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2002年08月27日(火) ■ |
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速達。 |
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体育の授業を終え一番に教室へ戻ってきた佐藤が、緊張の面持ちで友人たちを振り返った。 「・・・誰か中にいるぜ」 「今日、欠席者はいなかっただはずだが」 「ままままま、まさか、泥棒とか?」 「あ゛ーっ、ボクの全財産がピーンチ!」 突然頭を抱え叫んだ山本の声に驚いたように、室内の人影がはっとした様子で身を翻す。 内心迂闊すぎるクラスメートを短く罵りながら、佐藤はガラッと一気に扉を開いた。 「テメェ逃がすかよ! 待ちやが・・・」 が、彼らが目にしたのは、何かが窓から出てゆく最後の瞬間――視界を影がかすめてゆくその瞬間の残像だけであった。 「・・・」 「くそ、逃げたか」 眉をひそめて呟く鈴木。 そこへ他のクラスメートたちも戻ってくる。 「なんだ、どうしたんだ」 「なんかねー、泥棒が入ったかもしれないって!あああ!!無事であってくれボクの新渡戸さん!!」 思い出したように大声を上げながら荷物を確認しに走る山本の姿に、他のクラスメートたちも慌てて自分の荷物を調べ始めた。 「さて、俺も調べておかないと・・・佐藤どうした」 「・・・なんで誰も指摘しないんだろうな。まぁ今更いいけど」 ぼそりと呟いて、佐藤も自分の席へと足を向けた。 言いかけた言葉は飲み込んで。
ここ、三階なんだけど――。
「で、結局、誰の荷物にも手は付けられてなかったてことか」 更衣室から戻ってきた女生徒たちも、男子から話を聞いて荷物の確認を行ったのだが・・・結局全員に異常はなし。 「気のせいだったんじゃないのぉ?」 「でもさイインチョー。ボクら全員それを見てるんだよねーただの気のせいにしてはおかしーんじゃないかと・・・」 「だまらっしゃい」 高橋女史に凄まれ、山本はうひゃーん、と鈴木の背後に隠れた。 「高橋。山本の言い分に俺も賛成だ。それに――」 「それに? なに、鈴木君」 「異常がないわけではないんだ。増えてるから」 ・・・増える? 「これだ」 顔を見合わせたクラスメートたちに向かって鈴木が指差したのは、机の上の小さい物体だった。 「・・・なにそれ」 「知らん」 「知らんって・・・鈴木君あの・・・」 クラスの全員が遠巻きにしてそれを眺めていた。 今、彼らにとって悪夢の温床となりつつあるのは、机の上に乗っている小さな箱であった。 遠くから見ただけでは、ただの荷造りされた両の手サイズのダンボールに見えないことはない。 が、しかし。 はっきり言おう。
――組み合せが悪すぎる。
かたや、正体不明の謎の箱。 かたや、歩くミステリースポット『二年五組の鈴木』。
今までの経験に裏打ちされた予想が、そう簡単に裏切られるはずはなかった。 「なーなー、なんか書いてあるぞー」 「えーとえーと・・・そ、速達、ですか?」 「速達だな。開けてみよう」 待て! 善良なクラスメートたちが止める間もなく、躊躇いという言葉の持ち合わせがなかったらしい鈴木はバリッと一気にフタを剥いだ。 次の瞬間。
『ギャーーーッ!!!』
断末魔の叫びが二年五組の教室を埋め尽くした。 次の授業のためにやってきた教師たちや、なんだなんだ、と声に驚いて様子を見に来た他クラスの生徒にまでその叫びが波及していく。 フタを開けたまま目を丸くしている鈴木の手元――禁断の箱から出現したのは、魔の節足動物であった。 しかも、時を経るごとにその数が確実に増加している。 鈴木の持っている小箱から尽きることなく姿を現すソレは、カサカサと総毛立つ音を立てながら床を歩き回っていた。 そしてトドメのように――開封した人間と同じ顔を持っていた。
「いやーっ! なにこれなにこれ、なんなのよーっ!!」 高橋女史は他の生徒たちと同じく椅子の上に飛び上がったまま、パニックに陥ったように手近な首根っこを掴んでガクガクと揺さぶっている。 揺さぶられている佐藤は、マジマジと自分の手元を観察している幼馴染みに叫んだ。 「なにやってんだ、早くそれのフタを閉めろ!」 「いや、しかしオモシ――」 「とっとと閉めやがれ!!」 幼馴染みの絶叫に鈴木は残念そうに軽く眉を上げ、しかし素直にフタを閉める。
パコ。
と、同時に、床の上を歩き回っていた無数の黒い節足動物が一斉に姿を消した。 フ…ッと、突然かき消えたそれらに、生徒たちは文字通り悪夢から覚めたばかりのように呆然と立ち尽くしている。 経験値の違いからか、いちはやく硬直から解けた佐藤が呟く。 「・・・今のは一体」 その時だった。
「あ・・・やっぱり間違ってましたか・・・」
陰気な声が低く教室に響いた。 「間違い?」 するすると滑るように自分に近付いてくる人物に、鈴木は短く問い掛けた。 「何の間違いなんだ?」 「配送ミスのようです・・・どうも失礼しました・・・」 言いながら手を出す見慣れない男に、鈴木は三度瞬いて――男に箱を渡す。 「気を付けてくれよ」 「・・・はい・・・皆様、お騒がせ致しました・・・」 男は一礼すると、あっけにとられたままの生徒たちの間をすり抜けてあっという間に姿を消した。 ――窓から。 「・・・だから、ここ三階・・・。ていうか、あの箱あっけなく渡してたけど、お前アレが誰だか知ってるのか?」 「いいや」 どきっぱり。 「んなことだろうとは思ったけどよ・・・」 「ところで――今の箱なんだったんだろうな。何だと思う?」 「俺に訊くな。ああくそ疲れた・・・俺は寝るぞ」 高らかに宣言した佐藤の声に、他の生徒たちも同調して頷く。 「・・・よし。寝るか」 疲れ果てたように呟いた教師の一言で、二年五組その日最後の授業は、今学期幾度目かの「昼寝」の時間へと姿を変えたのであった。
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