デヴィッド・シルヴィアンの「blemish」を聴いています。 たぶん今年のベストアルバムに選ぶひとも多いと思います。彼の「低い声」は健在。詞はますます内省的。音楽は…フリーキィといえばいいのかな。
共演がデレク・ベイリーというギターのインプロヴィゼイションの第一人者。彼と三曲。それとラップトップアーティストのクリスチャン・フェネス。ラップトップアーティストといのは簡単に言えばPCを使いこなしてエレクトロニクスの音響で表現する人。ジャズでは今多くて、ハービー・ハンコックのグループやいわゆる「エレクトリック・マイルス・フォロワー」とでも言うべき人たちのステージには必ずいます。その彼と一曲。あとは全曲、彼自身のパフォーマンスです。
さすがに音は切れまくってます。研ぎ澄まされたナイフのような感覚。狭義の「音楽」をイメージするのではなく、音そのもののある空間に想像力を羽ばたかせておくと、おもしろいです。
そう、音楽ではなくて、氷の中を歩いていたり、水の面がぐわんと曲がるような姿を思って音を経験する、という感覚です。 だから、声と言葉がとても大事で、まず、対訳にあたって、というところが辛いですね。
ほとんど即興演奏なので、そうやっているうちに抜け落ちてしまうものがある気がします。 だから、意味が曖昧でもとにかく聴く方が先です。しかも、聴きながら「なんだろう」では音楽に置いていかれます。
その場で体験することること。この音楽はそれを示唆しています。「なぜ」「どうして」を「今」考える必要はない。「今そのもの」を経験すること。 そういう時間への向き合い方は実はとても大事な事だと思います。 探るよりも出来事そのものを受け入れる、というか。
音楽でそれを表現するわけです。 この考え方は、実は大きな分岐点じゃないか、とぼくは考えはじめています。
たぶん、年が明けてから、いろんなところにこの事と同じ流れの出来事を書くと思います。
ところで、今年のベストアルバム。うむむ、どうですかね。 素直にSEALとスティーヴ・ウィンウッドは入れときます。
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