散歩主義

2004年08月13日(金) 解体

「ポロポロ」という本を読んでいると、自分がばらばらになっていくような感覚になります。
「くりかえすが…」という書きかたで、文字通り繰り返される、戦争のエピソードをつづった文章が、くりかえされるうちに、微妙にこちらの「物語」を突き崩してくるのです。

「物語」という言葉がキーワード。
「こちらの『物語』」とは、ぼくが本作を読み、言葉を受けとって、描く自分のイメージ像への「言い換え」です。コミマサ氏はその「言い換え」にとことん注意深く、あいまいさを許しません。

「物語」への執拗な疑い。物語ってしまうことで消えてしまう「事実」へのこだわり。そういう「物語性」を拒否した「物語」。あるいは言葉。
だから、結局「ポロポロ」としか言いようのないもの。
そこになにかある。いや、なにかあるのは「そこ」という事実を繰り返し繰り返し告げる短篇の連作なのです。

これを読んでしまうと、自分の文章を思わず読み返してしまいます。書かれたものを検証する姿勢になるというか。
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この原稿を書きおわってから、保坂和志さんの「生きる歓び」という文庫本を手に入れました。文庫本主義者が持ってきたのです。
薄い本ですから一気読み。田中小実昌さんと保坂さんのかかわりが丁寧に書かれていて、本当にあっという間に読みました。まして表題作は片目の野良猫のお話しです。読まずにはおられません。

嘆息と感嘆。
連続して凄い本を読みました。




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