部屋の模様変えと「プチ大掃除」をしました。 それからパソコンのデータ整理も。じゃんじゃんフロッピーに放り込んで片っ端から削除。
そんな事をしていて、ふと次の本のことを考えました。「光函」の次のテーマでいろいろと書いてきて、どれぐらいになっているかコンテンツを書き出してみたのです。
ゴザンスと婦人公論の投稿の分がほとんどで、一つのテーマでチョイスしていくと11ありました。詩と掌編小説。それと限りなく短篇小説に近いもの。 詩の数は「光函」よりも減りますが、掌編は増えて、枚数も多くなりそうです。
だけど前回の「月光」のように、テーマと合致していれば過去の作品を直して出す事もあるし、そこから新しい詩なリ物語も創ることは可能です。 今、書いている掌編ができれば本の輪郭が見えてきます。これはゴザンスにアップします。
だけど、ネオブックの新規の発刊は凍結されていますし、編集者も不在ですから仮に再開したとしても実際に動き出すには相当時間がかかるのではないでしょうか。 来年の早々に出すとして、原稿を集めて、推敲整理をしてPDFに送るとしても、その後の校正や表紙制作、印刷の進行からいって、来月一杯がリミットでしょう。
ゴザンスからなんのアナウンスもないままに時間が過ぎていくということはあまり考えたくないけれど、ネオブックの体制はいまだに不透明なままです。
印刷業界もオンデマンドの技術はどんどんとりこんでいて、自費出版のほとんどはオンデマンドになるでしょうし、インターネットのサイトを発信基地とする作家たちは、ますますオンデマンドからの発行に傾いていくと思います。
いわゆる豪華本とか美しい製本を否定はしないけれど、本の流通のスタイルとしてよりラジカルであり、スポンティニアスな動機がすぐさま反映されるものとして、オンデマンドとそれに付随する製本、印刷技術はさらに進歩していくと考えています。 個人が版元、あるいはオーナーとなる感覚でしょうか。
ぼくの本もおかげさまで、様々な方から評価をいただきました。 誰もがネツトの画面を毎日見てくれているわけじゃなく、本だけで繋がってくれている方たちもできました。 そういう方たちのためにも、次の本を是非とも出したいと思っています。 最近は、こんなふうに「本」の制作というところから逆に作品制作のモチベーションをもらっています。
次の本の仮の名前だけは決まっています。 なんとか「本」の実現に向けて頑張ります。
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