| 2009年02月16日(月) |
慌てるなよ、まだ二月だぜ。 |
午前中、時間をこしらえて寺町二条の三月書房へ行った。 詩集や散文作品に関しては、僕の望んでいるものはこの店に行けば必ず手に入るからだ。
天野忠、荒川洋治、山田稔。 今すぐに名前が挙がるのはこの三人だけれど、もちろん他の作品についても大抵ここで揃う。 小さな書店で、大部数が売れているメジャーな本はみつからない。
学生の頃からだから、通いはじめてからもうずいぶん長い。 京都中の大学の「文学部生御用達」とまではいかないまでも、この書店の存在は同学部のものならほとんど知っていたはずだ。そんな本屋さんである。
うちは北区だから寺町までそれほどでることもない。おまけにうちの近所の本屋さんが二月いっぱいで店を閉めるように、近場の書店はどんどん減っていて、ぼくはほとんどアマゾンで本を注文するようになってしまった。代金はコンビニで払えるし。 だからここ数年、半年に一度とか、一年に一度というとんでもない頻度で店を訪れるようになってしまっていた。 だけど三月書房は特別なのだ。やはりこの店の「手」が見える書棚はいい。
つい最近、山田さんの全著作を読破すると発心したので、これからは三月書房に訪れることとも増えるだろう。 すでに何冊かはよんでいるから、編集工房ノアでつくられたり再発されたものを購入していくことになるはずである。で、今日、一冊購入した。
するとご主人から編集工房ノアでだしている「海鳴り」という小冊子を頂いた。 定価が書かれていないから、サービス販促冊子ともいえるのだろうけれど、庄野至、山田稔、島京子、天野忠といった方々のエッセイ、散文が収められている。 無料でいただいていいんだろうか、と思いながらも有り難く頂き、メッセンジャーバックに購入した山田さんの本共々詰め込んで帰路についた。
ところが寺町を御所に向かって北上しだしてすぐに後輪がパンクした。 ついてない。 近くに自転車店はないし、おまけに僕の自転車のチューブはフレンチバルブなので、ある程度専門的なショップじゃないと空気が入らない。 とぼとぼと丸太町通りを歩いた。第二日赤病院に出る手前にプロショップ風の店があったのを思いだしたのだ。
北風が厳しかった。 一昨日、まるで春のような陽気だったから、余計に寒く感じた。 だけど考えてみれば奈良東大寺のお水取りも、琵琶湖の比良八講もまだまだ先だ。寒くて当たり前。 なんてったってまだ二月だ。
お店の人が30分時間をほしい、という。場所と工具が借りられるなら自分で治すんだけれど、といったらば、いやいやそれにはおよびまへん、とのこと。 じゃあ、お願いしますといい残し、近くの喫茶店へ。もちろんさっきの小冊子を読むのだ。
山田稔さんの「匿名」という文章を読んだ。 人によっては小説ともいい、エッセイともいうだろう。 その境界線。山田さん自身「散文主義」とおっしゃる作品群は、やはり「文章」と記述し、そう書くことでことさら「文章」を意識することがいちばんふさわしく思われるのだった。
「匿名」は考えていることがずれていく話、あるいは薄皮をめくるように本当の関心事に迫っていく話でであるように思いながら読んだ。 時間が川の流れであり記憶が川に転がる岩だとするなら、何がのこっているのか。何が引っ掛かっているのか。 それは切ないものであったり、また滑稽であったり。 味わいがあった。
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