| 2004年08月27日(金) |
卒業制作 その2 …玉三郎さんに学ぶ… |
ゴザンスの卒業制作をアップしました。 編集部の指定は「気に入っているけれど書き足りない」ものを推敲、校正して書くようにとのことでした。だけど書いたものは完全に「書きなおし」。
800字小説で、指定された三つの言葉は使っているし、全体の題材もその時と一緒。だけど中身が全然違います。 でも、考えた結果、これをアップします。「ぼくなりの卒業制作」はこれから始まります。
そして今日、特筆すべきはビデオに撮っておいたテレビ番組「鼓童meets玉三郎」がとてもよかったこと。こちらにインスパイアされたというか学んだことがあって、そのことがいまだに大きく響いています。
鼓動とはいうまでもなく佐渡を拠点に「太鼓をうち、生活している集団」。その鼓童の、ひとつの舞台作品を坂東玉三郎さんが制作監督した、メイキングの番組でした。
それは2004年の公演までなんと2年間に及ぶ「御稽古」の様子を映し出していました。座学的レクチャーから細かな音の指示まで徹底していましたね。 そして最後に世田谷パブリックシアターでの公演のダイジェストも見ることが出来ました。
いまだに覚えているのは玉三郎さんの指導のシーン。 彼は「魂」という言葉を頻繁につかうのだけれど、語りながら魂が体からつきぬけていくという仕草をされるのだけれど、それをみただけで、本当に見えないものが見えた気がするのです。 「気がする」というのはたぶん本当に「ある」のだと思います。
それと「非現実とはなにか」ということの説明。 傍らの人に「あなたは生まれた時どんなだった」と、ふいに問いかけます。 問われた側は「えっ、ええーっと」といって頭を回します。 すると「それ。その頭の周りのもやっとしたもの。それが非現実なの」 あー、なるほど、と部分しか見ていないのにテレビのこちらで納得。
その「魂」を中心に据えて作品を見つめる姿勢に改めて感じ入ったのでした。 というのも玉三郎さんは例えば「娘道成寺」などを舞う時などにも「魂が引き寄せられる」といういい方をされます。
普段見えないものが、音によって、舞いによって呼び起され、集ってくる、と。そしてそれに「美しい」形を与えるのが舞いであり音であるのでしょうね。
「魂」を基底にすえて、しかも身の回りのことから表現を立ち上げるということもおっしゃっていて、だからこそしっかりとした浮ついたところのないスポンテニアスな舞いになるのでしょう。だからこそ全世界に通用するのだと思うのですけれど。
なにもことさらに「日本」を強調するのではなく、普段の立ち居振るまいから表現を紡ぎ出すこと。しかし、考えて見ればこのことのほうがずっと力業のような気がします。
と、いうことで今日の画像はヨーヨー・マのバッハ、無伴奏チェロ組曲のジャケットです。これはヨーヨーのアイデアで1番から6番まである組曲の一つ一つを庭園設計家、建築家、映画監督、振付し、アイスダンスのペア、などとのコラボレーションで制作したのでした。その5番が坂東玉三郎さんの舞いとのコラボレーションで、これはDVDに収められています。
これはCDですが、ヨーヨーと玉三郎さんが膝をつき合わせて打ち合わせをしている写真などを見ると、きっと「魂」について会話をしているんだろうなと思えてきます。 「魂」。忘れてはいけないですね。
そうそう鼓童で琴を奏でていて、最後に「木遣り」のようなヴォーカリーズを披露する女性。彼女がぼくの「温かい雨」にでてくる「登世子さん」のモデルの一人です。年齢はずっとお若いと思いますけれど。 信じられないほど若々しい「老いた女性」が、こんなかただといいな、と。
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