朝は冷えたけれど、終日晴天ですがすがしい一日。
夜、BS−Highvisionで遠藤周作氏の留学時代の日記の跡を追う番組を見た。
終戦後初の国費留学生として遠藤氏は渡仏している。 肺を病み帰国するまでの、遠藤氏の生活、旅、出会った人を追った番組であった。
長塚圭史氏がナビゲイターとして、ゆかりの場所で当時の事を書いた遠藤作品の朗読をし、ゆかりの人物にインタヴューを試みていた。
朗読された作品は「ルーアンの丘」「コウリッジ館」「日記」「神父たち」など。
番組をつうじて浮かびあがって来たのは、孤独の中で信仰と自身のあり方に懊悩する姿だった。 詳細は書かないけれども、直截な言葉が日記には記されている。
遠藤さんが亡くなってから初めて公にされたフランソワーズという女性の存在を記した部分には胸が揺さぶられた。 もちろん奥さまはご存じで、(そういう事があって当然です。ない方が気持ち悪い、とおっしゃる)氏の帰国後、彼女は来日しているという。その時、二人の間でどんな話があったのかはわからない。
まるで鴎外「舞姫」を彷彿とさせる話なのであるけれど、一度は結婚しようといいながらも結局、帰国によって別れた二人。 パリからまるで逃避行のようにリヨンを経てマルセイユへ至る二人。「日記」にはフランソワーズを思いやる言葉が溢れている。
そして「昨晩もわたしは彼女に指いっぽん触れていない」という記述。 そのことを「誇り」に感じている遠藤氏。 「Paul遠藤」の面目である。
留学した時から「毒薬」という象徴をつかまえていたこともあきらかになる。 遠藤氏。それは信仰と生活の葛藤の中から生まれたものであった。
貴重な「日記」を「読ませて」頂いた。
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