「雨がすごいから、窓を閉めなきゃだめだよ」
さっき来たメール。
きっと、一日に何回か見に来ている。
こんな台風の中を。
誰に話したって、それはストーカーだよって言われると思う。
実際、栄のことを知らない友達に話したら、そう言われた。
今日来たメールの中に。
「別れたら死ぬからね」
なんて、言葉があった。
笑顔のマークと一緒だった。
こんなやつじゃなかった。
もっと、しっかりしている、プライドの高い人だった。
Rのことがあって、死ぬとかそういうのに敏感になっている。
たとえ栄が冗談で言ったとしても、そう聞こえない。
Mさんに話したらきっと。
「りりかが自分で蒔いた種だよ。自分でどうにかしなさい」
って、怒られるんだろうな。
自分でどうにかしなきゃ。
分かっているのに。
さっきまでは、そう決心していたのに。
何時間後かには。
すぐに、頼りたくなる。
すぐに、逃げ出したくなる。
それでも、夜のハルからの電話では。
笑顔で、ハルの話を聞いて。
普通に、台風の話をして。
平気な振りを出来ているんだから。
それは出来ないって、自分でも分かっているんだ。
私もかなり精神的に参り。
仕事と家を往復するのがやっとで。
栄に会う余裕なんか無かった。
栄に、彼女のことを話すのは、何だか躊躇われた。
だから、栄にとっては、意味が分からないことだと思う。
急にメールの回数も途絶え、会うことも無くなり、電話も出なくなった。
栄は、店の駐車場に来て、私を待っていた。
私は家に帰るわけだから、確実に会える場所だし。
「なんかあったの?ハル君とか?」
栄にそういわれたとき。
「違うよ、子供は夏休みだし、仕事もあるしで、忙しかっただけ」
と、私は言った。
私は、栄の事を、信用し切れていないんだと、分かった。
あったことを、リアルタイムで話す。
それが、私とハルだった。
私は、ハルを信用していた。
だから、それが出来た。
お互いに、他人に壁を作る人間なのに。
お互いに、他人に壁を作る人間だから。
それが、出来た。
そう、分かってしまった今は。
栄とは一緒にいてはいけないと、思った。
それから私たちは、何度もそういう話になった。
栄は。
「納得いかない」
と、言った。
「悪いところがあるなら、直すし、りりかが俺のことを嫌いじゃないなら、一緒にいて欲しい」
とも。
最終的には。
「別れない」
と、毎回言われて、終わる。
「栄、苦しいよ」
って言えば、栄は。
「どうしたらいい?」
と言う。
「それは、何度も言っているけど・・・」
「絶対に、嫌だから」
この数日間。
栄は、毎朝ポストに手紙を入れていく。
私は、朝起きると、まずポストを見に行くのが、日課になった。
子供たちより先に、ポストから出さなきゃならない。
一昨日は、写真と一緒にダイヤのネックレスが入っていた。
「捨ててもいいよ」
って、綺麗なメッセージカードと一緒に。
栄が壊れて行くのが、目に見えて分かった。
だから、早く止めなきゃならない。
彼の暴走を。
私だけの、力で。
翌日退院したRからのメールは、一日に20通は超えた。
と言うのも、彼女はDoCoMoのFOMAじゃないから、1回あたりに500文字しか送れないのも理由なんだけど。
長文は何通にも分かれてくるというのも、数が増えた理由の一つ。
私は、仕事のせいにして、毎回は返さなかった。
4通に1回くらいの割合で返すくらいで。
退院してから数日後の土曜の夜。
Iショットが送られてきた。
太ももを数回切ってある写真だった。
呆然としていると、彼女から電話があり。
「りりかさん、私が怖いんでしょ」
と言われた。
私は、黙り込んでしまい。
彼女は。
「りりかさんも、こんな写真見せられて、苦しい?」
と、私に聞いてきた。
しばらくの沈黙の後。
「どうして、自分を傷つけるの?」
ようやく私が返事をすると。
「最初は、死にたかった。今は生きて行くためにするの。よかった、今も生きてるって、実感するから」
白い彼女の太ももに、何本も傷があり。
そこから血が流れている写真は、生々しくて。
とても、怖かった。
「私に何か出来ることがあれば・・・」
「そう言うと思った。でも、出来ることなんか一つしかないの。私がこうやって生きているって事を、りりかさんだけは知っていて」
「どうして、私なの?」
「私にも分からない」
この後も、何通か傷の写真が送られてきた。
そして、彼女は、入院した。
私の携帯には、彼女の写真が残った。
でも、新しいメールたちに、消されていく。
記憶からは、きっと消えないけど。
今月の上旬。
8月に入ったばかりの日だった。
私は仕事をいつも通りしていた。
夕方の休憩中に携帯を見ると「着信あり」になっていた。
相手は、R。
この店でも働いていたことのある子だ。
かけ直してみたけど、電源が入っていなかった。
夜、もう一度電話してみた。
電源は入っていて、繋がったけど、出たのはRと同棲中の彼だった。
Rは、手首を切って、意識不明だと言われた。
Rは、今私の住んでいる市の市役所職員で、母子家庭になるときも色々と手当ての事や、手続き方法や、提出書類を調べてくれたりして、本当に力になってくれた。
でも、最近は年賀状と誕生日メールのやり取りくらいで、ほとんど連絡を取ることも無く。
それでも、元気にしているものだと、私は勝手に思っていた。
私が慌てて病院に駆けつけたときは、意識も戻っていた。
命にも別状は無く。
Rは、泣きながら、職場でのいじめとセクハラと、色々なことが重なって生きているのが辛くなった、と言った。
手首を切って、血がどんどんあふれてきた時に、怖くなって私と彼に電話をしたらしい。
私も彼も、仕事中で電話には出ず。
そして、意識を失った。
着信履歴を見たのと、最近ちょっとおかしかったのを思い出した彼は、急いで帰宅したため、一命は取り留めた。
私は、正直、分からなかった。
最近連絡も取ってなかったわけだし。
何で私に連絡をくれたのか。
そして、正直、怖かった。
彼女がした事も。
彼女の事も。
理由なんか無かった。
ただ、怖かった。
だから。
その後、泣きはしなかったけど、震えながらハルに電話した。
ハルは。
「りりかは、関わらないほうがいい」
と言った。
「何も出来ないくせに、何かしなきゃと躍起になって、空回って、凹んで大変なんだから。それで子供とかに心配かけるんだよ?そう言うのが、りりかの悪いところ。偽善なんだよ、結局」
とも。
あいつは、私のことを、やっぱりよく知っている。
やっと、落ち着いてこうしてパソコンに向かうことが出来る。
夏休みも、後半月で終わる。
長女はまだまだ宿題と補習に追われていて。
次女は宿題は終わったけど、夏期講習がある。
ライラは平日は毎日学童保育に通って、夏休み前とあまり変わらない生活をしている。
私は。
たぶん、すごく忙しい夏だった。
後半月の夏休み期間を、子供たちとゆっくり過ごせたら、いいな。
私の夏休みは、昨日から明日までの3日間しかないのだけど。
色々あった半月余りの話は、追々。
私の夏休み初日の昨日は。
お台場に行ってきた。
次女がお台場冒険王に行きたいと言うから。
すごい人で、疲れちゃったけど。
私と。
子供たちと。
ハルと。
こうやって5人で行動するのは、おかしいおかしいと思いながらも。
ハルはハルなりに、私のことを考えて、会いに来てくれていると言う気持ちも分かるから。
私は、やっぱり甘えてしまう。
子供たちは、ハルと会うと、楽しそうで。
私は、それを見て、少しだけ安心する。
子供たちが楽しんでいるんだから、別にいいじゃん、とか正当化できるから。
そんな自分を、嫌悪しながらも。
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