| 2005年01月15日(土) |
「楽園後刻を読んで。 |
痛切な物語だった。途中何度も溜息をついて、ふと何に対して溜息をついているのか自分の心を覗き込んでいた。 人はみな老いて死んでいく。その当たり前のことをたとえ忘れていようといまいと、いつか誰もが嫌が応でも突きつけられる。 やはりそれはそうなのだ。どうしてもそうなのだ。
そしていかに痛く、哀しみが散りばめられていても、作品は最後まで光に包まれ続けていた。「光」…そのモチーフに対する作者の感覚はぼくのそれに親しく、その描写のいちいちを撫でるように読み返した作品でもあった。
「楽園後刻」、「らくえんごこく」と読む。人生における「楽園」と「後刻」、つまり「その後」が語られる作品である。 語り手は三人。同級生とおぼしき信子と菊子。菊子のおばにあたる逸子。みな老いており、作中でこのうちの二人も亡くなる。
様々に楽園が語られる。 もっとも語られたのは、この作品のある意味、中核をなす、逸子と三郎夫妻の「楽園」。戦時下にドイツ大使館に勤務し、華麗な生活を送った夫妻の住まい。そしてコレクションされたドイツのケーテ・クルーゼの人形、トロイメルヘン。そして失われていく戦後。 すべては朽ちていく。人は亡くなり、家は消える。冒頭、「夢の残骸」と形容されながら残る逸子の家の庭で信子と菊子は桜を愛でる。そして最終の場面では跡形もなく消えたそこを信子は再訪するのだった。
84歳の逸子は気位の高い、華麗な生活の思い出とドイツ語をしゃべれることだけがそのプライドを満足させているような、難しい性格の老婆。 その面倒を見る菊子は「自分の生の感覚だけで生きている人」。夢の中に生き続けているともいえようか。その母は嘗ての自分たちの生活の豪奢ぶりを自慢する女。良家の出ということが最大のプライドである。父は繊維会社の跡取りだったけれど、ノイローゼから自殺未遂を繰り返し、会社を手放す。菊子自身、二度の結婚をし、現在の夫、譲二は舶来家具の会社に勤めながら、いわゆるコレクターであり、様々なモノを蒐集している。やがて譲二の会社は倒産。一家は窮地においこまれ、まるで火が消えるように夫、母、父、と死んでいく。
その友人の信子はその「生の感覚」で生きている菊子に嫉妬しながらも、友人関係を維持し、夫とゆっくりと動いていく老後に向かおうとしていた。
「楽園」は、家であり、生活であり、地位であり、思い出であり、人形であった。人であり、犬であり、夢であった。鎌倉であり、ドイツであり、東京であった。光であり、花であったのだ。
大まかに述べれば、このように話は「楽園」が渦を巻きながら進行していく。物語の構造はフラクタルになっているところが時々見受けられ、作中の言葉で言えば「同じテーマによる変奏曲がなんども演じられている」。病。死に様。現れる花たち。嗜好。不幸。幸福。それらがまるで相手を変えながら続くロンドのようだった。
寂しさが胸を塞ぎそうになった。しかし、それは誰もが避けられないことなのだ。物語を閉じる信子の語りがすべてを象徴していた。 「いずれは死ぬことが、今生きているということだ」と。 そして彼女は残された生に向けて歩き始めていったのだった。
老境を描いた最近の文学を庄野潤三さん、山田稔さんの著作で親しんできたけれど、そのどれよりも痛切だった。光が眼に痛く、滅んでいく美しさを感じた。苦い言葉があった。しかし暖かい手も感じた。死を見据えることが生きることであるというテーマを何度もなぞられた気がする。 忘れられない本である。
著者の甘糟幸子さんは、エッセイストとしてたくさんの作品を書かれている。野草の料理の本などは有名だと思う。また、かつて向田邦子さんと同じ場所でライターとして活躍されていたという。その69歳にしての小説デヴュー作品である。 舞台は鎌倉。鎌倉の描写も多く、一度みたい花がたくさん登場してくる。稲村ヶ崎のカンナ。是非、一度見てみたい。
ところで「楽園」のモデルの一つとして登場する、聖歌「楽園にて」はぼのブログの由来でもある。「In Paradisum」 であると思われる。参照されたい。
●「楽園後刻」 甘糟幸子・著 集英社
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