「またね」 と手を振る改札口で吹き抜ける風と込み上げてくる感情を抑えてホームへと降りる亜子を見送った。 家路へと辿り着く少し前に体に背負った疲れとまどろみを癒してくれるかのように優しい着信音が流れた。
「ついた?電車乗り過ごしたよ。終電はあるからよかった、寝ちゃった」 と少し眠たそうな声が聞こえた。 凛としたいつもの横顔とは少し違う珍しい亜子が洩らす無邪気な声がまた僕を和らげてくれた。 「気を付けて帰りなよ」 それしか言わなかった。 それ以上言うと優しさに負けてまた、甘えてしまいそうだったから。
「ねえ、先に切らないでね。独りぼっちになった気がして寂しいから」 そんなワガママを言うのも珍しかった。まるで、幼子のような。 列車の揺れる音がした。静かに亜子の家へと運んでくれるガタンゴトンの音が眠りに付かせたのだろう。 「ああ、切らないよ。先に切っていいから」 「うん、じゃあまたね」 「気をつけてね」 切れる前に少しの沈黙がした。 「おやすみ」
お互い同時に言った。 笑った、誰の目も気にしないで。 「またね」
約束通り亜子が切るのを待った。 家に辿り着いた時には また、着信音は鳴るのだろうか。 それとも夢の中で待ち合わせをするのだろうか。
またね。 亜子の声が胸を癒してくれた。
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