ここ数日の間に、京都市内のほとんどの町内で地蔵盆が行われた。 路地の奥や、町内のどこかにお地蔵さんの祠があり、(たいてい子育地蔵尊)その前に特別の供物をし、お坊さんに読経していただく。それがメインイベントで、周りにはテントが立てられ、床机が置かれ、道路にはゴザが敷かれ、子供のための様々な催し物が開かれる。
床机ではおばあさんたちが団扇片手にゆらゆらとくつろぎ、お母さんやお父さんたちは設営、運営、そして老人と子らの世話に忙しい。 もちろん子供たちには特別のプレゼントがあり、お菓子も振る舞われる。 この日ばかりは子供天国なのだ。
うちの町内にも地蔵さんがあって、毎日掃除をし、仏花をお供えしているけれど、数年前から子供がいなくなった。
だから、うちの町内の地蔵盆はあっという間に終わる。 午前9時に供物や仏具を調え、午前中にお坊さんに読経をしていただき、お布施を渡す。 そしてお昼にはもう撤収している。 お供えを町内に分けて配り、あとは元の路地に戻るのだ。
西隣の町内は子供がとても多く、そこは朝から夕方までやっている。 さらに子供の多いところは二日かけて行われる。盛大だ。
うちの町内では、団塊の世代の人たちが新たな家で新たな所帯を構えるために郊外へ出て行った。子供がいなくなった。そして残された老人が一人、また一人と亡くなっていく。 そんな理由で地蔵盆はほとんど形だけになった。
いっそのこと隣の町内と合同でやってもいいんだけれど、それでは町内のお地蔵さんがかわいそうだから、と半ば意地で続けている。
今年も天竜寺から若いお坊さんがきてくださった。 暑くて燃えあがるようなアスファルトの上を、木魚の「ぽくぽく」と読経の声が流れていた。
涼しく感じるから不思議だ。
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