散歩主義

2006年01月17日(火) 1.17

阪神淡路大震災から11年が過ぎました。
亡くなった方のご冥福を祈ります。

am5:00 起床。珈琲を淹れる。ラジオをつけるとちょうど発生した時刻にあわせての神戸での追悼行事を中継していました。それを聞きながら掃除。
●そういえば地震の時はジャンが生きていて、取り乱すことがなかったな、と思い出す。

am6:20 ハナと散歩。

am7:45 朝食。ごはん、舞茸とワカメのみそ汁、新じゃがとモロッコインゲンのたき合わせ、焼きお揚げのおろしのせ、トマト、ヨーグルト。

●「残光」を読む。この小説には小島さんの周辺の方が登場するのだけれど、脳梗塞、アル中、痴呆など改めて書き出してみるとかならずしも「穏やか」とは言い難い状況であり、それに加えてご本人の「老い」も確実に進行しているのだけれど、そのことが隠されるそぶりすらない。むしろ、繰り返しなんども語られている。
庄野潤三、山田稔、甘糟幸子など「老い」を書いた小説はあるけれど、そのどれとも違う。しかしながら率直に書かれているのだな、という思いはどれを読んでも思う。


正午 昼食。パン各種、牛乳。

●Babyface;Grown&Sexy
●「残光」を読み続ける。小説はますます闊達に動く。厚みをましていく。これはいったいなんなのだ、と思う。凄い。だけど形容しがたい凄さでもある。美しいとか汚いとか優れているとか傑作だとかいうものとは違う「凄さ」。

pm15:00 お茶。玉露。

●「残光」を読むと、小説が書きたくなる。書けるという気になる。

pm17:30 ハナの散歩。また寒くなるそうだ。そりゃあ冬の本番はこれからだ。

pm18:30 夕食。手巻き寿司(玉子焼き、トロ、鯛、穴子、いか、蛸、など)

●「残光」を読む。ところで文庫本主義者はスカーペッタの新作のできが酷いとぷんぷん怒っている。

●「残光」にでてくる「弱い男」の文学。三島由紀夫が「小説に弱い男が登場するのには我慢ならない」と対談でテネシー・ウイリアムスに言ったところが、彼は非常に驚いて「戯曲や小説に登場するのはみんな弱い男ばかりだ」といったとか。小島さんも「弱い男」の小説である。少なくともぼくにはそう見える。それがよいとか悪いとかいうものじゃ無いとも思う。

●Babyfaceを欠かさず聞いている。
彼の歌詞には昔から明らかに彼がスーパー・フェミニストであることが強く打ち出されている。何が弱さかと考える時、マッチョであるということに対してはぼくはネガティヴな思いしかない。
ジョーとかベイビーフェイスなんかは本当にフェミニストだ。

●「残光」を読み継ぐ。


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にしはら ただし [MAIL] [HOMEPAGE]