今朝は5℃まで気温が下がった。そろそろ窓に結露が出始めている。
昨日、「柔らかい手」を書き終えたところで、同時に読んでいる大江健三郎さんの、小説家としてのご自身の「あり方」についてのお話からの射程で自分を見てみた。
大江さんの小説は「書き手」として「ぼく」、「僕」の作品が多い。特にある時点からはそうだ。初期には徹底的に私小説とは相容れない発想で書かれ始めた小説が、途中から大江流の「私小説」というべき姿へと変わっていっている。 その「書き手」についての論考と物語の構成への意識を本を通して今、学んでいるところ。
ぼくは、ほとんど無意識のうちに女性の「私」を書き手に選ぶことがある。それは物語がぼくに要請することであって、ぼくはわりと自由にその作業をするし、苦にもならない。
たぶん、これは想像だけれど、小説家のように物語を考えてはこなかったからではないかな、と思っている。 作中の「私」と実際の「私」は決定的に違って当然だ、という気持ちが最初にあった。作品は純粋に想像力だけで書けるものだと。
これは詩を書き続けてきた結果だと自分で思っている。 詩とは詩的直感だけがたよりだから。
そして、ここ2年間で集中的に短い物語を書き継いでいるうちに、単語(言葉)が「語り手」「書き手」の性別を指定して来るという経験をした。 それはゴザンスの800字小説という三つの言葉を指定されて書く、ごく短い小説を繰り返し書くうちに発見したことでもある。
指定された単語の台詞が「女言葉」である場合など、ぼくはためらわずに女性を「語り手」にして物語を書いていた。 で、これはとても貴重な訓練だったと思うのだ。
もし「小説」を書くとしたら、人称を自在に操れることも、作者の「自由」をかなり保証するのではないかとも思う。事実、そういう作家は数多いのだろうし。
と、同時に想像力だけではないんだ、ということも段々とわかってきた。当然自らの体験や経験も反映されているし、読んだもの、見たものも必ず表現の中にしのびこんでいる。むろんぼく自身の資質もそうだ。
だから、「わたし」という女性を書く場合、ぼくの深層に「彼女」がいる、ということになる。 そして、たぶん、今はそれがまさに自明のこととして、すんなり受け入れられる時代であり、世代であるのか、とも思う。
また歌を作っている人たちの方がやすやすとそういう「自由」は手に入れている気がする。 (先進として大江さんは両性具有者を「語り手」にした長編を世に送り出している) ぼくの課題はそういう「私」をどこまで明視できるか、ということ。
そう思えたというとが、書き終えて、ひとつ前進したことだった。
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