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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2002年09月03日(火)
お見舞い  そのいち

「えーと・・・。あそこに番地表示が出てるな」
「おっ、間違いないな。小林ってこのあたりに住んでんのか。へぇーっ」

 不案内な土地を連れ立って歩いていた鈴木と佐藤は、佐藤言うところの「野生の勘」――別名、方向音痴ともいう――を佐藤がいかんなく発揮したことから、ついうっかりと遭難の一歩手前であったのだが・・・どうやら見事に危機を脱したらしい。
 電信柱の番地を確認して一息ついた佐藤は、後ろからただついて歩いていただけの級友に視線を投げた。
「で、なんで山本(おまえ)まで一緒に来るんだ? 方向が全然違うだろ」
「いいじゃんかべつにー」
「おまえバイトはどうしたんだよ」
「今日は休みなのさー、たまには休養とらないと人間働き詰めじゃあ大事な時に力が出ないって言うからさー先輩が」
「先輩?」
「バイトの先輩だよ。イロイロ物知りでさーこの間はヒロエモンの攻略法教えてもらったんだよね」
「・・・何だそのヒロエモンって」
「坂田さんチの番犬なんだけどさー配達のたんびに自転車のタイヤに噛み付いてくるもんだからパンクばっかりするんだよ。いやんなっちゃうよホントに」
「番犬ねぇ。大きい犬ともなりゃ撃退もオオゴトだな」
「ううん、スピッツなんだー」
 勇猛果敢だな、と佐藤が呟いたその時、黙々と歩いていた鈴木がふと足を止めた。
「どうやら、ここのようだな」
 メモの住所と目の前の建物の名称を確認して頷く。
「へぇ・・・ワンルームか」
「しかもオートロックだよスゴイねぇ」
 ほぇぇと羨ましげな声を上げる山本は、さっさとロビーに入って行ってしまう。
「どんなトコロなんだろうなぁうわースッゴク楽しみだーっ」
「・・・おまえ、何しに来たんだよ」
「えーっ、だってビックリドッキリのお宅訪問なんじゃないの?」
「違う!」
 短く言い切り、ずいっと手に提げた買い物袋を鼻先に突きつける。
「見舞いだ見舞い!」
「予告なしっていう意味じゃどっちも変わらないよー」
「全然違うだろうが」
 インターホンを押す前にどっちもどっちの論戦を展開しはじめた同伴者を眺め、鈴木は手の中の封筒に目を落とした。
「いや・・・俺は、コレだけポストに入れてさっさと帰るつもりだったんだけどな」
 担任から預かった書類を手にしてなされた発言は、あっけなく無視されてしまったようだ。
 鈴木は重ねて呟く。

「ビデオ予約してきたか心配なんだがな。今日放映の『哀愁の油壷が奇跡を招く』の回は本放送で録りそこねてるし・・・」

 先程よりもさらに小さい声だった。
 しかし、その呟きが劇的な効果をもたらした。
 唐突に訪れた静寂に鈴木が目を上げると――二人分の視線が痛かった。
「どうした」
「おまえ・・・なにソレ」
 しばし絶句の後、ようやく口を開いた佐藤に、鈴木は不思議そうな面持ちで瞬きを繰り返した。
「『それゆけ、名探偵 西向本島(にしむかいほんじま)サトル』っていう、今再放送してるドラマなんだが・・・知らないか?」
 聞いたこともない番組名に、知るわけないだろと言いかける佐藤。
 しかし、その佐藤を押しのけたのは、瞳を輝かせている山本であった。

「そうじゃないかと思ったんだけどやっぱりーっっ!!」

「・・・は?」
 ――なんですと?
「鈴木君も見てるんだー面白いよねアレ! 僕おととい分の話が大好きなんだよー! ゲストキャラが面白かったよね、話の途中で裏返るところとか」
「そうだな、あの回はヒロインの背面落しが決め手だったな」
「あれが事件解決のカギになるんだよねー。あのトリックには僕ビックリでさー!」

 どんなゲストキャラで、どういうドラマなんだ。しかもトリックって何。

 そんなツッコミを入れる余裕すら、今の佐藤には残っていない。
 ただただ、早く家に帰って常識の世界に戻りたい・・・と、ひたすらそれだけを祈りつつ、泣きそうになりながら無視されっぱなしのインターホンに手を伸ばす佐藤少年であった。