今日は少し違う書き方でこの日記を書きます。 先ほど送られてきたあるメルマガの最終号をここに貼り付け、それを読みながら 書きこんで見ようと思うのです。最後にその号を消していく…というやりかたです。
それはスピリチュアルなメルマガでした。書いている方はピアニストです。 (昨日かいたウォンさんではありません。) ぼくは彼のサイトでピアノを試聴し、その場で購入を決めました。揺さぶられるものがあったからです。 (ある時期から、ぼくは、自らへの新しい試みと判断したとき、まったく躊躇しなくなっています。) そして、彼のCDは素晴らしく、いまでもよく聴きます。
完全にスピリチュアルであることに、真正面から宣言し取り組んでいる方はめずらしく、それがホンモノであるかどうかということを、値踏みされることも承知の上でまっすぐに立とうとしている、それが直感でわかりました。
かれは今回 <月が満ちる時> と述べてメルマガを閉じる言葉を始めました。 <僕はあなた達、全てを知っている> とも。
精神的な気づきも、目指すものへの眼差しも、ぼくはまだまだ、というよりもまったくできていないと思っています。 彼のようなスピリチュアルな「役割」を担って生まれてきたような人とは、さまざまな職業の方のなかに、またあらゆる場所で出会いました。 その誰もが <君のことは知っていたよ> ていわんばかりでした。
<同じ心、同じ魂を持つ仲間です。> そうなのでしょうね。 同じ光を見上げていた 同じところに郷愁を抱く…「魂」たち。 感覚でわかります。
彼は見も知らぬ、遠く離れた存在同士が言葉を交わせる素晴らしさを語り、そしてその段階は終わりを告げた、と結んでいました。 月が満ちたのです。
新しい流れが彼には見えたのでしょう。感謝の言葉とともに彼はヴァーチャル空間を後にします。
リアルな「時」をもつべき流れがやって来ている。そんな気がしています。 それはぼくの場合、たぶんいまやっていることです。それは「書くこと」です。
彼の決意の波動がぼくの周りで渦を巻いています。素晴らしい、いつまでも続くような励ましとして。
みんなそれぞれ孤独な存在ではあるけれど、ふかいところで同じ根を持つ魂として在る。そう思うことの強さを感じています。
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