昨日の雨はウソの様に晴れ渡り、空には青いペンキが塗られていた。 鳥のさえずりで目を覚ますと肌をくすぐる気持ちの良い風を感じた。 もうすっかり春らしくなって来ている。日増しに感じる様になった。
『すっかり暖かくなったね』と僕より先に目を覚ました彼女が朝食を作りながらそう言った。少しまだ、眠そうな声をして。 コーヒーのいい匂いが部屋中に立ちこめる。まだ、ベッドの中でぐずぐずしている僕を起こそうという作戦か?ココからは彼女の顔は見えない。どんな顔してるのかな?気になったが声を掛けるのは止めた。食事の用意と化粧は邪魔されたくないらしい。大体の女性がそうだ。
ようやくベッドから起きあがり顔を洗ってリビングに戻ると朝食が用意されていた。笑顔で、 『できたよ!』と迎えられた。たまらない幸せが部屋中に充満して僕の心を満たしてくれる。最高の目覚めだ。彼女の方も”天気のイイ日は本当に好き”と何度も口にして嬉しそうに僕の方を見ている。
朝のほんの少しの時間、ハーフタイム。 楽しい会話と、美味しい食事を。ラムゼイルイスを聴きながら。 それから今日を始める。少しやる気のない水曜日も乗り越えられそうだ。
ゆっくりと朝の扉を開ける。朝をくぐっていく。 玄関を出て、振り返ると彼女は手を振っている。 ・・・行ってきます。
街はまだ起きない。しっかりしないから、神様は怒って雨を降らせてしまった。 どうしようもなく憂鬱になってしまう。 目を覚ますと、同時に耳に入ってくる地面を叩く音が嫌で仕方ない。 時計に目をやれば10時過ぎ。何もやる気は起こらない。 とっくに1限は始まっている。むしろ終わりそうだ。
”今日は起きたくないや”火曜日の憂鬱。 また始まった。街が起きないから、僕も起きることができない。 でも時計を見てしまう自分にさっきから嫌気がしている。 −誰か僕の部屋のドアをノックしてくれないかな?− ・・・寝返りしてみる。これで3回目だ。 時計の針は右回りに律儀に動いている。長針も短針も秒針も。 地面を叩く音は弱まりそうにない。
−ティッシュを丸めたヤツを作って逆さに吊してやろうか?− 怒りにも似た感情が湧いてくる。時計の針は逆には回ってくれない。 秒針の音が『カチッカチッ』と部屋の中でゆっくりと、確実に時を刻んでいる。
憂鬱な火曜日、夕方頃雨が止むと自己嫌悪に陥る。 −今日をムダにしてしまった−という後悔だけが付きまとう。
時計に目をやると午後五時三十分で止まっていた。 −電池を買いに外へでるか−
『・・・もしもし』 『ちょっと!今何時か分かってる?』 時計が見当たらない。昨晩何時に寝たのかも分からない。 状態を起こしオーディオに目をやる。眠気は醒めた、12時22分・・・やばぁ! 『ちょっと、起きてよ!』 『今、起きた時計も見た。ゴメン。』 『あとどのくらい掛かるの?映画始まっちゃうでしょ!』 『うーんと、あと2時間くらいかなぁー』 『映画をエンディングから見ろっていうの?早く起きてよ!』 そうだ!昨日はバイトだった・・・。日曜だって言うのにバイトしていたんだ。 帰ってきたのが朝の五時だったっけ・・・。日曜日に遊べないから今日映画の約束したっけ・・・そうだった。 『急いで行くからもう少し待っててくれる?』 『たまには待たせてみたいよ!早く来てね!』
月曜日の街はおとなしい。それでいて新鮮だ。 日曜日の街の慌ただしさと一変して、新しい空気を入れる、換気曜日なんだ。 確かに休みの次の日は動くことさえ億劫で何もしたくない。 でもそんな街も人の顔も好きだ。どこかやる気なくてでも新しい顔している。 新鮮な気持ちで始めることが出来る月曜日。 少し怒り気味の彼女の手を握り、『好きだよ』と言えば ゆっくり火曜日に溶けていく。 ラストシーンに踊らされるコトなく。
そこには髭の生えた不気味な男が立っていた。 懸命に鏡の中を覗いている。 右手を顔の方にやる。髭を触ってみる。 ジャリッとした手触りが気持ち悪くてすぐに手を離した。 髪は立ってあちらこちらに跳ね上がっている。 目は腫れ上がって、半分しか開かない。 口は乾いて、言葉は何も発せない。昨晩の酒のせいで匂いすらする。 歯は煙草で黒ずんでいる。 不気味としか言いようがなく、またこんな人間を『どうしようもない』 と言うのだろう。 懸命に鏡に向かって水をかけてみた。けれどそこには不気味でどうしようもない男がいる。 蛇口をいくらひねっても、いくら水をかけても・・・。 鏡を壊すしかなかった。
二十歳を過ぎ、自分で言うのも可笑しな話だけど、 「上手く感情を引き出せるようになったな」と思う。 最近はよく感動する事が多くて、しょっちゅう泣いてる。 もちろん独りで。
スゴク過不足なく感情と上手くバランスを取れているように思う。 それが大人になること?それは少し違う気がするけど・・・。
只、嬉しいのです。 もうそこには嘘は無いのです。
只、落ち着けるのです。 もうそこには君しかいないのです。
コロナを飲みながら夕暮れを見ていた。 ちょっとしたバーの窓から見える夕日と影が上手く重なって綺麗なオレンジ色を空に映していた。胸のポケットから煙草を取り出した。
昔よく見ていた景色と似ていた。子供の頃、空を見るのが好きだった。どんな空にも表情があってずっと見ていても飽きなかった。日々変化していく空の表情を恨めしそうに眺めていた。届かない空に向かって手を伸ばして。
あの空をいつしか独り占めしたいとクリスマスの日にお願いしたことがあった。 その日は雪でどこからか、鈴の音が聞こえてきた気がした。手のひらに舞い降りた雪の冷たさを感じ、一瞬にして溶けてしまう手のひらの温かさを感じた。
―いつしか年を取ってしまった― コロナのラベルを見ながらそんなことを一人思っていた。 んっ?今、雲の隙間にサンタクロースが見えたような・・・?
真っ暗な部屋にいる。何も見えない。 独りこの部屋で星空さえも見えないこの部屋で、ナイフを見つめている。 優しく木々の葉を揺らしている風だけが微かに聞こえるだけ・・・。 朝を迎える少し前の時間、空白の時間、皆が夢を見ている時間。 僕だけがこの世の中でたった一人生きているような気分でナイフを見つめている。 生と死の狭間で、僕はただ生を感じていた。死を目の前にして。 僕の命を僕が弄んでいる。ナイフの冷たくて尖った感触が首筋をなぞる。 赤い血潮はまさに生への証明だった。操作できる喜びでもあった。逆に胸の鼓動は高まっていく。生を象徴していた。 真っ暗な部屋にいる。何も見えない。 そこにはただ、赤い生が転がっていた。
雨が降った。 桜が散ってしまうようだ。 何処に行っても雨は止まないで僕を追いかけた。 そして、僕は君を追いかけている。
3秒待っても雨は止まずに、傘も刺さずに君を追いかけたんだ。 いつか待っていてくれると信じているんだ。 『待っていたよ!』と言って笑ってくれればいいんだ。 びしょぬれの僕を笑い飛ばしてくれ。 晴れ間が見えるまで僕は君を追いかけている。 君の声と君の笑顔を追いかけている。 何処に行っても雨は止んでくれない。
涙を流したいコトが時にある。 それは僕自身でも予想がつかないときに起こる。 勝手に、それでいて素直に。感情は分からない所で反応してしまう。 色んな場面で、ふとした瞬間に、心を奪われる。 自分という存在を無視してまで、感情は支配したがる。 言葉すら不要で、見えるものも意味がない。 ただ支配されるままに。
ピンク色した花が道路を占領していく。元の道路の色がわからなくなるくらいに。 春の暖かい風に吹かれて桜は少しずつ誘われるように道路に着地していく。 ユラユラと、風に乗って。花びらを羽代わりにユラユラと。 風は桜を誘い、桜は風に誘われる。 太陽に手をかざしてみる。指先はうっすらと白く透けて骨が見えた。 生きているということを感じさせてくれた。じっくりと。
隣で読んでいる。 僕の文章を。どんな顔をしているのかを見る。 不思議そうに、そして知りたそうに。 僕の過去は至って単純で、何もないように見えるけれども、 それだって君は知りたそうな顔をして、いつも僕の過去について聞きたがる。
悲しそうな目をして僕を見た。 本当に悲しそうに。 どうしたの?と聞くと、 いつものように「別に」と言って濁す。 そして・・・、悲しそうだ。 笑ってくれればいいけどな・・・。
「遅い!」と呟いた。 少しだけ、ほんの五分なのにかなり怒っている。 「ごめん」と取り繕うことしかできない。 下らない冗談を言って誤魔化した。それできっと気分は晴れる。君も、僕も。 二人ともずっと上を向いていた。 桃色の雨が舞い降りては幸せな気分にしてくれる。傘はささない。 心に積もらせるようにする。目にずっと焼き付けとくためにシャッターを自らの目で押した。 二人を遮るものなんて一つもない。不安もない。 時に心配したりするけれども、それはそれでイイのだとも思うから。 短い時の流れに、何億人といる人間の中で、二人は実に綺麗に重なっている。 同じ時を刻んでいる。 「お腹減ったよ!」と桜を見ながら彼女は言った。顔は笑っていた。太陽の光と混ざり合い眩しくてその顔を見ることはできなかった。 「そうだね」と言った。彼女の顔を見ながら。するとこっちを向いて 「うん」と笑いながら、とても幸せそうな顔をして言った。
僕たちは足跡を付けていく。何処にも帰らない。どこにも行かない。 ただ桃色の雨を見ながら。傘はささないで。 ただトコトコと。
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