北野天満宮へいった。 早咲きの梅はとうに咲いていて、梅林の蕾は膨ら見始めた様子。 我が家の梅のほうが蕾は大きいぐらいだった。
定期刊行物で唯一、本屋さんに配達してもらっている「新潮」二月号が届いた。
去年楽しみにしていた連載は池澤夏樹さんの小説「カデナ」だった。 今年の、現在真っ先に読む連載は多田富雄さんの「残夢整理」である。 小説ではなくエッセイである。 今月号でまだ二回目。
一回目は旧制中学で同級生だったN君の思い出。彼は大学には行かなかったけれどアテネ・フランセでフランス語を習得。大学生だった多田さん、東大生の江藤淳、安藤元雄という、今考えると信じられないようなメンバーが集まった同人誌で詩を発表していた。 多田さんは彼の影響でマラルメの詩をいまだにフランス語で暗誦できるという。
のちにN君は同人を離れ、酒に溺れ、放浪に疲れ、大阪西成で逮捕されるまで多田さんの視界から消える。 その後、病に倒れ、葉書一枚で再び視界から消える。いまだに生死は判らない。 そのような話だった。
今回の話は、癌で夭折した無名の「天才画家」永井俊作のこと。彼の葬儀直後、「おやま」での情景から始まる話は、エッセイというより小説のようにぼくは読んだ。 臨終に至る痛切な話だった。病室にて二人で詠んだ連歌、次第に狂っていく意識から生み出された詩、など。
つまりはそういう「残夢」である。それを丁寧にいつものすっきりとした文体で多田さんは書き留め「整理」していく。
以前から多田さんのエッセイのファンでもあり、免疫の意味論も読んでいた。脳梗塞で倒れられてからの闘病「報告」にも、そこから紡ぎ出された作品にも触れてきた。
多田さんは「にもかかわらず」端正な文章を書きつづけておられる。 このエッセイはずっと読み続けたい。あきらかに鎮魂の作業なのだ。 永井さんの話は次回も続いていくようである。
|