| 2004年04月30日(金) |
静かに、音楽が始まるよ |
出会いはいつどこであるのか、ほんとうにわかりません。 人と、風景と、犬と、猫と、花と、絵画と、そして音楽と、そして…。 これまでの人生でもあった様々な出会い。日々刻々、わたしは世界と出会いつづけているのかもしれないし、私自身と出会いつづけているのかもしれません。すべてがいまとなっては大切な事と思えます。
わたしがゴザンスで書いた作品を読んだ方から教えられた音楽と今日、出会いました。とても素晴らしい、静かで深い音楽との出会いです。
居ずまいを思わず正さなくては、と思いました。 わたしはこの人の歌を最初に聴いて、まず部屋の掃除をやりなおし、机の上を拭き、薔薇に水をやり、背筋を伸ばして忘れた事はないか考えて、それからもう一度聴き始めました。
声は柔らかく、芯に静けさを秘めています。それは侵しがたい透明さを持っていて、わたしはその声にふさわしい「わたし」でいることがたぶんわたしを幸福にする、そう直観し、ゆっくりと紅茶を入れました。そしてもう一度、最初から聴きなおし。
けして派手でもセンセーショナルでもありません。むしろ凛とした声は緑の光と静寂が似合いです。
声の後で奏でられているのはギターとリュートです。ストイックな音の構成が音楽を引き立てます。
タイトルとなっているアルフォンシーナとはアルゼンチンの女流詩人。海に自ら消えていった詩人は詩を残していきました。その詩を組みこんでアルゼンチンの作曲家と詩人が「アルフォンシーナと海」をつくりました。フォルクローレです。 続いてタンゴのビアソラから二曲。なんとシンプルで味わいぶかいタンゴであることか。
アルゼンチンの美しい歌が続き、ブラジルの歌、そしてラヴェル。プーランクのシャンソン「愛の小径」。ヴェルレーヌの詩につけた三曲。 そして最後に日本の小さな歌曲がふたつ。ともに武満徹作曲で、一方は武満さん自身の作詞。もう一方は谷川俊太郎さんの詩。
アルゼンチンの詩人の消えた砂浜から歌は始まり、最後に日本にたどり着きます。 「わたしは愛だけを抱いていく」ということばの元へ。
彼女の声は、古い透明なガラスのようでもあり。青いまっすぐな炎のようでもあります。声はメゾソプラノ。 孤独を思い、愛をおもうでしょう。光と影が風にさざめく柳の木の下の、揺れる薔薇にみとれてしまうように。
もし誰かがやってきたのなら、並んで何も言わずに静かに聴きたい音楽。 あるいは一人だけで聴けば「わたし」に出会える稀有な音楽です。
参照CD 「アルフォンシーナと海」(ワーナー) 歌 波多野睦美 ギター・リュート つのだたかし
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