散歩主義

2004年07月02日(金)

今日は少し違う書き方でこの日記を書きます。
先ほど送られてきたあるメルマガの最終号をここに貼り付け、それを読みながら
書きこんで見ようと思うのです。最後にその号を消していく…というやりかたです。

それはスピリチュアルなメルマガでした。書いている方はピアニストです。
(昨日かいたウォンさんではありません。)
ぼくは彼のサイトでピアノを試聴し、その場で購入を決めました。揺さぶられるものがあったからです。
(ある時期から、ぼくは、自らへの新しい試みと判断したとき、まったく躊躇しなくなっています。)
そして、彼のCDは素晴らしく、いまでもよく聴きます。

完全にスピリチュアルであることに、真正面から宣言し取り組んでいる方はめずらしく、それがホンモノであるかどうかということを、値踏みされることも承知の上でまっすぐに立とうとしている、それが直感でわかりました。

かれは今回   <月が満ちる時>  と述べてメルマガを閉じる言葉を始めました。 <僕はあなた達、全てを知っている>  とも。

精神的な気づきも、目指すものへの眼差しも、ぼくはまだまだ、というよりもまったくできていないと思っています。
彼のようなスピリチュアルな「役割」を担って生まれてきたような人とは、さまざまな職業の方のなかに、またあらゆる場所で出会いました。
その誰もが  <君のことは知っていたよ>  ていわんばかりでした。

<同じ心、同じ魂を持つ仲間です。>
そうなのでしょうね。
同じ光を見上げていた 同じところに郷愁を抱く…「魂」たち。
感覚でわかります。

彼は見も知らぬ、遠く離れた存在同士が言葉を交わせる素晴らしさを語り、そしてその段階は終わりを告げた、と結んでいました。
 月が満ちたのです。

新しい流れが彼には見えたのでしょう。感謝の言葉とともに彼はヴァーチャル空間を後にします。

リアルな「時」をもつべき流れがやって来ている。そんな気がしています。
それはぼくの場合、たぶんいまやっていることです。それは「書くこと」です。

彼の決意の波動がぼくの周りで渦を巻いています。素晴らしい、いつまでも続くような励ましとして。

みんなそれぞれ孤独な存在ではあるけれど、ふかいところで同じ根を持つ魂として在る。そう思うことの強さを感じています。


 




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