「ポロポロ」という本を読んでいると、自分がばらばらになっていくような感覚になります。 「くりかえすが…」という書きかたで、文字通り繰り返される、戦争のエピソードをつづった文章が、くりかえされるうちに、微妙にこちらの「物語」を突き崩してくるのです。
「物語」という言葉がキーワード。 「こちらの『物語』」とは、ぼくが本作を読み、言葉を受けとって、描く自分のイメージ像への「言い換え」です。コミマサ氏はその「言い換え」にとことん注意深く、あいまいさを許しません。
「物語」への執拗な疑い。物語ってしまうことで消えてしまう「事実」へのこだわり。そういう「物語性」を拒否した「物語」。あるいは言葉。 だから、結局「ポロポロ」としか言いようのないもの。 そこになにかある。いや、なにかあるのは「そこ」という事実を繰り返し繰り返し告げる短篇の連作なのです。
これを読んでしまうと、自分の文章を思わず読み返してしまいます。書かれたものを検証する姿勢になるというか。 *************************************
この原稿を書きおわってから、保坂和志さんの「生きる歓び」という文庫本を手に入れました。文庫本主義者が持ってきたのです。 薄い本ですから一気読み。田中小実昌さんと保坂さんのかかわりが丁寧に書かれていて、本当にあっという間に読みました。まして表題作は片目の野良猫のお話しです。読まずにはおられません。
嘆息と感嘆。 連続して凄い本を読みました。
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