そうだね、ものを作って、それを売って、世の中に送り出す機能・仕事なんだよ。 それぐらい、ぼくらにも、わかるよね。 「メーカー」は、世の中に、たくさんあるんだよ。 何かを、「作って」「売って」「世の中に送り出す」ことを、仕事にしているのが、「メーカー」なんだよ。 例えば、最終消費財だけにしても、『花王』とか、『ライオン』もそう。『P&G』『マックスファクター』『ユニチャーム』『エステー化学』『大日本除虫菊』『日本リーバ』『日清紡』 ・・・『カミ商事』『大分製紙』『八幡浜製紙』『トーヨ』『丸富製紙』『信栄製紙』『西日本衛材』『泉製紙』『河野製紙』『妻鳥製紙』『西竹製紙』『福田製紙』うんぬん。 (ー_ー)はあ。 まあ、いろいろあるけれどさ。いろいろだけどさ。とりあえず色んなメーカーさんが、いるけれどさ。 その「メーカー」が、本来作るべきものを、「作れない」「もうむり」と言うとか、作ったものが、「もうないです」「欠品してます」と言うとか、 「10月、11月は、これだけ(かなり低い価格条件)出していいから、チラシ採用決めてきてくれ!」と 代理店セールスを一斉に走らせた後で、ちょうど、10-11月のチラシ枠が固まる頃になって、 「すんません、あの商品、もう、モノがないんですわ へへ」 「すんまへん、あの商品 (同ゞ) 他の商品にチラシ差し替えてもらえまへんか?」 等とやっているのである。むちゃくちゃである。 (^−^)売れるときに売るものがない。売ろうとしたときに買ってくれるところがない。それが当社。いつもそれ。わあい。 あと2週間で最終出勤日やから、もうなにも言いませんけど、 最後の最後で、「一部上場してるけれど、崩壊寸前の企業」であるところを しっかり見せ付けてくれはったなあ等と、しみじみ思ふ。 (だって、当社のメインになる商品が、軒並みアレもコレも出せへん、作る量が足りん、間に合わへんとか 言うてるくせに、 裾野を広げて手を出したとこのカテゴリーについては『11・12月限定の企画商品』を作るから売れ、というのよ。ええーーー。販売店からの信頼ゼロ。 これでは、「売りたいときにだけ押し売りにきて、しかも『金払うから買ってくれ』等という無茶な売られ方をした、だけだった と文句を言われても仕方がない) (ー_ー)はあ。 |
時代という巨大で繊細で、あまりに変容の激しい生命体の中で、エイズやテロやカトリーナに触れながら、同時に、圧倒的速度で忘れゆき、そしてまた、言語やイメージを発する者どもによってそれらを思い出させられる。しかし時代の中で事態が発生しこの世が揺籃しているまさに「その時」、リアルタイムで出会う状況と、後に言説、記録、表現などとして出会わされる、時代の状況の「焼き増し」は全く別のものなので、結局は刹那的なままに時代は揺籃していて、私達は自分の意識を繋ぎとめるだけで精一杯になるだろう。真面目に真摯にそれと付き合って生きていこうと思うなら。 そしてある一定の期間を経ると我々は死んでしまう。この世の時代はその先も行き続け、変容を無限に繰り返すというのに。「このままでは死んでしまう」「ただ単に、何もしないまま、死んでしまう」という本能的な危険信号が敏感に察知する経験は誰にでもあるはずだ。その通り、我々はこの世の生命力に対し、極端に寿命が短く、あまりに有限である。 だから戦慄が必要なのだ。 叙情的な官能、良心的な趣味、家庭的な愛、前進的な希望。そんなものだけでは絶対に足りない。それで充実された人生、生活(人間)など圧倒的に乏しい。戦慄が必要だ。それを催させるものは何でも良い。これ以上とやかく言うと戦慄どころか逆に眠たくなるだろうから言わない。 饒舌な言葉は人を覚醒させ、震わせることが出来る、かも知れない。逆に、言葉の放ち方が悪ければ、人を退屈させ、眠らせてしまう。 問題はセンスだ。 極限まで研ぎ澄まされ、前人未到の域にまで達したセンスについては、多くの著名な芸術家なり写真家なり、作家なり音楽で既に誰もが知っている通りだ。感覚が極限に行き着くというのはどういうことか? 「過去、自分は生まれた」「今、生きている」「未来、いつの日か、死ぬ」の3本立てを整然と知覚する状態だと思う。 それも、自分自身についてと、自分や周囲の環境、海の向こうの国、全てを包括した、時代という生命について、両方に対して。 極限感覚による、上記二者の生命力の知覚を可能にし、ひいてはそこから我々の人間性に戦慄を与えてくれるものとは。一瞬の、交感神経や大脳の錯乱的動揺―フラッシュ―恍惚から生まれる可能性とは。とりあえずは、時代;世界の生命揺籃に追従していては、死ぬだけで終わる。 恋愛―肉体関係を持つまでに時代と理解し合う努力をするか、逆に、殺し合うか。その単純でありがちな二択を使い、時代と距離を置いたり、肉薄したりを繰り返し、私達個人の命をそこに投入、更には感染させてみようか。何がどうなるか分からないほど、今の私など存在性がゼロに等しいのだけれど。とりあえずは、戦慄だ。薬物に似せるか、マラリアに似せるか・・・。 |
(注1);筆者は25歳で、中高年ではない。 第一、こう、無邪気に弾けるとか、無垢な情愛とか、こう、若々しいものがない。ないなあ。ないねん。へへへ。笑い事ではない。 松山城をひとりで観てもなあ。ちんこが萎える。あれは日本的な去勢装置。小高い丘(山頂?)にあるものだから、ロープウェイが通っている。ああ。余計に去勢装置!もう。あたしげんなりしちゃう。だって2分ぐらいで山頂に着くのよ!?あっと言う間じゃないの!「あっ、」って言うたらもう着くのよ、どんなそうろうの男性よりも早いわよ!そうろう、そうろうって、時代劇で語尾に付けてる場合じゃないのよ本当に!ここ松山では本当にそうろうなんだから!って「早漏」言い過ぎ。てへっ。 こんな言語感覚しか有していないあたりに「中高年のセックスのような」日々を送っている感じを理解していただきたい。強壮剤でも飲もうかなあ。お寺の鐘を無限に突きたくなるような精力に満ち溢れ、あたしは筋金入りの鐘キチ(注2)になっちゃうの。フフフ。 (注2);鐘を見ると突いて鳴らさずにはいられない。きちがい。 この土日の暮らしかたは、それはそれはインドアなものでした。同じインならインパラ(注3)の方がええわあ。うち、タナトスやけんドアの内にこもりがちなんよ。終始無言の祝祭日。修行僧の心境です。だー。 (注3)この際、動物の方でも、ヤンキーが乗る車の方でも、どちらでもいいです。 毎週末恒例の「アロマテラピー祭り」(注4)は、結局18時間耐久戦で明らかに体に悪いし。おしっこがめちゃくちゃ茶色になる。ああ腎臓が。お茶碗にご飯を盛って、食べようとする気力が回復するまでにどれほどの天文学的な時間を費やしたことか・・・ああ永遠の快楽の光。光と闇。くらやみのくも。はどうほう。ドアー。2232. (注4)今で言うならスナイパー。旧G-T。 人はどうして社会的な集団、他者への積極的(或いは強制的?)な参与がなければ、己の志向・快楽をまっとうしようとする「前向きな」選択・行動を繰り返しても、その結果として自滅的で、破壊的なことをしてしまっているのか。どうしてよーー。ねぇーー。うぎー。あうー。だー。 というわけでミクシィ(mixi)の参加コミュニティを3倍近く増やしてみた。海王星とか。相対性理論とか。ナッパ(注5)とか。 (注5)口からエネルギー砲を発射する。サイヤ人。粋な男。 全ての内向的な選択と行動が、タナトスに導かれたものであるならば、次の私の行為も、その次の私の行為も、あれも、これも、やはり死に向かうための序曲でしかないのであろうか!? ようしいいだろう。あたしはお茶を飲むよ。のどをうるおしながら貰ったハウスミュージックを聴き倒す。これでもかというぐらいに健全な。ふふふ。ついでに部屋の床を除菌アルコールタオルで拭き掃除してやる。これでもタナトスは訪れるのか? もう好きにして。「あたしをぐちゃぐちゃにしてぇ」という痴女の叫びがAVのように脳裏にこだまします。うるわしい。 自己破壊と停滞そして死・・・これらに打ち勝てる手段の一つ、それは他者のエネルギーを理解し、コピーし、自己に取り込み、ハウリングを励起すること。 『You were a prophet from above Then you came and sucked my blood My pain became my strength I am reborn I'm Def not dumb Lest you forget Yo Yo Yo Yo Yo Yo Yo Yo Yo Yo・・・』 (BASEMENT JAXX / REMEDY - Track2.Yo-Yo) |
私達は常に誰かの不在と戦う。連絡のない、しかしかつては体温と肉声のあった、誰かとの不在と、戦う。 病気と闘うように。不在は・・・具体的な雰囲気となって襲い掛かる。 体温が狂い、戦慄が起こり、心理は熱帯熱マラリアで震え出す! 非常階段は何処だ!この女性らのうちで主婦は誰だ!増税は何時だ!はまちの瞳は黒いのか否か!俺達はヒンズースクワットで退廃できるのか!?無理だ! (>_<)はあはあ。 もう秋になってしまった。蝉は鳴いていない。家からすぐの公園を、会社までの道で、通り掛っても、何の音もしないから。私は少し悲しい。 夏がもう一度来ればいいのに。 あらゆる平穏な体温がわくわくするのが夏。どんな些細な心変わりも狂気の光のように映えるのが夏。せみが沸くのが夏。ああ夏。しかしもう秋よ。くすん。 私は願う。 『もし狂気が美しい惑星のように深遠の闇を循環公転できるなら、その中心にある重力の総体――太陽とは一体誰のことだ?』 太陽の姿を見たい。 わはははは わはははは (^−^)洗濯物は 常に 部屋干しの私だ。ファブリーズが わたしの 太陽だ! しゅっ しゅっ (^−^)占〜〜 |
( ̄〜 ̄)ξ すんません、アイコラなど、ありません 作れるなら作るんですけれどね・・。 近所に古本屋が2件あるから、猥本を大量に買い込んで、スキャンして、浜あゆと合成して、もう大量に生産する。 顔はおなじ浜あゆなのに、全ての肉体(首から下)が異なるという異物挿入感。陰毛の濃度、へそと乳首の位置関係、太腿の肉厚、指先が触れている部位、こういったものが全て異なる。しかしどれもが一応は性的対象としての浜あゆということで収斂される。イメージの拡張によって我々(一般大衆個人)が出会う性の浜あゆというのは一体何だ?? こうなれば全長10mぐらいの巨大な浜あゆのアイコラ裸像を、様々な裸体とコラージュさせて数十体ほど都市なり公園なりにちりばめる必要があろう。 恐らく他の女優、歌手では浜あゆをアイコラにした時ほどのインパクトというか性的欲望(攻撃性)を喚起できない? モー娘は上回る? 詳しくないので分からない・・・。 私の実の弟も「俺なあ、アイコラ好きやねん」等と自白しており、アイコラというものが世間一般の男子にとってかなり普遍的・一般的な性的対象物となっていることを知ったものです。「メル友を指だけで○回イカせた」「人妻とやった」等と華々しい戦果を幾つも持っているような弟のくせに・・・なぜアイコラ・・・。 そんな私は図書館に行っては、浮遊城5階のデスマシーンを探索するような心持でうろうろする・・・岡本太郎関係の書物に出会う・・・太陽エネルギーをぶちかまされる、『明日の神話』に被爆させられる・・・ そうして太陽と核と未来のエネルギーを手に入れて満身創痍で帰路につく、あっと言う間に明日からまた平日。はあ。 というわけでアイコラは、うちにはなくて、ごめんなさいという話 寝ます。ぐぅ。 (*_*) |
図書館に並ぶ数々の小説、特に若手、最近出たもの。それらを手に取り、ぱらぱらめくる、ああもう、あかん、あかん、あかんたれ。水気ばかりが多いジャバジャバのカレー食わされた気分。どいつもこいつもタイトルと装丁ばかりが気合入ってる。まるで「新時代を切り拓く新進気鋭の〜〜」と自ら標榜し、衣装を身に着けて現れたような。ふん。くそったれいまいましい。こんなものを読んでいるぐらいならスーパーの豆腐売場で豆腐を見ている方がはるかに楽しい。もめんと絹ごしが微妙な割合で対比配列されている上に、豆腐自体もパッケージも白い。美しい。おまけに中には子宮内の羊水のごとく、少し色のついた水がぱんぱんに詰まっているのだ。おお生命の原初。これぞ生命。我等は兄弟。思うに豆腐のパックというのは、人間が己の生まれ出ずるルーツを可視状態にし更には節食(同化吸収)したいという願望を込めて日夜生産されている!!! 私は新時代の作家、アーティストよりも豆腐を支持する。同様に、閉店間際になって、割引シールを張られていても売れ残ったままの惣菜など、これも大いに支持する。彼等が語り掛けてくる、あたかもカゲロウのような短命の生涯は、一体何なのか? 世に完成品として生み出されたものの、ある意味、売買用の食品として不完全さ(保存加工がされていない、生の状態)。たった一日(実質半日?)でダメになってしまい、人に食べられなければ棄てられてしまう。これは一体何だ! はあはあ (>_<)まめがくさると書いて豆腐。 正直言って、ちょっとした偉才や天才など、憂鬱なのだ。 「まめがくさると書いて豆腐」→「豆腐は腐ってるのか?」→「腐ったものを客に食わす気か!」という市民による発狂的言葉狩りの紛争が煮えておらぬこの日常世界というものを、穿つことは、非常に難しいように思われる。 憂鬱である。 この現実世界を穿つには、並の才能では無理なのだ。郵便ポストを見て、赤い服を着た肥満漢だと思えるぐらいの狂気がなければ絶対に穿つことは出来ぬ。絶対にだ。絶対。しかしそんな大層な錯誤をしてしまう人間の大半は、病院に入っているか施設に居るかであって、世には出てこない。居るとしても家で大人しくさせられておるだろうか。茶碗を頭にかぶってうろうろします。冗談じゃない!こんな世界で生きておれるか!おれは風呂に水を張って浸る! もう寝る! (>_<)ダー! |
掃除機をかけているときも衝動。 風呂でシャワーのときも衝動。 クリーニング屋にカッターシャツ持ち込むときも衝動、 ああ(>_<) つかれてきた。 さすがに脳が勝手に行き急いで、いろんなイメージを高速でぶちかまし続けると、目の前の現実的な視界すら奪われて、もうしんどい。 あかん。つかれた。 二日間の休日はずっと家で眠った。 怖かった。 もしこのまま、イメージだけが際限なく加速して、現実と掛け離れたまま、いってしまったら・・・ 衝動がついに衝撃波に変わり、私の内側で、私を構成している形を全て、破壊してしまったら・・・ (^−^)ふふふ (^−^)ふはははは m(^−^)m わははははは、わははははは 壊れてしまえ!おおいいだろう、いっそ病院送りにでもなるがいい!そうして私は白い館の中で永遠の夢を手にするのだ、月が地上に落下するような激しく壮大なメロディをたんたんと刻みながら、看護婦が運んできた味の薄い昼食を白いベッドの上で食うだろう。わはは。 (*_*) いいのかそれは。 月が・・・月が地上に落下し、強大な力の重力が時空に歪を作り、時間が一瞬大きく揺らめいて、一気に津波となって全ての人間に、オーバードーズのように押し寄せる。衝撃波は具体的な形のあるものを全て粉々にし、舞い上がる粉塵は大気中の青い空をうっすらと不透明の黄色で覆い尽くし、ああ、破壊はなおも続き、しかし都市の電源と自己形成のプログラムは終わりはせず、月に対して侵攻を試み、何億回というナノ攻勢を数値言語によって行なう、ああ。 (/^−^)/ ちんこー。 最近どうも衝動の力が恐ろしく昂ぶってきてる・・・このままいくと何もできなくなりそうで怖い・・:・ しかし 速度と崩壊(巨大建築?衛星建築?)に関するイメージを 止めることは 自分の心臓を止めるのと同じ気がして やめられない。このまま いっそ ああ。。・:・・。 ※日記は徐々に『mixi』に移転中です。ニックネーム;「マーでございます」で検索可。 そのうちこちらは停止するかもしれません。 |
死の翼!闇の翼!黒い翼! うぎゃああああああ あぎいいいいいいい あぎーーーーーー ウボアー。 新幹線がテレビに映るたびにそんなことを言って叫びまわる私は、速度感に飢えている。 今の仕事は、周りが私に何もうるさく言わなくなってから、面白くなった。殺されていた私の精神が、徐々に蘇り、「営業員」ではなく「マーでございます」へアイデンティティがスイッチされた。 もう、所長も部長も、トップセールスの先輩社員も、何も言わない。 後は、あと1ヶ月を、やりきるだけ。 自由に、しかし精一杯やらせて頂きます。 私は固定のアイデンティティが苦手だ。死んでしまう。固着したジョブであることを求められると精神が殺されて・・・本当に死んでしまう。 常に逸脱し続けるだけの強靭な精神力と、知力があれば良かったのだけれど。私にあったのは、弱音と、むき出しの神経だけだった。 もうすぐ長い眠りに入るから、最後の修行だと思って、しっかり勤めます。 そしたら次は フフフ。 未来に別に希望はないけれど、夢もないけれど、ただ快楽の手に入れ方だけは、何となく知っているような気がするから。瞬間的で、刹那的で、この世の何の役にも立たないけれど、自分が最も愛している快楽の、手に入れ方だけは、知っているような気がするから。フフフ。 ちゃわんを両手に 踊りちらして (^−^)ガー 隣人が壁をどんどん叩いています。 (^−^)ガー。 |
writer*マー | |
★↓729参加・総合リンク↓★
☆テキスト・アート☆
☆☆ダークゾーン☆☆