「大変だったみたいね」「いやもう、」「結局、東京は?」「むり」「そっか」「まさか生きている蛇を棒に巻き付けて出てくるとは」「怨霊なのね」「たぶん」「どうしようもないかもね」「そうみたいだ」「幸せってなんだろうね」「知らない。でも過去の方が幸せならちょっとキツいかなって思った」「彼、そうなの?」「かなり」「ふーん。元カノ?」「みたいだ」「ユイ君は、今幸せ?」「僕? 僕は別に」「そうなの、」「多分」「そっか」 内容の無い電話をIと交わした後、寝ようとして、なかなか寝付けなかった。ずっと彼が繰り返していた「二人」とは一体何だったんだろう。彼の、強直的な笑いでへの字にぐっと曲がった目は確かに怖いものがあったが、それは別に忘れようと思えばシャットダウンできる類のものだった。「二人が」「あの二人が」って、あんたそこにいるじゃないか、何言ってんだ、そんなに怖い眼をして蛇を振り回さなくても、「あいつら二人は」って、うち一人のあんたそこにいるじゃないか。 二枚に裂かれている姿は不可解だった。 「冴えないオッサンが、未来有望な若者が、しょうもない同年代が、全部おれにとって花だ。種子だ。種だ。おれが、非常食として口にするための果実なんだ。それはおれだけでなくあいつにも与えてやりたかったな、果実だ、栄養価はあったはずだ、あの時点であの二人はそこいら中の人間を種子と言いきれた。だがどうだ。肉の方が遥かにうまい。認めなきゃならんだろう。だがあいつらは、あいつらを、いやもうこれ以上は言うだけ無駄だな、あいつら。あいつらは。もう。ほんとにどうかしとる。あいつらめ。ユイ、お前なら解るだろう、とにかくあの二人を磁場から解き放たないといかん。この世をフラットにするために、おれはもっとひどい重力の集合を今から植え付けに行くからな。置換をせんとな・・・ここから先は生きていけん。あの二人を超えるものは多分この蛇だ。あいつら」 そこからどれだけ「あいつら」と言い続けたことか。もはや誰のことなのか判別が難しくてほとんどついていけなかった。だがtwitterによるとその時間帯は丁度、新大阪をドクターイエローが通過していたらしい。冷やかしで新幹線のホームまで見送りに行っても良かったかもしれない。やられた。 |
それは二頭の蛇が巻き合わせてある鋼鉄の棒だった。金具で蛇は縛り付けられており、彼は、持ちあげて、月光に照らしだした。不安定な夜空は月の白々しい光をよく遮って、影がしばしば彼の手元を、二頭の蛇を覆い隠した。彼はぬらりぬらりと光る鱗を舐めた。 おれが打ち破ってやろう・・・おれは閉塞しとるからな、過去に囚われているんだ、あの一番幸せだった頃にな、だが時間は経った、「二人」はもう別の世界に生きていなければならん、なのにおれはまだこんなところで「二人」のままなんだ、いいか? 彼は二頭のアオダイショウが月光に映し出される度に嬉しそうに微笑んだ。おれの中で「二人」は今も永遠かと思えるほど確かに笑っている・・・その幸福論に終止符を打たねばおれは、おれは、前へは一歩も進むことができないんだ。だからおれは考えられる限りの呪いを掛けてやろうと思う。どうすればいいと思う!? お前なら解るんじゃないかと思ったんだ。あっ。いや。待て、答えは言わなくていい。お前なら答えは解るからな。解らなくてもいいんだ。蛇が気になるか? 協力してくれる奴がいたんだ。凄い奴だ、おれのことを本当によく分かってる。あいつは。何も言わず、蛇を二匹、バインドしてくれたよ。慣れていたな。あれは凄く慣れた手つきだ。 彼はもう止まることを知らなかった。いや、止まる、という選択肢を廃絶するために今を懸命に生きていた。「二人って言ってますけど、その二人の居場所は分かってるんですか」「当然だ!一人はこのおれ。此処にいるだろう、もう一人はあいつだ。何年も前におれに、素晴らしい希望を与えてくれたあいつなんだ。話には聞いてなかったか? 聞いてないか・・・いや言うな!それでいい。お前なら解ってるはずだからな、もう何も言わなくていい。東京に行くよ」「そんな格好で行くんですか!」「この蛇は人を咬めない、毒もないしな」「いやいや止められますよ新幹線でも」「大丈夫だ、おれはまだ止まれないんだ、切符を買わなきゃな、みどりの窓口はどこだ」「いや、やめてくださいって」「言うな、おれは決めたんだ、あの東京の記憶のコアになるあの場所にこいつを打ち立てて、おれ自身の記憶の場を改変するんだ」「それは妄想の中でやってくださいよう」「なにを言う」彼はこの上なく嬉しそうな眼で僕の中を覗き込んだ。「おれが生きるためだ―生きていくためだ」「はあ」 |
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