| 2006年03月14日(火) |
ブレイクスルーの先には… |
「ウェブ進化論」(ちくま新書)を読んだ。
(ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる ちくま新書 582 梅田望夫/著)
ネットに関連して、ネガティヴな論ばかりが目につくなか 少しは「前向き」な気分になれるかな、と手に取ってみたのだ。
いったい何がどう進化するというのか興味があった。 通読してみて、この本の論点について、紹介されている将棋の羽生善治さんの言葉がすべてを言い尽くしていると思った。
羽生さんは「ネットは高速道路だ」という。 知識やデータなどあらゆる情報がネットで素早く手に入り、パソコン上で 加工・再現できる。それを手にした人は過去のいかなる時代にもあり得ないスピードで将棋の上達を果たすことができる。
しかし、それに続けて「高速道路の大渋滞」という言葉を羽生さんは使う。 誰も彼もが「高速道路」に入り込んだので、あるレベルまではすぐに到達するけれど、「そのあと」がないから「大渋滞」を引き起こすのだと。
グーグルの登場やブログの普及により、世界はまさに根源的な変化を引き起こしつつある、と筆者は言う。 知の共有が猛スピードで進んでいるのだ。筆者が言う「エスタブリッシュメントからの脱却」も確かに進んでいくのだろう。 だがそれでも「大渋滞」という認識は筆者も抱えている。
そこでキーワードは「ブレイクスルー」(脱却、とぼくは訳しておきます)となる。 有り余る情報を手にして、さてどうするのかという事だとぼくは理解したのだが。
羽生さんは、触覚、聴覚をはじめとする自らの持つ感覚のすべてを動員した将棋を指したい、と語っている。 それが彼にとってのブレイク・スルーであり、我々にとってもその言葉は示唆深い。
情報は情報でしかなく、実体ではない。 たとえいくら持っていたとしても、実体ではない。 それは何度も言われてきた事である。 しかしヴァーチャルと現実の関わり合い方が変わり続けているという。 何かが変わり続けているのだ。
知識のベースの上に言語化不能な肉体、精神的なレベルの「感覚」を研ぎ澄ませた「世代」「人物たち」が登場するのだろうか。 (すでに表舞台に立っている気もするが…)
ふと、スティーブ・ジョブズのことを思った。 彼こそは個人の「知のツール」としてのパソコンを世界に与えたけれど、 様々なツールとパソコンの組あわせでさらに面白い事ができると語り続けている。 彼はこの先をどう見ているのだろう。
単純に知識を膨大に持ったからといって幸福にはなれない。 なにかを産み出せるわけでもない。だからといってネットから降りるのだろうか…。 この先が分水嶺になりそうである。 ネットの「文芸」はどうなるのか。 それよりもまず自分はどう生きていくのだろう。それがまず最初にくる命題だ。
「本当の大変化はこれから始まる」と筆者は言っている。
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