午前11時、曇りがちだった空から大粒の雨が降り出した。鋪道が黒く輝きだし、傘が開き、ワイパーが動き出す。昏い光に調整していた部屋の光量がさらに落ちる。部屋の中では音量を落として、ジョン・コルトレーンの「ソウル・トレーン」がなっている。テーブルの上には村上春樹の「アフターダーク」が置いてあり、それはちょうど二回目の読了をしたところだった。
1950年代のジャズが「アフターダーク」にはよくでてくる。作者の趣味であることは百も承知。自分も50年代のジャズのファンとして、デューク・エリントンのくだりには、大きく頷いて読んでいた。 しかし、と思う。ジャズを知らない人たちにとって、この小説はどう響くだろうか、と。 知らなければ知らないなりの理解の仕方が出来るとは思うけれど。もはや聴かない人を置いていく、ぐらいの覚悟で書いているんじゃないかと思ったりもするのだ。
村上春樹はこの作品でいろんな意味を重ねて「私たち」という言葉を使った。それならばこうも言えるのではないか。彼はもう、そんなに「みんな」を待たなくなった、と。たぶん、この作品の「次」があるはずだ、と思う人も多いだろうけれど、「夜明け」についての「歌」はこれで終わりだと思う。主人公たちがみな、自らの生きかたを定めて「朝」を迎えたように、つぎは読者が歩みを始めなければ、物語は動かない。作者自身の作品では「あちら」と「こちら」についての掘り下げが、これから始まる予感がする。
「アンダーグラウンド」で自らの「オウム的なるもの」と対峙した彼が、かつて河合隼雄さんとの対談で社会へ「コミットメント」(参加)していくことを語っていたことをとても鮮明に覚えている。 村上春樹といえば「ディタッチメント」(遊離)することの軽やかさ、スマートさだと思っている読者も多いし、ぼくもそのへんに浸かっていたところがあった。けれど、彼はきっぱりと「コミットメント」を宣言していた。だから記憶が鮮やかなんだろうと思う。
生きるということは「他者」とどうかかわるのか、ということだ。その事が前面に出てきた。作品の登場人物たちは夜から昼へと出ていく。その誰もが「他者のため」とはいわないまでも「自分の利害」を「生き方」の理由の第一にはしていない。注意深く、生きることを語り始めたような手触りが残る小説だった。
雨があがった。もうすぐお昼だ。コルトレーンのCDをブルー・トレインに変える。50年代のコルトレーンの傑作。ブルーノートに残されたリーダー作としては唯一の盤でもある。いかしたホーン隊がバックアップする。トロンボーンはカーティス・フラーだ。「アフターダーク」の由来となった曲を彼はベン・ウェブスターと録音している。 この時、コルトレーンはクスリに完全に嵌っていて、クスリ代を捻出するために、凄いメンツを集め、一種のスーパーセッションを行なった。カーテイス・フラーもいれば、リー・モーガンもいた。何たる皮肉というべきか、演奏は素晴らしく、ジャズ史に残る一枚が誕生した。だが「夜」はやがて終わる。 コルトレーンが酒もクスリも絶ち、文字通り「光へ」歩み出す60年代はすぐそこまで来ていた。
夜から朝へ、光へ。想像力を研ぎ澄ませれば、どこにだっていける> 「あちら側」にだって。作者はそう誘う。もういちどやってみようか。しくじらないように。そう思わせる小説だった。
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