散歩主義

2009年03月23日(月) 気がついたこと

今更、なのだけれど、ぼくは自分が「本及び読書」へ傾いている事に気がついた。

きっかけは新しい「キョースマ」を読んでいたとき。
京都のライブハウスが細かく紹介してあって、拾得のテリーさんとか、磔磔の水島さんの健在な姿を写真でみて、ああ元気なんだ、と思うと同時に、ずいぶんああいう場所から遠いところに来てしまったな、と感じたのだった。

音楽のかかるところ、あるいはライヴハウスに沈潜していた頃が懐かしくなった。

いまはまったくいかない。
最後に行ったのは「にゅあん」さんのライヴ。木屋町のビルの二階にいった。

もちろん日常への「強制」はある。
夜は家から出られない。朝も早い。外に出られる時間は長くて二時間。
目が離せない存在がいるからだ。

本もCDもほとんどアマゾンで買う。
西大路の北部からは本屋もCDショップもすべて撤退したから。近所には何もない。

だから、というわけではない。
だから音楽のライヴを聴きに行かない、というわけではない。
本当にいきたかったら、二時間をやりくりしてなんとか聴きに行くだろう。

つまり「キョースマ」の京都のライヴスペースの記事を読んでいて、もうぼくが参加する場所じゃないんだ、と痛感したわけだ。
そんな自分に気がついたら、なっていた。意外だった。少し寂しい。

家でできること。
本を読むしかない。
そしてそれにどんどん嵌っていっている。
今日は荒川洋治の「黙読の山」を読み返した。

外に出なくてもこんなにすばらしい時間が手にはいる。
それが幸せだと感じられる自分が、嫌いではない。



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