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2002年09月04日(水) ■ |
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お見舞い そのに |
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ピンポーン
――――――――――――― ――――――――――――― ――――――――――カチャ
『は〜〜いぃ〜〜〜・・・』 「・・・大丈夫か、おい」
相当待たされた挙句インターホンの向こうから聞こえてきた古い扉が軋む音・・・否、小林(びょうにん)の死にそうな声に、佐藤は顔をしかめた。 『え・・・あぁ〜〜さとうくん、きてくれたんだぁ〜〜、っゴホゴホ 』 「あー、いいから喋るな。センセイに書類預かってきたんだ。あと見舞いもな。勝手に上がるから、カギだけ開けたらあとは寝てろ」 『あ〜〜そうなんだ〜〜・・・ありが・・・ゴフッ 』 「だから寝てろって」 『うん・・・そ〜するね・・・』
カチャリ
小林との対話が終ると同時に、建物内への入り口のガラスが「ガーッ」と開く。 未だに「西向本島」熱を発症している連れ二人を振り返り、佐藤は呆れて溜め息をついた。 「おい、いつまでやってんだ。行くぞ」 「ああ、すまない」 「えーっインタホン終ってるー! 僕やって見たかったのになー」 「おまえらが妙な話に没頭してるからだろ」 「妙ってなんだよもーっ。佐藤クンも見れば判るの――」 「絶対にいやだね。ていうか俺を巻き込みたがるんじゃねぇ」
∞・∞・∞・∞・∞
「――ということだから、預かってきたこの書類、来週には提出だそうだ」 「うん・・・ありがとう 」 ベットに横になったまま、小林は力なく頷く。 「小林クン風邪ー?」 「うん・・・たちのわるいカゼみたいでね。さっきも・・・うっかりゆだんしてまたうたいだしそ・・・ごほごほ 」 「・・・歌?」 「ううん。なんでもないよ、さとうくん 」 「あ、そう」 相手が否定したのを良いことに、佐藤もそれ以上の追求を避ける。 「おっと、そういやコレ冷やした方がいいんだっけ。冷蔵庫開けてもいいか?」 「・・・・・・れいぞうこ? 」 「なんかマズイのか?」 「そ・・・そんなことはないよ、うん。ありがとう 」 微妙な間が気にはなるが――まぁいいだろう。 佐藤は、ゼリーだのスポーツ飲料だのの入った買い物袋を提げて、小さいキッチンのすみに置いてある冷蔵庫へと向かう。
チャ、バタ
「・・・・・・」 扉を開けるなり、思わず閉めた佐藤。 取っ手に手をかけたまま一つ深呼吸をして――もう一度開ける。 「・・・気のせいだな。うん」 そう、きっと気のせいだ。 開けた途端、得体の知れない何かと目が合ってしまったのは。 一見、普通の家庭と変わらない冷蔵庫の中身を眺めながらそう判断を下し、不可思議な記憶は忘却の彼方へと流し去る。 ガサガサと袋の中身を取り出し、適当に片付けていく。 ――視界の隅でチラチラと控え目に存在を主張するものは無視しながら。 と、後ろから覗き込んできた鈴木が手を伸ばした。 ヒョイとそれを取り出す。 「なぁ小林。なんでインスタントコーヒーの瓶がこんなところにあるんだ?」 「え・・・なにが? 」 「氷点下以下になるところでは冷蔵庫の中の方が暖かいから、凍り付き防止に色々しまうのは聞いたことあるが・・・今は氷点下とは縁がないしな」 「そ・・・・・・そうなんだ。きっといままでのクセだとおもうよ、うん 」 「そうか。おや、通帳がこんなところに。なにかと思ったらアレは貯金箱か」 「へーっ小林クン貯金箱とか冷蔵庫にしまうんだー。でもそれってドロボウ避けにいいかもしれないねーこんなところにあるなんて思わないからさー」 「そ・・・そうなんだよ、うん 」 「なるほど、確かに一理あるな」 「・・・そりゃ、誰もそんなこと思わねぇだろうなぁ」 和気あいあいと語り合う三人を背に、そんなにすんなりと納得しないで欲しいかもしれない、と佐藤はどこか遠い目で、ポテトチップスの袋の陰からこちらを窺うピンク色の陶器のブタを眺めて溜め息をついた。
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