| 2004年04月05日(月) |
A Day In The Life…「光函」覚書… |
2004年4月1日、拙著「光函」を出版することができました。 この場を借りて、この著作の制作に力を尽くしていただいたすべての方に御礼申し上げます。 また御買い上げいただいたすべての方に、感謝いたします。
今日も何人かの方に「光函」を送ることができました。具体的な作品名をあげての感想もいただきはじめました。普段ネットなどにはあまり触れておられない方たちからの感想もケータイからいただいたり、口頭でいただいたりしています。 嬉しいです。
ネットに書いてきた作品たち、それに先立つ30年前からの作品を「紙の本」とするアイデアは、ゴザンスにライターとして参加してからずっと持ちつづけていましたが、それをさらに2000年からネットで書き始めた作品の中に絞って考えてみたのは企画「100人の読む本」に参加を決めるだいぶ前からです。ですからどんな形にしろ「本」を作ろうとは決めていました。 そしてすべての作品を俯瞰してみたのです。
すると、ある時期から自分の関心が自然と「光」へと向かっていることに気がつきました。それは本書の「あとがき」にも書いた、京都・嵯峨野の鹿王院というお寺の縁側で、まったくの独りで佇んでいたときに感じた「光がある」という感覚を覚えてからです。目には見えないけれど「ある」と実感できるもの。そのような光にそれから特に注意を払うようになりました。
宗教的なシンボルとかではなしに、むしろ画家のような態度で光を見ていたと思います。まるでスケッチをするように。すると、生活の中に光は溢れていたのですね。画家の光への態度も参考にしました。フェルメールやワイエス、バルデュスなど。 そうして、生活からそういうモノを一つ一つ拾って作品を作っていきました。 日の出から夜の月まで、人工の灯りも含め、街と人と植物と猫と犬と…みな光のなかにいたのです。
この本を作り出すときに、その流れを強調すべく一日の朝から夜までを記す形にするように配置を考えました。しかし、コンセプトというものが作品のよい部分を削ってしまわないように、あえてその並びを書かず、厳密にもしないで、読んだ方に感じていただけるようにしました。
で、ここに至るまで、ゴザンスに書く作品も、ほとんどが婦人公論への投稿作品(入選作品)である詩もすべて「光」を意識して書きつづけました。 その作業は「光函」を作っている最中まで続き、最後に「便り」という作品をこの「光函」のために書き、そしてそれを全部書きなおして作品は揃いました。 「便り」以外のオリジンはほとんどネット上で読めますが、詩のいくつか以外はすべてリライトされています。形を変えるほど書きなおしたものもあります。正直に言って、紙の上になって初めて見えてきた欠陥もありました。
ところで、素敵な表紙絵を描いていただいた竹林さんとはネット上でお互いの作品を知りあったのでした。 竹林さんはぼくの作品をネット上で読みつづけてくれていて、ぼくは竹林さんの作品を高島屋での若手の展覧会や新鋭選抜展などに観に行っていました。 一度もお会いしたことはありません。 会っていない、ということでしたらゴザンスの杉本さんとも一度もお会いしたことはありません。すべてメールの交換だけです。 「光函」はネットだけで生み出された作品です。 ネットそのものが「光函」なのかもしれませんね。
また、ぼくはモノを書く時に音楽をかけっぱなしにする癖があって、「光函」のリライトとか作品を集めだとした段階ではビートルズの「A Day In The Life」をウエス・モンゴメリーのギターで聴き続けていました。 作品の流れを強く意識づけるためもあって…。
ところが初校が始まるころから、ぼくの背後や頭の上からは音楽が消え、紙の上のペンの音、パソコンのキーボードの音だけになりました。 まったくの無音。 モノを書く自分が「Life」になった瞬間だと感じています。
そして今日はコンビニの店長さん(彼女も貴重な読者です)から、「わたしは『缶詰』がすきやなぁ」と言われました。嬉しかった…。 夜の通り流れ出る店の灯りを見ていて、お店が彼女の「光函」のように思えましたね。 そして、今、こうやってPCの前でキーを打っていると、PCもまた「光函」なんだなと思います。 画家たちのキャンバス同様の。
最後にもう一度、編集制作にかかわって下さった皆様とゴザンスのライターのみなさんににお礼を申し上げたいです。 あらゆる意味において、皆さんがいなければこの本はできませんでした。 本当にありがとうございました。
そして、この本を手にとられたかたが、ひとりでも光を感じられますように、 願っています。
西原正WebSite http://www2.ocn.ne.jp/~waltz
|