今日も梅雨はどこへやら、というぴかぴかの晴天。 お昼前くらいに、キースのゆっくりとしたソロピアノを聴きました。 このアルバムはMelodey at night,with youというタイトルだけど、昼に聴いてももちろんいい感じ。スタンダードのスローバラードばかりです。
そういえばキースのソロで聴いておかなきゃいけないCDを注文しています。これはピアノが最良の状態だったためにキースの思いがほとんど忠実に反映されているといわれている作品。ライブではなくてスタジオです。むろん即興演奏。
夜になって、散歩に出かけ、「壷井」という古い井戸に出会い、その帰り幽霊と見まがうばかりの御婆さんに出会いました。 蒸し暑くて、涼んでいたのかな。闇の中に坐っていて、振り返ると見たことのないような「笑顔」でぼくを見つめていて、瞬間、鳥肌が立ちましたが…。
今日歩いたのは、朱雀という地域。どちらにしても旧い街だから、何があっても不思議ではありません。 「壷井」というのは名水らしいんです。立派な石碑があり、御地蔵さんがあり、その祠とその横に小さな祠が二つ。とても不思議なところでした。あきらかに裏道として旧街道があり、そのあたりにいくと時間の感覚が狂います。
観光とは無縁の地域に京都の深い闇が、あたりまえのように転がっています。
家に帰りつき、バッハのミサ曲ロ短調のクレド、サンクトゥス…と続く第2部を聞きながらこれを書いています。
ぼくが朱雀の北西端のあたりを少しだけかいた記事もありました。「光函」にいれた「缶詰」の元の稿。つまりゴザンスのライターページに掲載しているものです。 これも元と本ではだいぶ原稿が違います。
元の稿からバッサリと削り落とした部分。地蔵尊に男が転がり落ちるシーンはそのあたりの辻がモデルです。削り落とした部分からまたなにか物語が書けるでしょうか。
そのあたりには井戸があり、寺があり、伝説の男が幾人もいて…。「胡麻屋の辻」のような作品ができればと思っています。 だけど軸はどうしても「光」ではなく「闇」になります。すでに詩は一つ書いていて、投稿の結果待ちという状態です。
おっとミサ曲がベネディクトゥスになりました。
京都は不思議な街です。人が多くて観光客の波に洗われてすっかり見とおしがよくなったところがほとんどですが、市民の生活の現場、つまり観光とは無縁の場所に物語がいくらでも転がっていそうです。 その場に立ち、自分の中に閃くものを写し取ることも大切にしたい作業です。
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