詩人・吉岡実についてはその詩集「僧侶」のイメージがぼく自身の吉岡実という詩人全体のイメージとなっていた。つまり観念的な、剃刀のように切れる詩人としての才能、何もないところに鋭いイメージを屹立させる驚くべき能力である。そして漠然とした近寄りがたさのようなイメージももっていた。
そのイメージは「すべての詩人」そのものを指しているともいえよう。詩人の重要な要素である。だがそれだけではない。この文庫に収められた散文を読みながら、その超現実的な詩はむしろ、観念ではなくリアリズム。それもひそかに「スーパーリアリズム」と呟きたくなるような精神によって生み出されていたことに気づく。
ただしぼくの中で、リアリズムとは、その「もの」を「そのとおり」に書くことを意味しない。書かれたものが命を宿しているかどうか。そういう意味でのリアリズムである。 「生きている」のだ。
驚いたのはリルケ「ロダン」についての文章と、「わたしの作詩法?」という散文だった。 ここに書かれていることはまさしく吉行淳之介さんが書かれた「叙情詩人の扼殺」と同質のことである。 トマス・マンの言葉を指針とした吉行淳之介さんと、そっくりの「こと」が、リルケの言葉と吉岡さんの間でも起きていたのだ。
(リルケの章句を読んだあとで) 『私は一つの方向を指示された思いだった。それからは、詩を書く時はつとめて、職人が器物をつくるように、「霊感に頼ることなく」手仕事を続けてきたのである』 (リルケ『ロダン』・吉岡実より)
あるいはこうだ。
『私は詩を書く場合、テーマやその構成・構造をあらかじめ考えない。白紙状態がわたしにとって、もっとも詩を書くにいい場所なのだ。発端から結末までわかってしまうものを私は詩とも創造ともいえないと思っている。 だから私は手帖を持ち歩かない。喫茶店で、街角で、ふいに素晴らしいと思える詩句なり意図がうかんでも私は書き留めたりしない。それは忘れるにまかせることにしている。わたしにとって本当に必要であったら、それは再び現れるに違いないと信じている。私は詩を書く時は、家の机で書くぺき姿勢で書く。いってみれば、きわめて事務的にことを運んでいく。だから彫刻家、画家、いや手仕事の職人に類似しているといえよう』 (わたしの作詩法?・吉岡実より)
徹底しているといえよう。吉岡さんが常に心砕き、大切にしていたことはリアリティの確立であることも、このようなストイックな姿勢から容易に理解できる。
また、逆説的に感じすぎてしまう詩人の姿が浮き彫りにされてもいる。とくに「作詩法」の引用部分はほとんどの詩人の逆ではないか。 多くの詩人が例えば家中至る所にノートを置く。ぼくなども犬と散歩する時に鞄の中にメモと鉛筆を必ず入れている。
だが、胸に手を当てて考えてみる。そういうものからいい詩が生まれたことがあるのかどうか。そのまま作品になったことは実はない。 いままで「婦人公論」で入選したり、評価を得たものはものはすべて、机の上で生まれた。 詩神は偏在するという信仰、に近いものがぼくにはある。だから浮かんだものを逃すまいと思うのだが、吉岡さんはそれを拒否する。拒否しても尚浮かんでくる言葉に、ようやく向き合うのだ。
詩神が偏在する。というのならば、机の上にも降臨して然るべきなのだ。むしろそこに集中して詩の生成を願っているのではないか、と自分に問うてみた。そのことに意識的になっていたかどうか、だ。
詩が生まれるのはいつでもどこでも。だとしたら自分にもっと引きつけるべきではないのかとも思った。自分の中に生まれてくる、ことをもっと感じるべきだと。 何故ならほとんどそうやってぼくも詩を書いてきているからだ。
その部分を読んでからは吉岡さんの詩に立ち返り、作品を作り上げる「手つき」ばかりを感じていた。
ぼくはエズラ・パウンドという詩人の詩をよく読んでいるのだけれど、彼の詩業に冠としてつけられた「イマジズム」という手法によく似ている。
『意識の流れは誰の中でも豊かに流れる。それを停止することが困難だ、すなわち文字の1行1行に定着させることが。 発生したイメージをそのまま生け捕ることが大切である。 わたしはそれらの方向へ一つの矢印を走らせてその詩的作品の最後を飾るだろう。詩は小さく結実してはつまらない。詩は他の次元まで拡がっていくべきだと思っている』
(わたしの作詩法?・吉岡実より)
ところで五月になると、庄野潤三さんの創作作法についての随筆集が文庫で出る。 「私は経験したことしか書かない」という宣言を読むことになるだろう。 それはそれで今からわくわくしているのだけれど、 そのことと、超現実といわれる吉岡さんの詩は意外に近いところにあるのかもしれない、と思った。すくなくとも散文のスタイルは驚くほどよく似ているのだ。
|