やっぱり涙腺がたいぶ緩くなっているのかもしれない。 本屋の立ち読みで不覚にも泣きそうになってしまった。 本は「夜回り先生」書いた人は木村修さん。教師です。 たぶん本屋さんに平積みしてあるんじゃないかな。
要約すれば夜を徘徊する少年少女の指導。シンナーなどのドラッグの世界から引っ張り出す。 暴走族や暴力団にひとりで交渉にいってそこから引き戻す。 それを単独でやっている先生のお話。
はっきり言って無茶。無謀。警察からも「あんたいつか頚動脈切られて死ぬか、おもりつけて港に沈められるぞ」と言われている。
木村先生をここまで駆り立てる動機を読んでグラっときてしまったんだ。
それはマサフミという少年の話。 極貧の母子家庭で母親は病気で働く事ができない。最低のぼろアパートに住んでいて、無知から生活保護の存在すら知らなかったという家庭。
食べられないから、給食のおばさんには「犬を3匹も飼っているから」と言って給食の残りを、スーパーのおじさんにはあまった弁当を分けてもらって それで母子で食事をしていた。
ところがそれをクラスの連中が嗅ぎつけて、酷いイジメを始める。犬が食べるのならこれでも平気だろうといってパンを靴で踏みつけたり…。そういうやりかたで。 それでもマサフミは頑張った。しかし、イジメは延々と続いたんだ。
と、そこで見るに見かねてイジメるやつらをコテンパンにやっつけて、マサフミをイジメから解放したのが、同じアパートにすんでいた暴走族の少年だった。
当然のようにマサフミは暴走族に加わっていく。根が優しくてまじめだったマサフミは、自身の中でも葛藤があり、暴走族のやっていることに対して、また相変わらず苦しい生活について悩んでいたという。 そしてシンナーに手を出す。木村先生はそれに気づいて、やめとけよと声をかけてはいたという。
そして、ある夜。マサフミが一晩でいいから泊めてくれ、と木村先生のところへ訪ねてきた。 それを何かの理由で断った。そりゃそうだ。あまりに突然だもの。 帰っていったマサフミはその晩、ダンプカーの前に飛びこんで死んだ。
たぶんラリっていたんだろうね。 最後はヘッドライトの光をまるで抱きしめるようにして跳ね飛ばされたんだという。
木村先生が「夜回り」を始めたのはそれからだ。
このマサフミのことをぼくは責める事ができない。 あとからならなんとでも言える。 マサフミに寄り添うようにしてケアする大人はいなかったのだ。
大人たちが子供たちを滅茶苦茶にした。 何がバブルだ。何が失われた十年だ。 何が勝ち組だ。何が負け組だ。ふざけんな。 その時に子供時代を過ごした連中を見てみろよ。
木村さんを「いいカッコしい」というのは容易い。 だけど彼は実際に少年少女を助けている。 誰もが木村さんのようにはなれないのも事実だ。 しかし、傷だらけの子供の魂に おとなは 寄り添うことさえできないんだ。
本を汚すといけない、と思って慌てて本を戻して本屋を離れようとしたら 横にいたおばさんが一人、じっとぼくの眼を見ていた。 彼女も読んだのかな。
ぼくはゴザンスに漢字の横の線が抜けてしまう人の事を書いた。作品ではかれは暴走族にバットで殴られた事になっている。 彼のモデルはぼくの学生のころの友人で、漢字の横線が抜けてしまうのは本当なのだ。ただ原因はシンナーである。
シンナーは一度やると潰れた脳細胞は二度とよみがえらない。 彼は崩れていく自分をたてなおし、大学の入試を突破するほどにまで回復したけれど この後遺症は一生ついてまわるのだ。
だけどマサフミは辛かったんだろう。逃れたかったんだろうな、と。 「光を抱くように」という下りから先は読めなかった。
この本にこう書いてあった。 「マジメなやつほどマジメにドラッグをやり、きっちりしたやつほどきっちりと壊れていく」 これはほんとう。
そんなやつをぼくも何人か知っていて、もうみんな故人になった。 …。
明日、この本を買いに行きます。
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