8月の下旬だからなのか、それとも8月下旬なのにと言うのか…。 長い袖を指先まで引っ張って冷たい風を避け、それは夏の終わりを感じさせた。 その風は木々を揺らし、ブランコを少し揺らし 「ギーッコ」 と鉄が擦れる音を奏でている。
夕暮れに浮かんだ大きな雲とキレイに赤く次第にオレンジと変わる空の色を背景に逆上がりを練習した幼き頃の自分を重ねては、今ここにいる自分には余りに不具合な鉄棒の高さは時を感じさせた。
風は首筋をかすめ、木々を通り抜け向こう側へ姿も見せずに消えて行く。 そんな風を幼き頃も感じ、少しづつ大きくなって 「人間」 を演じる事を覚え、時に後悔した。
幼き頃の純粋無垢な自分が袖を引っ張る様だった。 ―そんな事でいちいち止まってるなよ― と。
備え付けのベンチに腰をかけてタバコに火を点けた。 黄色とも金色とも言える満月を眺めた。 こいつだけは俺のことをずっと見守ってくれて、暖かく明日を照らしてくれていた。煙は風の中に消えた。ふわりと昇っていくように。
電灯がベンチの下を照らしている。 ―こんな所に― 1輪の小さな名も知らない花が咲いていた。お世辞にもキレイとは言えないけれども。しっかりと根付いてその場所を確保する様に強く咲いていた。 まるで、 ―私も生きてるのよ― と言わんばかりに。
微笑んだ。 どうしてだろうか。 前に進める勇気をもらえた気がした。 この花のようにキレイに咲かなくてもイイだろ、強く根付いて立つんだよ。 そう、言われているようで仕方が無かった。風の吹き抜ける音だったのかも知れないけど…。
笑っていた、一人で。 どうだい?上手く笑えているかい? 演技のない笑顔ができてるかい? 花も笑っている様だった。 風と揺れながら、強く咲いていた。
雨の匂いがアナタを思い出させた。 眠りに付けなくて外で降り続ける雨の音を聞きながら。 ”おやすみ”の代わりにも子守唄代わりにも出来そうにない強く地面を叩く雨粒達の一つ一つが私の想いを壊していく。
瞳を閉じて見えるのはアナタで、 雨の匂いがアナタを甦らせて 大きな胸の中で小さくうずくまっていた私は、 とても幸せだった。 とても、とても。 眠るまで私を見つめてくれて、 少し遅い朝を2人で迎えて、 ”おはよう”のKissをして…。 今となっては遠い昔のオトギバナシの様。
見失ったのは雨が止んだから? そうだったならずっと傘をさしておきたかった…例え雨が止んでも。 2人で1つの傘に入っていつまでも歩いて行けたのに。
悲しみは雨の中へ、枕が水溜りになって 雨の向こうに虹が架かる事を信じて。
”おやすみ” 雨が言ってくれた。
水溜りが映した電信柱の上に鴉が1羽止まって鳴いている。 雨上がりの空は、乾いて消えて行く水溜りが描く背景をキレイに青で塗っていた。 僅かな命の事を思ったのだろうか。
鴉は姿を消し、電灯が反射する明かりに水溜りは夜空を映し出した。 今度は静かにさらさらと流れているかの様な水面を思わす幾千ものを星達をを背景に、消えかかる水溜りのスケッチを鮮やかに彩った。 これから夢物語が始まるのかと思わす幻想的な空間、ほんの小さな、世界で最も小さい美術館…。
そこに月が訪ねてきた。 スケッチブックを埋め尽くしてしまうほどの大きな満月が。
星達は輝きを止めずに月を主人公として受け入れ背景を演じた。 月もそれを快く思い、雲をかき分け1枚の絵を完成させようと水溜りに映る自分と星達の今夜限りの美術館に集まった。
誰の記憶にも残らない1枚の絵を彼らだけは忘れまいと、この夜を大切に思った。
水溜りは徐々に小さくなって行く。朝の訪れと共に。
月は、さようなら、ありがとうと言い 水溜りも、本当にありがとうと言い
新しい朝を迎えた。 水溜りも月も星もゆっくりと眠りに付いた。
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