、おそらく今はまだ普通に勤め人をやっているにちがいないな、と思う。

でもね、どかはいまのこのカタチでいられて、やっぱり満足で。つまり、いかに今「社会的なリスク」を背負っているこんなカタチのどかとはいっても別に怖かない。でも他のカタチにどかがなっていたことで背負う「本質的なリスク」のがむしろとても、怖い。それはね、もう本当に怖いのだ。いまのこんなどかで、心底良かったと思う。

じゃあ、いまのどかをこんな「カタチ」にするために最も大きい彫拓をかけてくれたのは何だったのかというと、それは民舞で出会った先輩だった。その先輩諸氏のなかでも、ずば抜けた「対人影響力」の持ち主、たなかサンの送別会が、今夜、あった。

たなかサンを形容する言葉は、いろいろ尽きないほどあるけれど、中でも親方が言い切った次のフレーズが、含蓄があって好きなどか。

  たなかサンはねー「戦隊モノ」でゆうと、
  どう転んでも真ん中のアカレンジャーになっちゃうヒトだよね・・・

ほんとうにいろいろお世話になった気がする。と言っても、おそらくアカレンジャーが意図的にどかの面倒を見てくれたということも大きかったけれど、それ以上にアカレンジャーのそばにいて勝手にどかが思ったり感じたり、驚いたり落ち込んだり、喜んだり泣いたりしたことのほうがずっとずっと大きかったんさ。へまをして叱られたり飲み会でぽろっとこぼれたりした「言葉」も、それはもうハイパーだった訳だけれど。でもそぉゆうんじゃない「言葉」に拠らない波動こそ、大学入りたてのどかがそれまで経験したことのないレベルでの「被爆(暴言多謝)」だった。

きょうも、飲み会やカラオケでアカレンジャーをアカレンジャーたらしめるバイタリティをたっぷり「被爆」しつつ、心底思った。どかはいまのどかに成れて良かったな、どかはたなかサンに会えて本当にラッキーだったなって。最後、握手したときはもすこしで泣きそうだった。でもそこで泣かずにふんばれて、かつ「被爆」してものけぞることなく脚をふんじばって立っていられる今のどかを見せられることができたこと、それこそがたなかサンへの精一杯の恩返しなんだなあと、勝手に満足しつつ帰り道、チャリをこいだ。


↑カラオケ後の記念写真、他も凄いメンツ・・・

・・・もう一つだけエピソード。

どかがいっちばん感慨深い思い出は、1997年の11月、連雀通り沿いの某ラーメン屋でバッタリたなかサンに会って、いっしょにラーメンをすすったこと。もはや相手はすっかり忘れているだろうけれど、そのときどかは人生最大の蹉跌にまみれて前後不覚に陥ってたのね。そんで、たなかサンに会いたいけど会っても何も話せないし相談も出来ないしって。でも部屋にいてもまる1日半何も食べてないし眠れないし、お腹空いたし、ラーメン食べ行こ。って思って半泣きでラーメン屋に行ったら、居たの。もう、涙をかくしながら鼻をすすってラーメン食べて、その後帰り道少しだけいっしょに歩いて、世間話だけして別れたんだけど、あの帰り道で考えたことは決して忘れない。

  自分はぜったい、ぜったいに、大丈夫だ。

それは無条件の感謝、その感謝はたなかサンに向けられたものですらなく、どかを取り巻く全てのものに対する、完全なる「服従」。そんな決定的などかの契機に主要人物としてさっそうと現れちゃうのだから、やっぱりあなたは、アカレンジャーです。

最後に。

  お元気で、ご活躍をお祈りしています。
  ワタシも絶対、ベストを尽くします。


2002年12月26日(木) 2002年極私的芝居ランキング(前半)

きょうは今年最後の芸能研で「舞納め」。耕ちゃんが来られへんくてそれが残念。身体は少しずつ整えていくしかない。気の遠くなるような「単純」作業だけれど、たゆまずやろう。

さて年の暮れも差し迫ってきたし、まずはどか的「総括シリーズ」第1弾、今年観たお芝居のベスト10を考えてみたい。ということで数えてみたら、2002年にどかが観た芝居は全部で15本(除く「舞踏」「ライブ」)。思ったより少なかったな、去年とかは軽く20本は越えてたもんな。それだけ激動の一年やったということなんだろうなー、ごくろう、ワタシ。

第10位 いのうえひでのり「天保十二年のシェークスピア」@赤坂ACTシアター:☆
2002年度前半の小劇場界を激震させたプロデュース公演。かろうじてランキング圏内だが「ガッカリさせられたランキング」であればダントツの首位。幻の井上ひさし脚本はまさに珠玉、キャスティングはここ10年間でも最高のクオリティ(誇張ではなくヤンキースかレアルマドリード並)、しかし・・・。芝居は脚本・役者・演出の三拍子が揃わなくては始まらない総合芸術であるという事実を、図らずも浮き彫りにしてしまった問題作(参考→DOKA'S DIARY 3/22)。

第9位 遊◎機械/全自動シアター「THE CLUB OF ALICE」@青山円形劇場:☆☆
浮沈の激しい小劇場界にあって20年近く「劇団」という不可能に挑戦し続けた希有な集団の、最終公演。その途方もない時間を支えていたのは、たった二人の演劇人であった。しかしその二人の才能は未だ枯渇していないことを世にしらしめた佳作。でももすこしイメージの広がりが欲しかったな、あの遊◎機械独特な(参考→DOKA'S DIARY 10/19)。

第8位 つかこうへい「長嶋茂雄殺人事件」@シアターΧ:☆☆
甘いね、どかは、つかに。甘過ぎだなあ。んんん、苦しい。脚本と演出は良かったんだと思う。でもこれも第10位の芝居と同様、三つのピースの最後の一つが揃わなかったんね。予想はついたんやけどな。役者に華が無いから、台詞で何とか色をつけてやろうと過激な長ゼリが口立てでついていくのは、演出家の限りない優しさだ。でもほとんど全ての役者にその優しさを発揮しなくてはならないので、舞台は荒唐無稽になっていく悪循環。つかはもう卒業しよかな、とさえ思った辛い思い出(参考→DOKA'S DIARY 5/16)。

第7位 日本総合悲劇協会「業音」@草月ホール:☆☆☆
メディアの寵児を輩出し続ける才能集団、劇団大人計画の主宰松尾スズキのプロデュース公演。松尾的美学とは歪んだ笑いと緩んだ毒のグレコローマンスタイル。キャラメルボックスが好きー♪とか言ってる「よい子ちゃん」には決して受け入れられないだろう反社会的なモチーフ。差別的言辞の向こうに見えるまっとうなメッセージにたどり着けて嬉しかったどか。クドカンと阿部サダヲがおらんのでこの順位(参考→DOKA'S DIARY 10/11)。

第6位 RUP「透明人間の蒸気」@青山劇場:☆☆☆
筧利夫はどかの中で長らく<東の正横綱>の地位にあったが昨年、銀之丞にその地位を譲った。そしてこの舞台が無ければ、一気に幕下まで陥落するところだった。かつての小劇場ブームを背負って一世を風靡した稀代の役者、久々のカムバック。テレビのバラエティがいかに役者の華を散らしてしまうのかという標本。つまり、いまでも充分過ぎるくらい凄いこのヒトの、かつてのスケールがいかほどであったかということだ。小西真奈美好演。野田節が冴え渡る脚本。でも三拍子には一つ足りず(参考→DOKA'S DIARY 11/17)。

第5位 青年団「S高原から」@駒場アゴラ劇場:☆☆☆
青年団若手公演。サナトリウムのホールに展開される会話劇。同時多発会話の冴えを見せつつ、かつ沈黙の「音」を朗々と響かせる卓越した作劇。オリザ脚本の中でも、屈指のロマンティシズムが香ってくるところが、たまらないどか。これを若手だけではなく山内健司さんやひらたよーこさんのベストな役者で観てみたかったな、したら今年のランキングは違うものだったな。かと言って某北区の某劇団と比べると若手の役者の質は段違い(参考→DOKA'S DIARY 3/14)。

第4位 扉座「いちご畑よ永遠に」@紀伊国屋サザンシアター:☆☆☆☆
流した涙の量はもしかしたら第1位の芝居よりも多かったかも。号泣。去年の9/11以来、ジョンレノンの存在が妙にクローズアップされることが増えた。例えば「イマジン」という曲に顕著なスマートでカリスマっぽいそのレノン'S イメージを肉付けしていく芝居かと思いきや反対だったのがすごい。レノンというカリスマを裸にしていき、清濁併せ持つ一人の青年のリアリティを描き出す。ラストの演奏&合唱は圧巻。確かに恥ずかしいしクサいのだけれど、キャラメルボックスとは一線を画する。そのラインをもっと明確に見極めたいと願うどか。扉座の株は、またしても上昇する(参考→DOKA'S DIARY 11/23)。

後半へと続く・・・


2002年12月25日(水) 風呼 -Fookoh- @ TAKEOFF 7

エモトくんより誘ってもらって渋谷のライブハウスに向かう。彼の相方であるところのゴォバルさんがボーカルをとってるバンドのライブ。「風呼」と書いて「フーコー」と読むらしい、バンドの名前。ミシェル・フーコーを専攻していたのは、当のゴォバルさん。ほぉほぉ。

いまはもう卒業してるけれど、彼女も彼と同じで某コールセンターで電話を受けてくれてたんよ。それで、まー正直ぶっちゃけると、それほど音楽自体には期待してなかったんね、それが見事にひっくり返された。参りました、彼と彼女。

それは一曲目、イントロが鳴った瞬間「あ」と思ったんさ。学生のバランスの悪い<記念受験>的イベントじゃなかったんねって。ベースとキーボードが特に安心して聞いていられた気が。グランジっぽいうねる感じの音色をかっちりきっちり楽器を弾いて作ってたんが好感などか。ギターとドラムも、全然悪くないと思う。


↑割とこぎれいなフロア、うねうねグルーブがジワっと放射

そおなんね、このバンドの「音」が結構どかの好みにあったなあ。最初開演前にゴォバルさんに「ジャズっぽいコードで・・・」って聞いてたから内心「ゲッ」ておもてたんやけど。どかは心底、ジャズが苦手なのさ、実わ。でもそのコードをかなりロックよりのアプローチで砕いてくれてたから、しかもぐんぐんうねる感じで、かっこよく。特に速い曲は、正直、びっくりするくらい好きになれそうやったなあ。遅いのは、まだ、速度が緩くなった隙間を埋める別のものが確立されてへん気がした。それはボーカルか?

でもボーカル、ビックリしたな。すっごい声がいいのね。で、バンド全体的に言えることやけど律儀に「発声」をちゃんときちんと真面目にしようっていう姿勢が明らかに見えたからそれもすごい好感などか。実際、声量もそれなりにあったし。ビブラートで少しうっちゃるところがある気もするけど、そんなんもま、些細かな。イメージではエゴラッピンのボーカルな感じ。うねりながらドライブしていくグルーブ感。とにかく声がステキ。それって大事よね。「歌」は練習次第でどんどん上手になるけれど「声」ってそんなに大きく変えられへんもんなあ。お見それしました、ゴォバル様。


↑つかこうへいは人間には二種類いると言った、彼女は前者だ・・・
「ステージのセンターで堂々していられるヤツと、逆におびえるヤツがいるんだ」

あと気になったことは、時々、アマチュアリズムが零れてしまって見ているどかを素にしてしまう瞬間があった。例えば、ベースのヒトのMC。せっかく演奏はかっきーのに、あのほのぼのとしたMCはどか的には気持ちを切る以外の効果が無かった。あと曲の合い間にボーカルが足下のミネラルウォーターを飲む瞬間。すごい焦ってしゃがみ込んでちゃっちゃと飲んでたけど、あんなに焦んなくても。すごい緊張が見えてしまってどか的には素に戻ったな。でもその二つくらい。とってもカッコイイバンドだからもったいなくて。入場料取ってライブハウスでライブやるんやから、アマチュアだろうが何だろうが、関係ない。ステージに上がったらそんな気持ちを切る瞬間はできるだけ消して欲しいな、なんて。

まあ、偉そう、ワタシ。でも、すごいすごい、ビックリしたから、演奏も歌も良かったから、思わず書いちった。あ、あとね、これはどかの個人的嗜好だけど歌詞は日本語が好き。あと、ライブハウスの音楽のセッティング、もう少しボーカルがのるように、演奏にかき消されないようにもっと大きく響くようにしたほうがイイと思った。これも個人的嗜好かな。

いずれにしても、やりたいことをやってるヒトたちは、まぶしいものだね。


2002年12月24日(火) メトロポリタン美術館展@Bunkamura

実は、きょう行こうおもてた展覧会「ウィーン美術史美術館展@芸大付属美術館」が昨日まででおしまいなことが判明。ああああ、しまったああ。ちゃんとチェックしとくんやったあ。

そんで、ネコバスくんが「タダ券あるよ」って教えてくれたBunkamuraの、こっちに行くことにする。「美術史美術館展」はこのあと、京都に行くはず。うし、そこでつかまえよう。


↑案外しょぼい、東急Bunkamuraのクリスマスオブジェ

メトロポリタン美術館展、副題が「ピカソとエコール・ド・パリ」。パリ派ってじつはあんまし好きくないどか。んー、おたかくとまってる感じがするのね、なんか。でも、想像以上に楽しめたなあ。「またピカソかあ」って少々食傷気味だったんだけどそれでもやっぱしピカソはピカソなんよ。駄作は、少ない。

「ジャンヌ・エピュデルヌ」byアメデオ・モディリアーニ

「マドレーヌ・カスタン」byシャイム・スーチン

「金魚鉢」byアンリ・マティス

「盲人の食事」「白い服の女」byパブロ・ピカソ

この五つと、あとキュビズム時代のピカソとブラックの作品がどかてきにつぼ。そうそうそう、キュビズムの絵が楽しかったなあ。特に初期のヤツ。これは大学3年の春までは全然その良さが分からへんかったけど、授業のスライドで出てきて、それで食い入るように見てたら突然、分かった、おもしろさが。でも「食い入るように」見ることが前提みたいな作品やから(少なくともどかにとっては)、疲れてるときには辛いな。きょうは、体調、かなり厳しかってんけど、でもこれ見てるときだけは結構復調。叙情的というよりは知的快楽に浸れる時間。

モディリアー二も一級品が来ててビックリ。スーチンは久々であのカドミウムレッドの毒々しさにやられる。ピカソはやっぱし青の時代はいいなと再確認。「白い服の女」の説得力がどこから来るのか、いまのどかはまだ分からなくて悔しい。魅力的な絵がなぜ、魅力的なのか、説明出来ないことの、おおもどかしさよ。

そしてきょうのどかのベストはマティスの「金魚鉢」。マティスは当たりはずれがデカい画家と勝手に決めてるんやけど、これ以外のはきょうのは大外れ。でも、これだけがすごい良い。彼のキャリア通しても傑作だと思う。テーブルの上の鉢に泳ぐ金魚、その水色とオレンジと黒の対比の間できらめく薄緑のはかなさ。そして鉢の前にたたずむ三つのリンゴの色彩のリズム。目の水晶体の奥のほうで、麻薬がじんじん痺れてくる感じ。ああ、気持ちいいの(危ないな・・・)。輪郭から絵が解放することの困難を乗り越えた境地の快楽は、光琳や宗達のそれと類似する気がする。その「麻薬」の使用感も、いっしょだもん、どかには。

んー、思いのほか、楽しめてしまって困った。キュビズムの<線>がどかの鍵を開けてマティスの<色>がその中に快楽を注ぎ込む。もし、きょう「美術史美術館展」に行けてたらこっちはこなかったかもだから、ラッキーかも知れない。イヴだしね、いいことがあってもバチあたらんよな。


↑比べると、さすがに迫力あるマークシティのツリー


2002年12月23日(月) 民舞忘年会@師匠宅

きのうのショックから抜け出せないまま、午前の練習に向かう。うう。しっかりちゃんと踊るのってホントに久しぶりな感じだ。でも、今だから告白すると、実は今回帰省する直前って、どかの左膝はいっぱいいっぱいだったのね。だから、ちょうど休めなくちゃいけない時期で、いいブランクだったと思う、ラッキーだった。

で、さんさ、ウォーミングアップみたいく身体をほぐしてく感じでやって。それから神楽、鳥舞。びっくりするくらい踊り方を忘れていて、情けない。一つずつ、慎重に脚を踏むことだけ気をつけて。ヤなことに、どらがカメラをまわしていて、撮られてるっぽい。いま「課題演目」なんてやっても練習にすらならないことが見えてたので鳥舞と三番叟をかっちりやろうと思って、そうする。

そのあと、師匠んちに向かう、途中、三鷹市役所の隣のビッグエコーで道草。どらとななちんとで歌う歌う。どかのセットリストは・・・

1 「迷路」THE HIGH-LOWS
2 「HELLO, MY FRIEND」松任谷由実
3 「一人で大人 一人で子供」THE HIGH-LOWS
4 「世界は二人のため」ガガガSP
5 「世界は二人のため」ガガガSP

こんなん。なぜ4と5が同じかとゆうと、4は途中でリタイアし5で雪辱をはかったのね。で、5も途中でリタイアで。気持ちいいんだけどなあ。スカッとした気分で再びチャリをこぎだしつつじヶ丘を目指す。

・・・みんなでおでんでビール。その後ハルコンの昔テレビに出たビデオを観て(何度目だろう、どかが見るのは)。で、山形ツアー1日目のVTRを見て。へー、どかのさんさの太鼓、割とええんちゃうん?やっぱりあれくらい力抜いてヘロっとやったほうがええんかあ。神楽、すこし抜いてやろっと。

・・・と思ってたら悪い予感が的中し、今朝の練習のビデオが上演。あああああ、やっぱし全然あかんわ、三番叟。鳥舞は久々にしてはまあまあ。でも三番叟は最低。んー・・・・よし、しっかりしよっと。

ああ、そうそ、今夜は富山からライブ帰りのハルコンと再会、久しぶりに顔を見てホッとしたな。


2002年12月22日(日) G1有馬記念

ファインモーション、完敗の五着である。

ああああああああああ、武豊を鞍上に迎えてなお、ファインが届かない地点があるなんてえええええええ。


↑どかの心象風景、では無く(無くないんだけど)府中の解体中の旧スタンドです

思わず普段のどかずだいありぃの「文法」を外して、結論から書いてしまうほど、衝撃はでかかったのぉ。あー、負けたのよぉ。負けた理由は多分・・・

  完全に穴中の穴馬、タップダンスシチー(14頭中13番人気)の
  勝負かけた「大逃げ」あっさり炸裂する。
  そのためいつものファインっぽい先行のリズムにズレが生じた。

ということなんだと思う。例えば今まで全勝してきたキャリアの6つのレースでは、多少のズレなど問題ないくらいの圧倒的力量の差、寒くなるほどの切れ味の鋭いスパートで圧勝してきたんだけれど、初の一級線の牡馬との顔合わせ。このズレを補正する余裕は与えられなかったのだろう。そりゃ、そうだよね歴戦のG1馬(G1レースを勝った馬のこと)が9頭もいたんだもの。

でもね、でもね、ファインならやってくれると思ってたのよぅ。例え3歳牝馬でもぉ。はあ。まあ、あれだけ流れに翻弄されつつも去年の年度代表馬ジャングルポケットよりも上位に来てかつ、御大ナリタトップロードにかっちり着いていけたのだから、誰も彼女を責めることなんかできない。・・・責めるな!バカ。

にしても勝ったシンボリクリスエスの末脚はまさに「鬼」だった。ゴール直前5完歩、先行するタップダンスシチーを含めて、全ての馬が止まったかのようやった。中山の最後の坂を上りきってなお、あれだけのパワーとスピードを余しているのは、まさに桁外れ、かっこよかったなあ。もともとの搭載エンジンがその辺のとは違っているのはファインといっしょでも、修羅場のくぐり方が違ったということだろう。天皇賞はともかく、ジャパンカップはかなり大変な競馬だったものな。いずれにしても、あんたが大将や。

どかが競馬を始めた年の3歳馬達は、きっとこれからずっと先、そのときはもう馬券を買わないどかであってもすぐに思い出せる彼、彼女であると思う。シンボリクリスエスは日本競馬界最大のレース「ダービー」で二着だった。一着のタニノギムレットは既に怪我のために引退した今、そして古馬相手の天皇賞と有馬記念を既に制覇してしまった今、<年度代表馬>に推されることは決定だし、もぉ日本最強だ。来年は海外にうって出ることがほぼ決定しているとも聞く。それがクリスエスのためでもあるし、どかは寂しいけれどエールを送るともさ。

でもね、でもね、来年の有馬でもう一度、ファインと走って欲しいどか。もう一度雪辱のチャンスをあげて欲しいなあ。2002年の秋華賞は絶対忘れないレースだ。カミソリの切れ味、4コーナーに見えた彼女の周囲に漂うのは、熱気ではなく、冷気でありねらいすました狂気。ドンッじゃなく、スゥッ。ボブ・サップじゃなく、高橋ナオト(もぅいいか)。

にしても有馬記念、中山競馬場はすごい熱気だったみたい、オーロラビジョンの向こうで。


↑府中でもこの群衆、新スタンド内のオーロラビジョン前で

ダービーを府中で観たどかはあれ以上のスタンドの煮沸はないのでしょう。って勝手に思ってたけど、有馬もまた、別格だなあスタンド。やっぱ、人気投票やってオールスターで競争するからなんだねー。中学ン頃、ニュースで映像を観たのがどかの競馬体験の最初、それは伝説のオグリキャップのラストラン@有馬記念だった。<競馬=不良の怖いおっさん>というステレオタイプなイメージを持っていたどかだったけれど、あのときの中山競馬場のスタンドの光景は、そんなイメージを払拭するくらい、ポジティブな響きを天に照射していた。今思えば、自分がここにくるのは、あのときからきまってたのかな、なんてセンチなどか。

ファインはこのあと休養に入るらしい。ゆっくり休んでまた、その切れ味を増した脚を見せて欲しいな。待ってるからなあ。


2002年12月21日(土) 結婚式二次会@青山ラピュタガーデン

頭痛が止まない。

きたぽん、くぼたさんの結婚式二次会。雨の中、地下鉄銀座線の外苑前に向かう。

おぉ、会社の同期で大阪勤務のザッキーくんや広島の証券マンのハギーがいるやん、すげー久しぶり!ただ、会場がビルの屋上のオープンテラスで、夜景が凄いきれいなスペースがあるのに、雨のため屋内に200人弱(?)が押し込まれてる感じ。人口密度、ごっつい高い。

でも、やっぱり幸せになる友人を祝うことが出来るのは、この上ない幸せなことだと思うの。オーソリの元同僚かまぽんと「ああ時は流れるのね」としんみりしたりもしたけれど、ブルーな気持ちなんか吹き飛ばす程、新婦は美しかった、ドレス姿。

クロッペが結婚し、きたぽんも結婚し、オーソリ同期の男性は予想通りの三名が売れ残り状況。んんん、いつからディスカウント(別名たたき売り)は開始されるのだろうか?たたかれるの、痛そう。

でも、その覚悟はすでにくくっとるよ。

ともかく、きたぽん、くぼたさん、おめでとうございます。ほんとうに、ほんとう、祝福させてください・・・


2002年12月20日(金) おそらく最後の送別会

掛け値なしで、本気で、正真正銘、夜行バスで一睡もできず新宿に到着。あー、なんて辛い荒行なんだろう。久々に三鷹の自室に戻ってすぐ、熟睡。

起きて夕方、若干のむなしさを感じつつもガッコのジムに向かう。久々の練習、踊るつもりは無かったのだけれど、少し身体を動かしてみる。10日ほど空けただけなのに、感覚が鈍りきってるのが、つらいとこだ。

そして夜八時を回ってから新宿に向かう。オーソリセンターの先輩、某A女史が退職されるので送別会、で、どかのも「おまとめ」でやっちゃおうぜいっつぅ運びになったんね。歌舞伎町ど真ん中の地下の店、結局20人くらい集まる、結構上の先輩まで来てた、へー。

ぶうちゃんさん(かつての国際の先輩)から「日記、ありがたく読ませていただいてます」と言われて嬉しい。「学園前、近鉄奈良線、懐かしい」って。んーこういうとき、日記つけてて良かったなあと思うな。

わりかし気持ちよく飲んでて、久しぶりの先輩方と談笑、以前府中でばったり会ったナグモンと競馬の話で盛り上がる。競馬っつうか、有馬記念の話やけど。しっかりスポーツ新聞を鞄に忍ばせてるナグモンの予想はどかのそれとは比べもんにならんくらい論理的かつ洞察力に富み、ショックを受けるどか。何事も習熟だ。という、どかのポリシーに拠れば、競馬も習熟である。いろいろ笑いながらも聞き所は逃さずしっかり聞くどか。

でも、すごい気持ちよく話が弾んで。競馬フリークなヒトが「自分の好きな(好きだった)馬」の話をするのを聞くのは、何より楽しい。嬉しい。おもしろい。すごい思い入れたっぷりにナグモンが「グラスワンダーがねえ・・・」ってゆってる時の彼の表情は、忘れがたい。いいな、そおいうの。

どかにとって「自分の馬」と言い切れるくらい初めて好きになったファインモーション。明後日、彼女は大舞台に立つ。今からドキドキが止まらない。


2002年12月19日(木) 大阪日誌7日目(タイムリミット・その他)

タイムリミット、ギリギリやった・・・

大阪日誌初日で「ホームページビルダー2001」を起動したって書いたけど、事実上きょうまで何もやってなくて、急遽、在阪最終日になってやる気を出すことに。おかん用に買った FinePix A202に三脚を着けて、まずは撮影。

んんん、イイ感じやん?背景に麻のテーブルクロスを使ったのが、良い良い♪にしても次から次に出てくる、おかんの作品。しかもどれもがそれなりの完成度で、驚嘆。この人わ・・・

で、撮りためた画像を早速パソにおとして、編集していく。めんどくさいのはサムネイルから画像を拡大する処理、もっと簡単に作業できそうやけど、どかはあんましわかんなかったからかなり力業でコツコツやっちった。正午くらいから延々夜まで。

夜になってもまだ、作業は終わらず、画像のリンク処理に手間取る。ああ、夜行バスの出発の時間・・・「さあ、できたあ」と思ったら何と全ての画像のリンクが外れて表示されず。声にならない悲鳴をあげつつ、マシンと化してビルダーと格闘すること小一時間、ギリギリ、間に合ったあ!

ふふん♪我ながら良い出来だと思う、このおかんのページ。クライアントたっての希望でフロントページにBGMをつけたけど、それ以外は結構どかの好みでシンプルにシンプルに仕上げた。当然、BBSも無し。まあ、おかん次第でこれは将来つけてもいいかなとはおもうけど。

と、言うわけで是非、一度覗いて観てください。絵の先生をやってるんですよ、この人わ・・・

→<どかのおかん'S ページ>へGO!

と、言うわけで久々に帰った大阪ともお別れ。弟の彼女にも会えたしいろいろ実り多い帰省であった。でも「大阪日誌」と銘打ったわりに、ほとんど奈良と京都がテーマだった気もする・・・ま、ええか。じゃ、ひとつ「いかにも大阪だっ」という瞬間を激写したのを載せよう。


↑大阪人は何とエスカレーターでは右側に立って、左を空ける(@京阪・京橋st.)!!

んん、地味やな、この写真も。後はどか的に大阪で心残りやったことを列挙して。

1:うちで飼ってるグン(柴犬・牡)の写真を撮ってくんの、忘れた。
2:奈良・興福寺の運慶作・無著菩薩立像を観に行けなかった。
3:神戸の本場ルミナリエを観に行けんかった。
4:奈良の正倉院展、時期を合わせられずに観に行けんかった。

くらいかな。でもわずか一週間の滞在にしては良くがんばったと思う、我ながら。のんびりもしたかったけど、それはまあ、これからいつでも出来るやろしな。と、言うわけで「大阪日誌」は以上で終わりッス。


2002年12月18日(水) 大阪日誌6日目(春日若宮おんまつり・司馬遼太郎記念館)

春日若宮おんまつり

・・・というわけで、17日水曜日の17時半ごろに近鉄奈良駅下車。あたりは既に真っ暗で、駅前に出ていた出店も片づけ始めてた。人の流れに乗っていけば、と思ってたけどそんなに人も多くなくて、とりあえず春日大社へ向かって歩き始める。1キロほど歩いて、奈良公園内をとぼとぼ一人。周りに人影無し。真っ暗闇。鹿の声すら聞こえない。ああ、懐かしいなこの感じ。怖いけど、わくわくする、テンションがあがるけど、それを抑えてしまう感じは「百粁徒歩」だ。

なんてひとりごちてたら、能管みたいなメロディ、鼓みたいなリズムが後ろの森の奥から聞こえた。あわてて引き返して、音のする方へ小走りで行くと・・・あった、ここだあ!

若宮おんまつりは天押雲根命(あまのおしくもねのみこと)をまつるための大祭。平安時代第75代の崇徳天皇のとき飢餓や疫病が続いて国民が苦しんだ際、関白藤原忠通公が若宮の御祭神をお旅所へ移し、大和の国の崇敬者と共に五穀豊穣、天下泰平を祈ったのが始まり。以来860年以上絶えることなく行われ続けたとのこと。今夜(12/17)は、お旅所にお祭神を移すお渡式は既に済んでいて、お旅所の前の清められた舞台で夜もすがら、様々な古典芸能が奉納されることになっていた。

そういえば以前、ICUのSr.の授業で「民族音楽学 ETHNOMUSICOLOGY」を取ったんやけど、そのときはまだ伝説的に素晴らしかった先生、ネルソン氏がその授業を担当していて、で、ネルソン氏が「一度、奈良の若宮おんまつりの舞台は観に行った方がいいですよ」って(英語で)言ってたのを、この場に着いてから思い出す。ん、ラッキーやわ、私ってば。

荘厳な雰囲気、一段高いところに組まれた社の前に、盛り土をしてこしらえた舞台、脇にいくつもかがり火が焚かれており、周りの森の静けさもあって一種異様なテンションが張りつめている。目立つのは雅楽に使用する大太鼓が二つ一組、そびえ立っていて、その後方に雅楽の楽隊が控える小屋がある。どかが着いたときにやってたのは<猿楽>。囃子方の構成は能っぽいのだけれど違うみたい。能管、鼓、囃す声が心地いいの。舞い手の衣装はきわめてシンプルな白装束で、見物客に対して演じるのではなく、あくまで舞台奥の社に向けて奉納されているのを、私らが眺める構図。

次に、大太鼓の重低音バズーカーとともに始まったのが<東遊(あずまあそび)>。舞い手は四人一組になって対照的に動き、それに合わせられるのが雅楽の音楽。笙の音が森の奥に吸い込まれていく感じ、鳥肌が立つ。ゆらめくかがり火の炎、ここはいったいどこなんだ?グッと腰を入れて舞い手が重心を下げていくときのフリが格好良かった。衣装も豪華、かっこいい。


↑これは<東遊>、奥に先に出た舞い手が既に舞台上、これからこの人が出陣・・・


↑これも別の<東遊>、大太鼓がかがり火に映えて一種異様な迫力

そして<舞楽>、いわゆる雅楽とともに奏せられる舞というイメージが強い。面を着けた舞い手が手にとりものを持って舞納めていく。一段と冴え冴えとしていく雅楽の拍子。んー、至福の瞬間だわ。暗闇が暗闇としての機能を備えていると、炎に照らし出される全ての存在が愛おしく思えてくる感じ、しかし・・・

寒さが限界に達していた。どかは元々日中京都に行って、そのまま大阪に戻るつもりだったので、摂氏3度の奈良の底冷え対策はしてなかったのだ。<猿楽><東遊><舞楽>と続けてみてすでに二時間半、立ちっぱなし。喉が痛くなってきて寒気がとまんないので、やむなく帰宅の途に着く。あー、まだまだ夜はこれからで、まだまだ奉納されていったんだろうなあ、惜しい。

でもあの、暗闇と炎と音楽と舞と社。その五つがそろった空気は、いかんともしがたい「説得力」がある。こおいうのが、究極のライブだと思うの、どかは。


司馬遼太郎記念館

明けて18日、昨日の後遺症か鼻がズルズル。昼過ぎからのんびり歩いてでかける。実は司馬遼太郎は、どかぽんの実家から歩いてすぐの所に住んでいたのだ。昔は司馬さんが犬の散歩してるのとすれ違ったりして、勝手に緊張などしたりしてたの。今、そのお屋敷は司馬遼太郎記念館となっていると聞いて、ポチポチ歩いて出かけてみた。

どかはかつて中学二年生から三年生にかけて、司馬遼太郎にガツンとハマった時期があった。長編は大体読み切っているはず。一番のお気に入りは「龍馬が行く」でも「燃えよ剣」でも「花神」でも「坂の上の雲」でもなく、ダントツで「峠」が大大大好きなのさ。鶴橋のホームの焼き肉くさい煙の中、中学生だったどかは一人涙ぐんでしゃがんで「峠」を読んでいたね、そういえば(それはまた、別のはなし)。

で。

実は、この記念館、すごかった。期待以上に。だって普通、作家の記念館ってばそんな楽しい場所とちゃうやん?生原稿が大仰に展示されて使ってたペンとか椅子とかが置いてあってそれだけ。なんてパターンやん、普通、つまんない。でもね、ここはすごいぞ。何と言っても設計が、あの天才、安藤忠雄だ!・・・司馬さんのファンだけじゃなくて安藤ファンも、日本全国から訪れる「聖地」となっているらしい。確かに、問答無用で格好良かったの。


↑もういかにも安藤さんっぽい「ガラスの回廊」、瀟洒の極みやなあ

司馬遼太郎記念館の目玉は「大書架」。地下一階のフロアから地上二階までのスペースを吹き抜けとしてぶち抜いて、高さ11メートルの壁面いっぱいに書棚が取り付けられ、生前司馬さんが自宅に所蔵していた二万余冊もの蔵書がイメージ展示されている。見上げれば全てが本、本、本。周囲も全て本、本、本。それも司馬さんの作家としての嗜好に沿った資料なのだから、説得力もある。

月並みかも知れないけど「宇宙」なんだろうなと思った。一人の人間の脳みその内側ってば、開示してみるとこんなにもスケールが大きくて、光り輝くコンテンツでいっぱいなんだ。小さいヒトのなかには大きな大きな宇宙がある。司馬さんはその小さな身体で、小さなペンで、淡々と大きな、本当に大きな流れをつかまえてみようと物し続けた。いま、小学校六年生の国語の教科書に掲載されている「21世紀の君たちへ」という作品のディスプレイもその「大書架」にあった。27歳のどかにとっても普通に心にしみる文章だ。簡単で当たり前のことをまっすぐ、滋味あふれる筆致で綴ったその作品は、どれだけ子どもたちに届いているのだろうか。

ともかくも、よく分からなかった子どもたちも、ここの「大書架」に連れてきてやりたいと思う。安藤忠雄の尽きせぬ天才と、司馬遼太郎の飽くなき想像力が、絶妙にマッチして生まれたこの奇跡の空間は、ありとあらゆる悪い流れを変えていく力があるんじゃないか。と、そんな錯覚さえ覚えさせてくれる。お金、すっごいかかってるんだろうな、この建物。ガラスの回廊や白いステンドグラスも、とてもすてきだもの。でも、お金は、こういうふうに使うんだよっていう、イイ見本だ。かつて湯水のように金箔を使った尾形光琳のように、お金だって上手に使えば「悪趣味」じゃない「趣味」になるのだ。

にしても、あの「宇宙」はすごい。外側の世界と内側の自分、ユニクロのリバーシブルのように、ひっくり返してみることのなんと圧倒的なことなんだろう。現代美術のコンスタレーションと呼んでも何ら遜色ないくらい、すてきな空間。安藤忠雄の代表作の一つに入れてもいいくらいだ。これから帰省するたびに絶対行ってやろう。


2002年12月17日(火) 大阪日誌5日目(大レンブラント展・国宝「桜図」)

きょうは朝から晩まで、イベントづくしな一日だった・・・

大レンブラント展@京都国立博物館

今回の、どか帰省のメインイベントである大レンブラント展へ向かう。京阪電車七条で下車、賀茂川を背に東に向かってポチポチ歩くと見えてくる。


↑美しい展示物、美しい建築物、だのになぜこんな無粋なテントを?呆れる・・・

なんとレンブラントの質の高い油彩が50点近く出品されるという世界的にも屈指の展覧会、そして東京には来ない京都のみの開催ということもイベント性を高める一因。というか世界で京都とフランクフルトの二箇所でしかやんないっぽい。思い出すのは去年大阪でやった「フェルメールとその時代展」。あれもインパクト、すごかったもんねえ。

フェルメールが青年団風だとしたら、レンブラントはつかこうへい的だ。17世紀の同時代に同じオランダで活躍したこの二人の類いまれな画家の光の使い方は見事に対照的。フェルメールの光は窓から差し込む自然光、柔らかなそれは部屋の中を優しく包み、家具やモデル、室内装飾全てを等しく照らし出す。結果、カンバスの前に立つ人は目に見えない影の部分に思いをめぐらし、小さい室内画に無限の奥行きが生まれるのだ。レンブラントは違う。そのカンバスには、闇に沈めた背景からピンスポットで浮かび上がるモデル。とにかく強烈な明暗のコントラスト。ドラマチックな演劇的効果を最大限に活用し、か細い光の中にモデルの尊厳を結晶させるために、画家は無限の闇を手なずける。その闇は、画家自身の心に澱のように積もる闇、だからキャリアの初期よりも晩年の作品にこそ、いわゆるレンブラント的な凄みが宿っている。この展覧会は、画家の「闇」が重なっていく経過をたどる、貴重なツアーなのだね。

NHKや民放の特番でもけっこう取り上げられてる展覧会、中でも話題だった「目を潰されるサムソン:The Blinding of Samson」はイマイチなどか。よく練り上げられた群像描写はさすがだけれど、まだ自らの「闇」を自覚していないため洞窟の入り口から差し込む光の扱いがあやふやな気がする。それよりも晩年の「ヨアン・デイマン博士の解剖学講義:The Anatomy Lesson of Dr.Joan Deijman」は、久々に戦慄を覚える。過去の火災で現存するのは元の五分の一に満たない。もちろん目を引くのは内臓をえぐられ頭骨を割られて脳があらわになっている「罪人」で、一説によると画家はこの「モデル」にキリストの面影を投影しているという。その話を聞くまでもなく、ここには何かが「いる」としか思えないほど圧倒的なテンション。残酷な描写で観る人にショックを与えたいなんて、浅薄な思想に終わらなかった天才の発露だ。<残酷>ではなく<尊厳>という真実に触れているからこそ、時代を超えて国を超えてそのテンションが伝わるんやと思うどか。

あと感動させられたのは「机の前のティトゥス:Titus at the writing desk」。画家の幼少の実子を描いたこの作品、机に頬杖ついて物思いにふけるモデルはどこまでも愛らしく、それを眺める父親のやさしさがにじみ出てるな。晩年の作品っぽく筆致は荒くて、もしこれが16世紀の作品だったら<未完成>というレッテルがつくやろな。愛しい我が子を描くのに、あえて繊細な仕上げで美しい肌を描こうとしなかったのが、さりげないけどレンブラントのすごさだと思うの。みずみずしくてイキイキした子供の<一瞬>の美しさを画布に残せた成功は、息子への愛情と自らの才能への自信とが、卓越したバランスをとったまるで奇跡。

それ以外にもたくさんいい絵があってほとんど「凡作」が無いのがすごい。これやったらメトロポリタンであろうがルーブルであろうがどこでも通用するんちゃうかなあ。レンブラントは最も好きな画家の一人、というわけではないのだけれど「ティトゥス」は大好きなのね。大好きぃ。

長谷川等伯・久蔵親子「桜図・楓図」@智積院

京都国立博物館から徒歩三分、智積院に向かう。ずぅっと一目見たかった障壁画。言わずとしれた国宝・長谷川等伯の「楓図」、息子久蔵の「桜図」。浮世絵嫌いなどかにとって、日本美術史というのは四人いればいいの。つまり狩野永徳、長谷川等伯、俵屋宗達、尾形光琳ね。あ、彫刻家も入れればあと二人か、定朝と運慶ね。とにかくこの人たちは別格、すごすぎ。で、観にいったのだとにかく。


↑何回も行った三十三間堂はきょうはパス、で、こっちにした・・・

「桜図」。とにかく、美しい。ただひたすら、美しい。それ以外に言葉が出ない。<ああきれいな桜を描いたんだね→だからきれいだね>という認識すらここでは起こらない。目の前に描かれているものが何なのか、というカント的な意識の流れは排除されて<きれいねえ→ほんとにきれいだねえ>という感情のみなどか。だって、等伯ってばレンブラントと同じく桃山時代の人やん。ヨーロッパ絵画史で唯美主義が出てくるのは19世紀末のイギリスにおいて。日本ではそのそれに250年も先駆けて、これほど精度の高い成果を残したんね。「楓図」はまだ<ここに幹があります、かえでの葉です、秋草です・・・>という認識がわずかに発生するけれど、「桜図」はもう、絶句。等伯の息子、久蔵はこれを描いた翌年に26歳の若さで急逝した。きっと、やりすぎちゃったんだよ、この領域はヒトを超えちゃってる。

永徳の唐獅子図屏風(「皇室の名宝展」@東京国立博物館)、宗達の風神雷神図屏風(「国宝展」@東京国立博物館)、光琳の紅白梅図屏風(「特別展示」@MOA美術館)に並ぶ至宝だと思う。やっぱ生で見んとあかんって、生で。ライブこそが全てだ。一対一で対話できる空間にこそ、凝集される何かが降りてくるのだ。その降りてくるものを捕まえるにも訓練が要る。習熟が要る。その自らを高める時間を経ないと知れない楽しさがあるんだと思うんね。足を運んで、良かった・・・

・・・

で、実はこの日はこのあと、京阪の丹波橋駅から近鉄京都線に乗り換えて奈良に向かった。奈良最大のお祭り「春日若宮おんまつり」をどうしても観たかったから。すでに貴重な芸術に浸りきって頭は飽和してたけれど、とにかく「その場」に行きたくて。文が長くなったからこの後は、明日の日記へ。


2002年12月16日(月) 大阪日誌4日目(附高時代)

夜も日が暮れてから、鶴橋まで出てJR環状線を乗り継いで京橋へ。高校ン時の友達と久々に飲むため。陸上部で一緒やった連中で、あんまし帰省せえへんかったどかやけど、戻った時は大体集合かけて(かけてもらって)会ってたな。今夜は六人全員そろわず、残念やけど四人。うちわけは、一人医者、一人医学生、一人大学院生、一人プー。もちろんプーはどか。

それぞれの近況とか聞いたり、どかの退職話を披露したり、バカッ話でバカ盛り上がりしたり、少し真面目なトピックの対話になったり。あたりまえの話やけど、陸上部ン時の友人とでしかで実現しない「対話の色合い」というものがあって、大学や会社の友人とのそれとは違うもので。その「色合い」の差になつかしさを感じる。でもなつかしさにおぼれそうになるかと言えば、決してそうはならず、だから帰省するたびに「また会いたいな」と思えるんだと思う。そんなのが可能な相手のことを人は「親友」と呼ぶのかも知れない。


↑@京橋の韓国料理屋

いまのどかを構成する要素のおよそ半分は、高校の時に色々バカをやりながら獲得したものだと思う。いや、逆かな。高校ン時に染み付いた色の半分は今でも判別つくほど、残ってるんね。アホなどかが、アホな人生の中で、ギリギリまで究極アホに徹することが出来た刹那のピークは、今までに二回ある。その最初の一回目が高校二年の時やった。それを奴らは全てを目の当たりにしてるわけで、今さら何を格好つけても仕方ないというのが、意識よりも先に身体が反応するから、いい具合にさらけ出せるんだと思う、たとえどれだけ会ってないブランクが長かろうがね。

・・・にしてもだ。

高校時代の知り合いってば医者だの、弁護士だの、検事だの、反政府ゲリラだの、高級官僚だの、東大だの、京大だの、警視正だの、芸能人の付き人だの、そんなんばっかで眼ぇ回るっつうねん(約二つほど変なん混じってるけど)。っていうか、濃ゆいなほんま。でも彼らの肩書き以上に彼らがかつて、圧倒的個性で輝いてたことをどかは知っている。

それらの肩書きってば、その記憶に裏打ちされてはじめて、リアリティが備わるんね、どかの中で。幸せなことは、素直に他人を祝福できることな。


2002年12月15日(日) 大阪日誌3日目(茶筌と辰吉)

友人と行く茶筌ツアー

昼前、近鉄奈良線で学園前に向かう。いっしょにヨークに行ったマサシに会うため。車で迎えに行くよってゆってたからどんなんかなっておもてたら、黒のオペルやった。「何で外車やねん学生があ」ってつっこんだら「ナンバー見てナンバー!」って。あ、川崎ナンバー、実家の車か・・・

学園前の駅から車で5分ほど走ってこぎれいなイタメシ屋へ、ランチのコースを食べる。トマトのパスタは辛かったけどシャーベット、美味しかったな、オレンジのん。で、色々話す。彼は「奈良先端科学技術大学院大学」で情報科学を専攻してるドクター二年目。相変わらずのマサシ節炸裂で、変ってるよなーと心の中でつぶやく。でもきっとそれは彼も同じだろうな。

  ま:「何でまたアカデミックな世界なんてそんないばらの道を。
     でもまあ、社会経験があるのは羨ましいよ
     (俺なんか社会に出てないから不安で)」

  ど:「いやいや。なんちゃって社会人やったし、
     職場でも浮いてたしなあ。でもヨークに行った男五人、
     けっこう総崩れやん?
     <社会一般の綱渡り>でゆうたらさあ(笑)」

  ま:「ははは、そっかあ、ツノもブウもねー、まったく(笑)。
     でもアマネは君と入れ替わりに社会復帰するんでしょ」

  ど:「ああ、そっかそっか、救いやねえ、まだ」

  ま:「でもな、アマネも含めて俺らってさあ、
     社会的にはずれてるのは間違いないよね、ははは」


↑これが"NAIST"、なんだか筑波っぽい人工都市・・・

ははは。昼食のあと、マサシの学校を見に行ってそのあと彼の希望で生駒市高山にある「日本唯一の茶筌の里」に付き合う。竹林園という公園の資料館に寄った後、いくつか茶筌屋さんを二人で訪ねる。工房を兼ねてる店が二つほどあってそこで仕事してた職人さんに色々話を聞く。

・・・茶筌って、すごいストイックな世界だ。茶器にも色々あるけれど他と際立って茶筌が切ない理由は、職人の名前が消される「無名性」、一度使うと美しい毛先の細工も全て失われる「一回性」、にもかかわらず職人さんが一つ仕上げるのにかける「労力と時間」だ。なんだかこういう特質って神楽に通じてるな。保存会が神楽を奉納する時も、絶対舞手の名前を表にださへんもん(フリークなら舞手が幕から出てきた瞬間に誰かはわかってしまうんやけど、結果としてね)。職人さんもすごい気のいい人たちで手をとめて話をしてくれた。工房の中に漂う雰囲気が気持ちいい。いろんな要素に居住まいを正す思いなどか。


↑ある茶筌職人さんの工房、中央下部に作成の経過を示す展示がある

マサシと富駅前で別れる、再会を誓って、でも彼はなかなか上京せえへんから今度は大阪で会おってゆって。で、どかは急いで準急に飛び乗る。夕方からは世紀の一戦、テレビテレビ。辰吉丈一郎、復帰線@大阪府立体育館、生で観たかったなあ。

辰吉丈一郎

・・・行け、行け、ん、うん、行け、ヨォッシャッ!

勝ったよ。辰吉。もう、すごい、飽和した、気持ち。嬉しいっていうより、なんかホッとしたな。気が抜けた。心配やったもん。大阪の星。甲子園での「六甲おろし」よりも熱く激しく大音量のコールを受けられる唯一のヒーロー、すごかったなあ、勝った後の。

  タッツヨシッ!タッツヨシッ!タッツヨシッ!

スポーツジャーナリストの泰斗、故佐瀬実はかつて薬師寺戦に臨んだ辰吉丈一郎を評し、その天才の「盛りは既に過ぎた」と記した。どかもそれはそう思う。あの柔軟な、かつどこからでも詰めにいける怒涛のラッシュの迫力は、やはり戻らないんだと思う。確かに左のフック、5ラウンドと6ラウンドに炸裂した二発の威力は圧倒的だったけれど、でも相手のモチベーションが少し低いかなとも思ったし。ただ、あのショートフックに代表されるパンチの重さや、律儀に真面目にフットワークを止めずまわりつづける朴訥さ、詰めにいけるチャンスにも慎重に相手のカウンターを警戒する老獪さ、そんななんやかやに天才ではなく苦悩の汗と涙を見た。

そこにあったんは決してかつての「天才と無垢」じゃない。三年と四ヶ月、ブランクを経てなおリングへ上がる恐怖を必死に乗り越えて身体と精神を整えた「努力と勇気」だ。どかは三年と八ヶ月、ブランクは、乗り越えてこそブランクと呼ばれる・・・リングで手を上げるボクサーをブラウン管越しに観つつテレビに向かって呟いて。

 (・・・タッツヨシッ、タッツヨシッ)


2002年12月14日(土) 大阪日誌2日目(凍れる音楽)

けさ、目覚めたら心臓が止まりそうなアクシデント発覚。ま、とにかく冷静になって対処策を考える。で、奈良の西ノ京あたりに出向かなければならなくなり、親子三人除く弟でドライブドライブ、第二阪奈のトンネルに感心しつつも少し滅入って。

・・・

で、メインの用件を済ませて、ホッとして。「そういえば、薬師寺とかって実は、まだ行ったことないんよ」って話したら天気もいいしお参りしましょうとゆう運びになった。ほんっとに天気が良くて風は冷たいけれど、心地よい空気。行きたかっってんほんまに、唐招提寺と。

高校んときは行きがかり上、春日大社、興福寺、東大寺、大神神社、石上神宮、飛鳥寺、石舞台、吉野神宮、円成寺、談山神社、長谷寺、室生寺などなどの奈良の有名どころに何回もお参りすることになったけど、実は薬師寺、唐招提寺、法隆寺のビッグ3とは縁が無かっんね、行きがかり上。だから嬉しかった。国宝薬師三尊!でわ、ざっくりと感想を。


↓上、切れちゃってるけど評判芳しくない西塔、めくるめく色彩が、燦然と光り輝く・・・


↑これが誉れ高い薬師寺の東塔、古今東西絶賛され続けたフォルム・・・


薬師寺、二つの塔で有名、片方新しくて片方古い。まあご多分に漏れず、新しいのんはあんまり評判は良くないんだけど、どか的にはみずみずしくて好きだな、あの極彩色、うぐいす色がきれいだし。で、その塔に限らず、金堂にしても回廊にしても、ちょうど復興がなされたばかりでピカピカ色が光ってる。古びの美ももちろん好きだけれど、古びないとダメ、なんていい方は了見が狭くてどかはヤダ。ええもんはええんやん。それほど広くない境内、美しいプロポーションのダイナミックな塔が並び立つ姿は想像どおり、ため息が出る。フェノロサのが明治に訪れなかったとしても、誰かがきっと、そこにリズムとメロディを見てるわこれわ。

国宝薬師三尊は、本尊よりも左の月光菩薩が面白かった。腰のくびれで微妙に体躯がねじれててごっつい色っぽい。四肢のラインや指先の動きも繊細で、んー艶っぽいっす。本尊ももちろん、端正な印象が気持ちいいんだけど、白鳳時代の彫刻やから、やっぱり頭が少し大きくて、冷静に見るとマンガ的で。まあ、あとに見た唐招提寺の重文弥勒如来に比べると少しマシやけど。ん、これが常識やった時代のことを思うと少し、楽しい。薬師寺は全体的に軽やかなすっきりした風。

唐招提寺、対照的でしっとり、落ち着いててぼけぼけ半日ぐらい過ごしたい風。でも残念なのは、現在「平成の大復興」の真っ最中、あの有名な「金堂」が巨大なプレハブですっぽり覆われていたことな。完成は平成21年やて、はあ。国宝鑑真和上像はもとより見られへんし。と思ってガッカリしてたけど、意外と、というか本当に素敵な時間を過ごす事ができた。境内がけっこう実は広くて、金堂の裏に広がる敷地のそれぞれがとてもいい雰囲気だったのだ、人もほとんどおらんし。


↑鑑真和上のお墓、周囲を包む清浄な空気

とくに鑑真の御廟があるあたりの静寂と清浄は、なんか最近のどかの人生の怒涛をはるか遠景に追いやってしまうくらい、情感豊な場所やった。土壁も、苔むす林も、澄んだ池も、なんやかや全部が。鑑真和上像も、例の国宝千手観音像も、白鳳時代最高の平衡を達成したあの金堂すら見られへんくても、満ち足りた心持でマーチ君に戻ることのできたどか。

んん、なんだかそんな感じ。


2002年12月13日(金) 大阪日誌1日目(ホームページビルダー2001)

で、なかなか寝付けず(昨日参照)、というかもともと夜行バスという乗り物が心底苦手などかは2時間ほどうとうとしただけで難波に着いてしまう明け方6時前。ぼへへーとしつつ近鉄奈良線に乗り込み河内小阪で下車、駅前に突如あらわれた吉野家で並をかき込んでから実家へ。

んー、まあ、懐かしいな、なんやかやが。東京で思い出せなかった室内のディテールのいちいちが、ほんの少しずつ感傷を含んでる。

・・・

いつのまにか、ISDNやった実家のネット環境がADSL12Mになっててびっくり。で、ちょっと触ってたらめちゃくちゃ速いのな、これ。んーNTTが近いこともあるんやろけど、何でどかんちのエアマックと体感速度に差が出るんやろかあ。8Mから12Mに変えたほうがええな、絶対。

実は帰省しているどかにはミッションが課せられていたのね、母親の作品をのっけられるホームページを立ち上げてやって頼まれてて、さっそくやりましょうと眠い眼をこすりこすり、かばんにしのばせてきた FinePix F402をゲートウェイにまずつなぐことから。

・・・しまった、持って帰ってくるコード、間違えた。

と言うわけで、新ホームページに画像をアップさせるんもできひんし、さらにこの DOKA'S DIARYにも画像をすぐにのっけられへん。仕方ないから画像だけは撮りためて、あとでまとめてアップさせてくことにしよっと。

で、ホームページビルダー2001のユーザビリティに超感動しつつ、まぶたが鉛のように重くなってきて、昼前に眠ることにした・・・にしても、いいなあ、ウィンドウズ。こんな使いやすいソフトがあってさあ。マックは Go Liveとか Dreamweaverとか高価いプロっぽいソフトしかないもんなあ。ちぇっ。


2002年12月11日(水) いまわの言葉

  燃えたよ、燃え尽きちまったよ・・・(BY 矢吹丈)

芸能研の稽古に出かける、最初は鳥舞、みっちりみっちり。で「課題演目」を久しぶりに通してみる。ぜっんぜん、だめ。あかん。当たり前やけどな、最近全然、自分が踊る時間、無かったもんな。

かといってどかの現在のポジションに不満があるわけではなく、自分でもっと踊る時間と機会を確保せんかいっつう話だな。もう踊りに関しては「だってあんまり踊らせてもらえないもん」っていう甘えは、言えないし言わない。

それぞれの「手」に入るきっかけの拍子が取れないところがまだ多々あるので、それを慎重にさらっていく。んー、難しい。これはやっぱり太鼓を叩いてもらえないと練習でけへん部分かもしらん。何とかスタミナはもったのでそれは良しとしよう。一つくらいは自分を評価出来ないと、辛いしね。

で、ガストでナナピン・サエゴンと食事、ハンバーグを食べて帰宅、テレビをつけたらフジで「HR」をやってる。

生瀬さんと白井さん、二人の舞台役者が飛ばしてて楽しい。三谷幸喜の尽きせぬアイデアはどこからくるんだろうと、空恐ろしくなる。舞台で「舞台」を作るストーリーって反則だよなあ、入れ子構造。

で、さ、寝よかなと思ったら偶然、神奈川テレビ「あしたのジョー2」の最終回に捕まってしまう。おおおお、すっごー。「KING OF KINGS」のホセ・メンドーサ VS 矢吹丈が、最終ラウンドに入っていく・・・未だにこんなに吸引力のあるなんて、信じられない。だって何年前の作品よ、これって。同じ梶原一騎原作の「巨人の星」なんて今では苦笑の対象でしかないのに、かたや「あしたのジョー」はリスペクトの対象であり続ける。作画の担当の才能の差だろうな、残酷だ・・・

有名すぎる、ボクサーのいまわの言葉。もちろんどかは見る前から知ってたけど、初めて「生」で聞いた。じぃんと胸に沁みるなあ。薄っぺらいスポコンのその先に届いていたから、この言葉は名台詞になったんだ。


2002年12月10日(火) 歳末キャンペーン

吉祥寺でお買い物、どかどか歳末買い込みキャンペーン・・・よく分かんないけど。ラーメンが食べたくてまずわ、一風堂で白丸肉入を食べる。

どかのデジカメは FinePix F402。ちっさくて、かわいくて、割とデキもいい気がするウイやつなのね。それの予備のバッテリーとメモリーを買いにラオックスの2Fに行った。で、バッテリーは見つかったけどメモリー( XD Picture Cardってゆう新しいのん)が見つからへん。で店員に声かけたけど忙しそうで全然来てくれへん。

怒ったわけちゃうけど、待つのがめんどくさくなって、そのまま持ってったろかな?って一瞬思ったけどそれはやめて、買わずに店出る。待つの、苦手なのー。 で、ネコバスくんがユザワヤに行きたいって言うからつき合ってそのあと新しくできたユザワヤ四階のスタバで休憩。


↑こざっぱりしてて空いてるし気持ちいい、でもいす少なくて座れない

その後、ぼろぼろになってた腕時計のバンドを注文して、ヒロミチで靴下買って、武蔵境に向かう。そこでメイロウと待ち合わせ。

メイロウくんと第一回「カンバセーション」の会を開く。テーマは尾形光琳と俵屋宗達、平田オリザに村上春樹など、英語でね。疲れた。ブラッシュアップ、ブラッシュアップ、必要やわホンマに。


2002年12月09日(月) バルセロナ・ピカソ美術館展@上野の森美術館

昨日のつづき。せっかく上野まで来たんやし、きょう(12/08)で終了してしまう展覧会は行っとくかあ。と思い、上野の森美術館を目指す。上野公園を歩きながらすごい、イヤな予感がした。

予感的中。美術館前にうねうね曲がりくねった人の列、列、列。おおおお、マジかよぉ・・・。さっきのウィンスロップは全然そんなこと無かったのに「ピカソ」という名前だけで全く日本人ときたら、と悪態つくも観たい絵があったから仕方なく並ぶ。かなり、寒い。寒空の下、70分待ち。やってられない全く。


↑やあっと入り口が見えてきたあ(ここまでで1時間)!

入る。とりあえずピカソ14歳の時の作品「初聖体拝領」だけが目的。でも、当然ながら館内も朝8時台のJR中央線の混み具合に匹敵するくらい。壁に沿って分厚い4層ほどに重なった人の列、進まない。すでに半分キレてたどかは、小品とかを横目に適当に流しつつその絵の前まで来る。ここもすごい人だかり、忍耐強く10分ほど待つとようやくキャンバスが見える位置に到達する。やれやれ。

・・・パブロ・ピカソ「初聖体受領 The First Communion」

なんだか聞くところによると、中学だか高校の美術の教科書に載ってるらしい。どかはでも、電車の中の張り広告で初めて知ったの。んで、その広告で見た限りでは「そんな大した絵かぁ」と思ってたら、大した絵だった、見たら。

ピカソのことは「嫌いではないよ」という程度のどか。最初は嫌いだった。でも<キュビズム>の悦楽が分かるようになってから、段々抵抗が減っていった、どかの中で。次々と猫の目のように変わっていったスタイルも、今ではどの時代も面白いと思う。でも<青の時代>よりも前に、こんなに完成度の高いスタイルがまだあったんね、すごい。

次から次へ新しいスタイルへ乗り換えつつ、かつその新規に開拓した分野でも誰にも負けない完成度を達成して。ピカソの生きざま自体が既に、アートだ。でも生きざまをアートにするんてどうよ、とか思ったり。なんか才能を持たなかった負け犬の遠吠えだけど、一つの所に踏ん張ったらどんなピカソになるんやろね、と想像してしまう。

そ、特に、この「初聖体受領」みたいなスタイルを突き進んでみたらどうなってたんだろう。まっとうなスペイン式リアリズム。ベラスケスやゴヤの伝統に則った筆致。構図もそれら巨匠に負けず劣らず洗練されてかつ力強さが。そして色遣い。あの黒と白の対比は、ほんっとにベラスケス風で大好きだ、どかは。目の水晶体の奥底で快楽の爆竹がバチバチ言ってる感じ、じぃんと痺れてくる、気持ちいい。

まあ、見られて良かったのかな、あの絵だけでも。あとはどかの忍耐の限界を超えていて小品やデッサンとかはほとんど見られなかった、おばちゃんやおじちゃんが、したり顔で、デカい声で、うんちくもどきの講釈をたれるのを耳元で聞きつつ身動きが取れないのは我慢ならない。すごい、人口密度だった。ブロイラーの養殖みたい。

でもなー、絶対、展覧会として見たらウィンスロップのが数段上や思うけどなあ。日本人って、ピカソの絵を見に行くんじゃなくて「ピカソ」っていう固有名詞に吸い寄せられてるだけちゃうんかなあ。はあ、もぉ、絶対、平日のできれば朝に、美術館は行ってやるっ、と心に誓ったどかだった。

一夜明けてきょう、東京は雪化粧。そらあ、雪も降るっちゅうねん!並んでたら寒かったもん、まじで、ほんまに、ごっつぅ。夜、耳がちぎれそうになりながらメイロウくんとチャリでガッコに向かう。キャンパスは普通に美しかった。


↑一日中降ってたね、雪。


2002年12月08日(日) Winthrop Collection@国立西洋美術館

サエゴンに余ったチケもらったので久々に思い立って上野へ。きょうが最終日だったから、激混みが予想されるし、がんばって早起きして開館時刻にぃ。と思ってたんだけど、これも予想されてたことだけど、ややあって起きられず昼過ぎに上野に到着。


↑国立西洋美術館、手前はRODIN作「カレーの市民」

フォッグ美術館というアメリカの美術館が所蔵する19世紀のイギリス・フランス絵画が中心。おぉ VICTORIAN PAINTING・・・どかの学部時代の専攻のど真ん中ストライクだぁ。もちろん絵を観る環境とは言い難いほど混んではいるけど、予想ほどではない。一安心。

フランスのドラクロアやシャバンヌ、モロー、イギリスのブレイクやラファエル前派の絵画、ビアズリーの挿絵などが展示されていた。その中でも目玉の出品はフランス絵画だとアングルの作品、ブリティッシュァートではロセッティだった。でもこうして比べると、自分の卒論を棚に上げて言ってしまうけど「イギリス人て絵、下手だなあ」とつくづく思う。一目瞭然だもん。フレンチアートの洗練とブリティッシュアートの素朴、素朴というか無骨。

アングルの「奴隷のいるオダリスク」のキメ細かい仕上げ、非の打ち所のない構図、古典派であるにも関わらず革新的な色遣い、赤の鮮やかさ。同じくアングルの「ラファエロとラ・フォルナリーナ」も同じような特徴、ほんっとにデッサンが上手い、言葉を失うくらい。でもその正確さが嫌みになったり息の詰まる閉塞感を与えないように気を遣ってるのが、素晴らしい。構図や色でアクセントの緩急をつけて、やっぱり究極だ、これはこれで。画中、ラファエロの黒い衣装からこぼれて画家の赤いタイツの足が見えているんだけど、この目に突き刺さる赤の置き方が大好き。

でもこの画家とモデルが抱き合う構図でどか的に比較してしまうんがエゴン・シーレの「枢機卿と尼僧」だ。ウィーンのくまにポストカード送ってもらったんだけど、どかの大好きな絵。黒と赤の男女が抱き合う絵。シーレはぜっっっったいこのアングルの作品、参考にしたと思う。でも、画布の前に立った鑑賞者に与える印象の、なんと異なることだろう。シーレはひりひりするような後ろめたさと好奇心に引き裂かれた背徳のリアリティ。アングルのんは思わず微笑んでしまうような幸福の想像にたゆたうファンタジー。どちらを選ぶかと言えばシーレを選ぶに決まってるけれど、部屋に飾るんだったらもちろんアングルなどか。

翻ってブリティッシュアートは、やっぱりなんだかんだ言ってどかには親しみがあって擁護しそうになる。ブレイクの「イエスの祝福」という油彩が胸に沁みる。相変わらずやっぱりマンガっぽくて今で言うところの奈良美智ちっくで、でもその黒目が大きい顔と正対すると一気に引き込まれる感じ。バーン・ジョーンズも佳作がたくさんあった。物語性を抑えた縦長のキャンバスはある種のイメージを一つだけ、強く照射するよう焦点が定まってる。潔い割り切りと切り捨て。

同じくイギリス人、ワッツも良かったなあ、初めて良さが分かった気がする。ロセッティは・・・イマイチだった。昔好きだったんだけどな、いま、あんまし惹かれない。ホイッスラーは・・・いいなあ。今回の展示品の中ではかなり浮いてたけど。印象派と似てるけど、でも彼はフランス人の同時代人よりもはるかに瀟洒で知的な表現を求めてたんだ。「音楽のような絵」、その理想に共感する(関係ないけど岡崎京子は「音楽のようなマンガ」を描きたかったんよ)。

アングルの「ラファエロと…」とブレイクの「イエスの祝福」にトドメをさすことにするどか。全体的にボリュームはそんなに大きくないけど、これくらいが妥当かも、日本では。落ち着いて集中して絵を観る環境なんてほとんどないんだし。

楽しかった、おーきにっすサエゴンゴン。思いがけず、懐かしい気持ちになった。学部時代、ばたんばたん厚い画集をひっくり返して見続けた19世紀の絵、嬉しかった。


2002年12月06日(金) 「エンピツ」さん、こんにちわ

ぶぅ上京二日目、きょうは師匠に午前中から出てきていただいて、太鼓をあわせて練習する。セバスティアーノも参加して。疲れがだんだん蓄積してきているので無理はしないで軽く、どかぽん流すことにした。ちょっと空いた時間とかに課題演目の基本動作をさらってみる・・・。んー難しくってさあ、全然だめなのね。

昼、一旦どかんちに戻ってきて、ふたりで「仲良く」昼寝。んでもって夕方、ぶぅのロードスターでガッコまでドライブ、夕方の同好会の練習にでる。師匠もいなくて人数少なかったけど、だれないよう集中してみんなの練習を見る。

帰ってきてぶぅと相談して、決断することにした。かねてからどかの中で懸案だった「DOKA'S DIARY 引っ越し作戦」! というわけで「エンピツ」というネット日記サーバーと契約し、今後は DOKA'S DIARYをここから配信することにするの。あまねに教えてもらったんよね、ここ。

どかが「BIGLOBE 日記帳セット」から「エンピツ」にスイッチしようと思った理由は以下の通り、実はどかの当初抱いてた日記の理想のイメージに近いものが実現出来るのだ!

1:書き手的に「日ページ」のフォーマットがシンプルで好き。
2:書き手的に「日ページ」の制限字数がBIGLOBEのみたいく、せせこましくない。
3:書き手的に「インデックスページ」が「年」ページ「月」ページに戻ること無く、全てのタイトルを一括表示できるのが、好き。
4:いちいち「月ページ」に戻らなくても、前後の「日ページ」をブラウズすることが可能、読み手に親切。
5:自動的に最新の「日ページ」を表示する、読み手に親切。
6:BIGLOBEの「日記帳セット」よりも、価格的に安いこと、もちろん書き手的に嬉しい。

などなど。もう7月以降の日記は引っ越し、終了したんだけれどまだそれより以前の日記は引っ越せてないし、各種レビューシリーズのリンク整備も終わってないからしばらくは以前のフォーマットがちらつくはず。今まで継続的に読みに来ていただいている方には、慣れない箇所もあるでしょうが、ごめんなさい・・・

あと、まだまだ「エンピツ」には興味深い機能があるので、それを今後、どういう風に活用していくか、楽しみだったりするどか。


2002年12月04日(水) THE HIGH-LOWS @赤坂BLITZ 2DAYS (2)

怒濤のハイロウズ週間も、今夜でもって一段落。どかにとっては寂しい4回目のライブはネコバス氏が同伴した。昨日のモッシュへの突入で、洗濯機に入れられたボロぞうきんのようにくたってたどかは「きょうこそおとなしめでいこう」と決意した・・・


↑きょうは雨が強くて大変、客入れ混雑のBLITZ・・・

1. Too Late To Die
2. ecstasy
3. いかすぜOK
4. 罪と罰
5. アメリカ魂
6. つき指
7. ななの少し上に
8. 毛虫
9. 一人で大人、一人で子供
10 マミー
11 日曜日よりの使者
12 青春
13 曇天
14 俺たちに明日は無い
15 相談天国
16 不死身のエレキマン
17 真夜中レーザーガン
アンコール
18 迷路
19 ハスキー
20 ミサイルマン

きょうは陣取ったのはいつもと同じくらいステージから離れてるバー、でもベースやギターよりにずれるのではなく、ボーカルの真正面、中央で参戦することにする。ネコバス氏はやるき満々で「前で戦ってもいいよ」とのたまわれるが、どかの身体がとてもじゃないけど・・・。しかし、ステージまでの距離15メートルのここでもボーカル正面は激戦になることが判明する。

ヒロトは相変わらず全力疾走、あの年であれだけ動いてあれだけ声が出るのはどー考えてもおかしい、でも好き。ステージ装置は全く飾り気のない、楽器のみ置かれていて、上からベタの自然光のスポットで抜くシンプルさ。唯一の装飾はステージ後方、上から吊ってある白地に赤のクロスが入ったアルバムのジャケットと同じ巨大な「旗」。

2.のecstasyが、どかのツボに来て楽しいの。「ALL I WANT IS ECSTASY !」とステージからヒロトが煽り、フロアがそれに追っかけて歌う。なんか一見すると、政治的なアジテーションの集会で見られるような風景で。5.のアメリカ魂もそうで、演奏に入る前にヒロトが煽って「USA! USA! USA!」と叫んでそれに合わせてフロアも腕を上げて叫ぶの。そして後ろに高く掲げられた
「旗」・・・。これはまさに某国のプロパガンダ色満載の集会みたいなイメージなのね。

でもでも、それは一見すると、それと同じ感じではたから見てると気持ち悪いかも知れないけれど、でもねコンテンツは「政治」じゃなくて「ロックンロール」、あくまで「ロックンロール」。「政治」みたいに排他的じゃなくて寛容なのだ「ロック」は。そこにecstasyがあれば、かつ某USAみたいに他者を傷つけるような行為をしなければ、あとは何をしてもOKな世界がそれが「ロック」。

ヒロトとマーシーはそんなアナーキーかつ優しい「ロック」な桃源郷を各地のライブホールで現出させるべく、全国ツアーを開始したんね。独立国家「ロック」はとてもいろんな要素が混じり合ってる。10.のマミー、きょうはヒロトの喉もすごい調子よくてBLITZ全部に染み渡るように静かに広がる哀悼の感情。名曲11.はハイロウズ流ゴスペルで、のほほんとした穏やかな楽しさが気持ちよい。12.から17.はジェットコースター、暗闇の中、レールが見えないけれど不安は無い、だって上を見上げれば「月」はきれいだし、動かずそこにあるから、平衡は揺るがないのさ。

きょう、いちばんいちばん嬉しかったのはアンコール一曲目だった。ヒロトが「んー、懐かしいの一つやろっか。しばらくやってなかったの」とMCを入れてやってくれた迷路。すごい聴きたかった一曲だから嬉しくて嬉しくて、疲れが全部ふっとんで縦ノリ全開で大声でいっしょに歌ったの。

♪まーっすぐー、あるーけないからー
 まーっすぐー、あるーかないからー
 ぼーくがーあるいたあとはー
 まーがりーくねった、めいろー・・・

なんで、涙がこぼれるんだろう、わかんないや、でも、好き。独立国家「ロック」の国民であるという誇りがあれば、たいがいのことはこなしていける気が、した。ありがとう、ハイロウズ。ネコバス氏もありがとうって言ってたよ、ヒロトさま・・・


2002年12月03日(火) THE HIGH-LOWS @赤坂BLITZ 2DAYS (1)

ジャン!
ザ・ハイロウズ、2002冬の陣、後半戦、赤坂BLITZ 2DAYS!
ブリッツって音響はやっぱアックスより古いハコだけあってちょい劣る。
でもブリッツは幾多のハードなライブを支えてきた歴史の重みがあってそれがイイ感じ。
さて、アックスと同じくらいのバーの前をゲット、ヒロトまで17メートル・・・

1. 一人で大人一人で子供
2. Too Late To Die
3. 曇天
4. アメリカ魂
5. 俺たちに明日は無い
6. 毛虫
7. ななの少し上に
8. いかすぜOK
9. 青春
10.つき指
11.マミー
12.スーパーソニックジェットボーイ
13.俺軍、暁の出撃
14.相談天国
15.不死身のエレキマン
16.ハスキー
17.ミサイルマン
アンコール
18.ecstasy
19.千年メダル
20.真夜中レーザーガン

きょうも一番激しいモッシュには加わらずいつも通りの場所で楽しもうって。
でも、一曲目のイントロで、バーの前が3メートルほどパッと空いたのな、奇跡的に。
身体が頭よか先に反応、バーをくぐって最前列目指して突撃を敢行しちゃった。

・・・死ぬかと思った、マジで、想像以上だあれは。

1.の演奏終わってでヒロトまであと8メートルに到達、そこで四方八方、
他人の身体に触れない箇所は無いほどギウギウで、まさにモッシュ。
必死のアタックを繰り返し2.の間奏でもう少し詰めてヒロトまで7メートル。
しかし直後、鈍器で頭を激しく殴られる・・・
ん、鈍器じゃない、人だった、おお、これがダイブかあ!
と言うわけで頭の上をイモムシになった人がごろごろ転がる。
でも転がしてるのは下の人なのよ、これってば、
下の人が両腕で支えて前に必死に送り出すんよ。
痛かったし、怖かったー、かかとが後ろ頭の上から降ってくんねんもん。
しかも・・・この最初のイモムシくん以降、どかがモッシュから脱落する15.まで、
およそ50分間、累計20匹くらいのイモムシくんがどかの頭上を越えていく。
最後の14.の時なんてもうどかの腕が前後の人の身体にロックされて上げられないのに、
イモムシくん上から降ってきたから、首と肩で悲壮な体勢で支えて、
しかも間が悪いことに後ろからもう一匹同時に。
あれが、どかの残りエネルギーを全て持っていったな・・・

きょう分かったこと、その1。
→ダイブする人にも上手い下手がある、
 下の人にできるだけ迷惑をかけないようダイブできる人って偉い。

きょう分かったこと、その2。
→ハイロウズファンはやっぱり大人でかっこいい。
 背の低い女の人はつぶさないように周りがぎりぎり気を配るし、
 ダイブ・イモムシくんが落ちそうになったらすぐ、下にいる周りが必死にサポート。
 モッシュで気分が悪くなった人がいたら、
 退場できるように隣の人と腕を組んで退路を確保してあげたり。
 そんなことが、怒濤のモッシュをこなしながらも、
 一瞬で平然と言葉も交わさず紳士になれる戦士たち、誇りに思うどか。

でも、どかは必死にできるだけ前に行こうと、ヒロトをできるだけ近くで見ようと、
頑張って前進を試みてみたのだけれど、7.の時にあと6メートルまで行って限界。
あとはずるずる後退してイモムシくんサポートで力尽く、汗だく言葉出せず。

あのモッシュの中、前進を試みてたどかの虚無的な努力ってば、客観的に見てたら、
登山家の故・長谷川恒夫氏が、ナンガ・パルパットで敗退したときの惨憺たる、
しかし断固たる決意の苦闘になぞらえてもらえたかも知れない・・・
ルート工作と荷揚げの繰り返し、生と死の距離が限りなく近づく、虚無的な徒労・・・
でもね、どかは生還したよぅ。


↑丘の上に、どかにとってのナンガ・パルパット、至峰・赤坂BLITZ!


2002年12月02日(月) さすが担当

今朝はずぅっと行きたくて行きたくてうずうずしてた散髪に行く、
吉祥寺の連獅子、シュプリームの方、。
いつもの担当、せ○ねサン、どかのオキニ、ラブリー♪
二ヶ月と20日くらいのばしっぱなしでかなりうざかった髪、
一瞬のばそうかなと思っててんけど、あっさり諦める。

  ど:みじかく切っちゃってください、みじかく。

  せ:え、伸ばすんじゃないんですか?

  ど:いいんです、どうせぼくには「細く長く」なんて、
    はなから無理だったんです(何故か寂しげに遠い目で)。

  せ:え、え、どうされたんですか(焦って心配そうに)。

  ど:ええ、まあ、実は・・・

と、退職したことを告げてみる、ちょっと同情してくれるかななんて。
ま、無理だったんだけど、って、無理なのは最初から分かってて、
次の台詞がいきなし・・・

  せ:ああ、そうなんですか・・・って、嬉しいんでしょ?
    おめでとうございます!

だもんな。
んーツボをおさえてんねえ、せ○ねサン、さすが担当・・・
前とおんなじくらい短く、でも少し雰囲気変えてってお願いしたら、
なんか、髪型だけだけど、ヒロトっぽくなってラッキー♪
井の頭公園前のコーヒーショップのガラスに映る顔は、
ああ、下連雀のヒロトくんって感じ、私って。
みんな、びっくりするぞぉ、きっと。
と、勇んで夕方の練習に出たら、

  みんな:あら、若返っちゃって、むやみに。

以上、みたいな(おいっ)。
・・・しょぼん。
でもすごい気持ちよいな、散髪って。

ひとつひとつ日常の出来事をどれだけ大切にしていけるかって、
できないくせがついちゃうと実はできないもので。
意識的に、アンテナの感度には気を配んなきゃね、
スピーカーも濁っちゃうもんな、さぼると、音質。


2002年12月01日(日) G1阪神ジュベナイルF

  そんなんやってる場合ちゃうやろーあほかっ!

というツッコミが飛んできそうな気配をかきわけかきわけ。
あんましお金を突っ込まないように気を付けて、
おとなしく楽しむことに専念、しよっと(ちょっと弱気)。

こんなG1レースがあったん知らんかった
「阪神ジュベナイルフィリーズ」・・・
二歳牝馬限定のレース、来年檜舞台に立つお嬢様がたの、
「女磨いてますぜっだーんなっ」って感じのレース(?)。
これ、大阪や神戸ではもりあがるレースなんかなあ、
こっちではイマイチくんな気がする。
でも来年の彼女たちが桜花賞・オークス・秋華賞などの、
三歳限定のクラシックレースに挑戦していくんだから、興味はあるかも。
あのファインモーション様みたいなすごいやつ、いないかな?

いた。

ピースオブワールド!
ダントツ一番人気が来たよ、一番、すごー、
四コーナーであんな外っかわ走っててなんで先着出来るんだろう。
二着が、ああ、11番人気のヤマカツリリー鞍上安藤勝己。
ピースオブワールドから武豊騎乗のアドマイヤテレサに流したので、
なみだなみだのどか。

ピースオブワールド、無傷の四連勝でG1制覇、すごいなあ。
ファインモーション様に追いつくのだろうか、でもまだ、
あの火だるまジャンヌダルクのような圧倒的なオーラは無いよな。
でも女は変わるしな、いたいいたい。

もう有馬記念までは馬券、買わないことにする。
そんで有馬で、とりあえず、競馬は辞めにしましょう、
ん、それがいいそれがいい、それがいい、んでしょ、どか?


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