| 2005年11月25日(金) |
ひとりでも、やるんや |
am5:00 起床。珈琲を淹れる。昨晩、日記を書き終えてからトップページの画像を選んでおいた。午前中にアップする。もうひとつチャチャのいい写真もあったんだけど、それは小さい画像で使おうと思う。とか何とかいいながら掃除。
am6:00 ハナの散歩。いい天気。ハナにブラシッングをして、掃除の続き、ゴミ出し、洗濯もの干しをしてから am7:30 朝食。ごはん、舞茸とサツマイモのみそ汁、納豆ともずく(あうんやね)
正午 昼食。珈琲、パン、バナナ。
●小説の構想を考える。●バックで音楽を流していて、クミコさんや大貫妙子さんの声って水のようだな、と思う。●今回は水が流れているような小説を書こうと考えているから、そう思うのかな。●いややっぱり柔らかいよ。包まれるような感覚になる。
●定期的に読んでいる他人様の日記、エンピツとブログ以外だと、いしいしんじさんの「ごはん日記」は欠かせない。呼吸がね、伝わるんだろうな。創作しなきゃという励みにもなるし。そういえばいしいさんは音楽を聴かない。聴くと気持ち悪くなるんだそうだ。神経が過敏に反応してざわざわするのかな。大変だな。
●京都新聞の夕刊に「古都カオス」という連載の特集記事があって、その第四部が始まっています。第四部のタイトルは「反骨の精神」。 歴史的に見ればまさに京都という風土にぴったりの言葉。
今まで破門状をてこに発展を続ける茂山狂言会、なんとこの時代に江戸時代に倣い町式目をつくった祇園町、ミニ東京化する京都をあとに福井に拠点を移す鈴江俊郎さん(岸田國士戯曲賞作家)、と先鋭的な活動をしている人たちが紹介されてきました。
今日は待ってました!出版。
四畳半のアパートの個人出版社「洛北出版」。おおお、すげえ。 読んでいて思わず心にわき上がるものがありましたね。とにかく「出したい本をだす」というのが主題。 それこそ京都にはある程度有名にはなった人文書院はじめ、哲学者ホワイトヘッドの世界で最初で最後の著書を出している松籟(しょうらい)社など、超小規模の出版社がありました。 この「洛北出版」をたちあげた竹中尚史さんも元々は松籟(しょうらい)社おられたといいます。 彼がわざわざ個人出版社を起ち上げた理由はアメリカの哲学者アルフォンス・リンギスの翻訳本を出すため。そのために会社に迷惑をかけたくなかった、と。 発刊まで4年。ついに刊行。雑誌や新聞では好意的に取り上げてくれたそうです。だけど、もちろん売れない。
だけど竹中さんはこういいます。 「それでも、新しい教養のあり方を提起したかった」 「いい本は出し続け、専門外の読者にも訴えないと教養書は行き詰まる。社会に流されないための武器だから」
立派!!その一言。売れるにこしたことはないけれど、マスから無視されていく「文化」を支える作業に大拍手を送りたい。 売れる売れないは東京にまかしとけばいいんだから。
さっきホームページを覗いてきたんだけれど、アルフォンス・リンギスっておもしろそうだな。
●もうひとつ桜風舎という編集プロダクションも紹介されていました。ここは簡単にいうと「京都人のための京都本」を作る会社。東京ナイズされた京都にははっきりとノー。東京にも完全に背中を向けている。 本当の京都を知るにはここの出している本を読んだ方がいいです。いわゆる「京都本」のもう一つ先を知りたい方は。 代表の日沖桜皮さんはこういいます。 「東京の出版社が望む京都イメージを使えば売れる。でも、それは自分の視点とは違う。利益を生む商品よりも、出したい本を作りたい」 ここのポリシーは自社企画を京都の出版社からだす、ということ。
●ぼくは、「音函」をとにかく自分の家で作って、街でこつこつ売り始めたところ。ストリート・ライターだよね。だから婦人公論でほめられた詩でもお婆さんからは「わけわからへん」で終わり。前回の「光函」同様、物語にみんな反応してくれる。それを「てこ」にまた書こうと思う。 上に書いた人たちとは立場が違うけれど、自分を前進させながら本を出し続けられればいいと思っている。次からは製本もきちんとしよう。
●業界では「東京は事業、京都は家業」といわれているらしい。いいじゃない、それで。と、思う。
そんなこんなで大興奮のうちに夕食は夜の6:30。もちろんその前にハナの散歩。夜は何もしてなかったので急遽ピサ゜。トッピングはダブルチーズとイタリアンソーセージ、ピーマン、オニオン、ガーリックソーセージ、ロースハム、トマト、サラミ。
●観光地も京料理もどんどんトーキョースタイルになっていく京都。 このまま滅んでいくんだと思っていたけれど、どっこい捨てたもんやなかった。(本当の京料理は南禅寺の瓢亭で。何の珍しいものもなく、薄暗い部屋。だけど飛び抜けておいしい。ここに限らず珍しい素材や、変わった調理法をするところではなく、当たり前のメニューが本当においしくいただけるのが京料理です。)東京育ちの京都ものとしては東京にも愛着はあるけれど、何も京都だ、東京だというんじゃなくて、今いるところから発信することが大事だと思う。
●ようは自分自身やね。流行は廃れる。バブルは弾ける。ほんとうにいいものを自分に身につけて、つくりだしていくこと。 そのことを強く感じた一日でした。
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