台風の余波で風がとても強い日が続いています。 まだ緑色のどんぐりが枝葉もろともにちぎれて道に落ちていました。 台風はどんどん西へ流れて、九州から回ってきそうです。
天気予報を見ていると東京のほうは気温がずいぶん低いようです。 もう秋ですね。
ゴザンスの編集部が解散するにあたり、これからの自分のモノカキの方向を考えています。おもに800字とテーマがなくなります。これだけでも大きいです。 気がついてみれば「書くこと」の大きな柱になっていたんですね。最初はずいぶんとまどったのですが、結局これが自分を鍛えてくれていたのです。それは明白ですね。
これから自らのテーマにこだわって書いていくことになります。元に戻る訳です。ただ、クリティックの基準がないことに慣れる必要はあるでしょうね。それこそが実はいちばん厳しいところかもしれません。
「西原文滴堂」というライターページは消滅するわけだから、作品をどこかに収納する必要があります。バックアップはとってあると思うのだけれど、まだのものはバックアップしなければなりません。それをサイトで公開するかどうかも要検討です。 ふたたびサイトのコンテンツがどーんと増えるかもしれません。 そして、これから作品はブログで発表していくと。
日本ではブログのスタイルが欧米のようにはいかないという指摘もあって、どうしても日記ページ(つまりこのエンピツのような)が圧倒的に支持されているのが現状のようです。
だからブログというのは、文芸作品だとか画像のような特記すべきことがらで構成されているものに向いているのかもしれません。 ぼくがもうひとつ運営しているWALKXWALKというブログのホストのサイトを見ると、それでも圧倒的に日記が主流ですけれどね。 日記でもブログだと記事ごとにコメントがつけられるのが大きいです。「掲示板」よりも機能的だと思います。
だからサイトとブログの二本立てで、徐々にブログをメインにしていったほうがいいかも知れません。
それと日本のネットの利用のされ方は、欧米や韓国などと比べてもイマイチなんですよね。日本はなんといってもケータイが凄いから、ネツト文化よりもケータイ文化のほうがはるかに発達している気がします。
となると結局、「紙」かな…。
ゴザンスに書き始めた新年のコラムで、exposureという言葉をつかいました。あらゆる意味でスピードにあふれたネット上のやりとりは、これまで隠れていた表現者や表現をあぶり出しにする、と。
ゴザンスのページが閉じられていくということは再び夜が始まるということです。少なくともぼくにとってはそういうことになります。
文芸系のライター以外の人や、たぶんまだ若い(中高生)ライターたちのほうがずっと醒めた目で今回のできごとを見ているんじゃないかな。 あるいは苦々しく思っている人たちも多いでしょう。たぶんもう投稿をフリーズした人もいると思います。 だけどやはり、具体的な「場」よりも、「線」でつながっている「場」に方向を見たのだから。 見え方だけの問題かもしれません。
だけど「線」の先はあくまでも闇であること。 それは忘れないでおこうと思います。 江國香織さんがイメージされたような「活発な暗闇」であればいいのですが。
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