| 2009年01月10日(土) |
私人/ヨシフ・ブロツキイ |
ヨシフ・ブロツキイの「私人」を読んだ。 1987年のノーベル文学賞受賞講演である。 講演すなわちスピーチである。訳は沼野充義氏。
「ソ連出身のユダヤ系。アメリカ国籍の詩人」である。 ソ連という「専制政治体制」からドロップ・アウトし、詩を書く。「徒食者」として逮捕され強制労働を課される。やがてアメリカに亡命し、詩作を続ける。 と、さらさらと簡略に書いてしまうことにためらいを覚えるほど、その略歴の深さと重みは強烈である。詳細は沼野氏の解説を読んでほしい。
55歳の若さで亡くなった「詩人」である。 文学の、詩の素晴らしさをここまで宣言した現代詩人を、ぼくはほとんど知らない。
旧ソ連の集団主義。共産党による専制政治に抗して徹底的な個人主義を鍛え上げていった詩人である。
なんどもなんども詩に関して語りかける部分を読み返したい。 本文・訳注・解説をあわせてもわずか62ページの、掌に載るサイズの小さな本だけれど、書かれていることは二度と抜けない楔のように心に刺さってくる。
かつて「あなたが詩人を名乗るのはおかしい」とぼくが管理人の掲示板で議論になった。 「それで収入を得て暮らしを営んで初めて詩人といえるのではないか」という主張にたいし、ぼくは「収入の有無ではなく自分が社会的な位置としてそうあると考えれば詩人だと考えている」と応えたのだった。 無論、詩を書いている、ということが大前提だけれど。
ブロツキイはソ連の裁判で「いったいあなたの職業はなんです」と問われ「詩人です」と応えた。 裁判官は「いったい誰があなたを詩人の一人に加えたんです」と問う…。 ブロツキイは「誰も」と応え、続けて「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたんです」と問い返した。
有名な「文学裁判」の一部だけれどその顛末も沼野氏の解説に詳しい。
詩を書くことに対して、これほど覚醒と奮起を促してくれる講演はない。 同じく群像社からでている詩集「ローマ悲歌」も手に入れた。 ここのところ詩に関しておろそかにしていたところがあると思う。 姿勢を正したい。
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