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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2002年08月28日(水)
労働中。

「おはよー鈴木君!」

 休日朝の八時半。
 習慣通りの時間に目が覚めた鈴木は、いささかのもったいなさも覚えながらベランダへ出たところ――そこにいた級友からの朝の挨拶を受けて、しばらく黙り込んだ。
「あれ?起きてるように見えるけどホントはまだ寝てるかな、おはよー!」
 夢の続きかと思ったが、爽やかな朝の空気にそぐわないこの騒々しさは現実のようだ。
「ああ、おはよう」
「なんだやっぱり起きてたのかボクてっきりまだ寝てるのかとアハハハハ」
 常人には、朝一からこのテンションは少々クるものがある。
 が、鈴木はその範疇に含まれないらしい。
「いや、半分寝てたかもな」
「あ、そーなんだ」
 けろりと返した友人に、ニコニコ笑いながら山本は「やだなもー」相手の肩をポンと叩いた。
「ところでさ鈴木君、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
 唐突な申し出に、さすがの鈴木も軽く眉をひそめた。
「うん、実はボク今バイト中なんだけどちょっとばかり協力して欲しいんだよねー」
 ベランダからの級友宅襲撃もバイトの一環なのか。
「協力・・・なにをだ」
「あのさーちょっと部屋の中見せて欲しいんだー」
「誰に?」
「ボクのお客さん」
 すぱっと即答である。
「・・・客?」
「うん」
「ちなみに、なんのバイトなんだ?」
「ツアコン。知ってる?ツアーコンダクター」
 そのツアコンがヒトのベランダで何してる。
 というよりも、
「・・・ツアー?」
「うん、それでさツアコンてタイムテーブルとかあって時間制限とか結構キツイんだけどお願い事の答えどうなのかなーて。ちゃんと達成出来ないとバイト代に響くんだけどねー」
 それは脅迫とは言わないか。
「まぁ、いいけどな」
 いつもと同じ笑顔の山本に、鈴木は溜め息をついて、
「学食か弁当五食分」
 交渉を開始する。
「えーっ!二食にしてよー」
「じゃ三食分。これ以上はまからない」
「うーんうーんうーん、まいっかー三日分じゃないしー」
「そういうことだ」
 じゃ交渉成立ー、と山本はくるっと振り返り、愛想を撒き散らしながらベランダの外へ向かって声を上げた。

「では皆さーん。見学許可がとれました。
 ここが現役男子高校生の生プライベートルームでーす!」

 どういうアオリだ。
 しかし呆れる間もなく、その山本の声と同時にベランダの手すりの影からフヨフヨと何かが現れる。
「・・・・・・UFO?」
 イラストやマンガに出てくるようなメルヘンチックな形の円盤が、さっさと靴を脱いで鈴木の部屋へ突撃する山本の後をついていく。
 ひとつ。
 またひとつ。
「・・・」
 ふと手すりの裏を覗き込んだ鈴木が目にしたのは、ズラズラと連なって順番待ちをしているメルヘン円盤の群れであった。
 大きさはカレー皿程度だが、20強も数が集うとさすがに目立つ。
 たまたま通りがかったらしいどこぞのお父さんが、犬のリードを握ったままポカンとしてこちらを見上げていた。
 マンションの12階ともなれば、もっと遠くからでも目撃できるだろう。
 『鈴木伝説』に新たな一ページが加えられることになるらしい――。
「・・・俺は別に、そのために積極的な行動をしている、というわけでもないんだがな」

「はーい、皆さん見学時間は15分です。むやみにビーム砲を撃たない様にご注意くださーい。あ、お客様ー見学場所からの備品持ち帰りは厳禁ですよー」
 はりきるツアコンの声が、朝の空気に鳴り響いていた。



「ふーん、あの話はそういうことだったのか」
「ああ、そういうことなんだ」
 黙々と報酬のサンドイッチをぱくつきながら、自分の言葉に頷く幼馴染みを眺めて佐藤は溜め息をつく。
「山本ー。お前そういうことなら、自分の部屋でも見せときゃいいだろう」
「えーっ、だってボクの部屋そんなに広くないしー弟と一緒の部屋だから条件満たしてなかったしー。それにお客さんからの突然のリクエストだからボクの部屋片付いてなかったしー」
「・・・あーそーかよ」
 佐藤はげんなりとして、クリームコロッケに箸をつきさした。
「それはそうと、どうやってあそこまで上がってきたんだ?」
 前日の朝から抱いていた疑問に、山本はにひゃっと笑って指を立てる。
「それはー企業秘密でーっす! っていっぺん使ってみたかったんだよねー!」
「うーん、やはりどんな仕事場にも守秘義務というのはあるか」
「・・・ていうか、どこからそんな仕事拾って来るんだよ」
 そんなごく当たり前の疑問は、この顔ぶれの中では忘れ去られるのが常であり、今日も例外ではなかったのである。