今日から、本づくりの作業を具体的に開始した。 自分でこれは、と思う作品を挙げていって目次をくみ、出せるものは全部プリントアウトしてみた。
どうだろう、量が少ないかも知れない。 それにプリントアウトした紙の上では、作品が全く違った顔を見せる。 考えて見ればあたりまえなのだ。紙はスクロールできない。ページを繰っても消えてはくれない。
溜息。
訂正加筆は当然と思っていたけれど、素材は使うけれどほとんど全部、書きなおしに近いんじゃないか。それほど「穴」が見えた。 紙媒体になって、それでもこれ以上は直せないと思えたのが、婦人公論での入選作の三つだけ。さすがに…。
そういえばこれはB4の原稿用紙指定だった。 紙に書かないとだめだな。PCで作るのは良いけれど、一度プリントアウトしたものを読まなければわからない、というか見えてこない部分がおおいに「ある」。
紙媒体にして「読者」になってわかる事。これがとても貴重。 「胡麻屋の辻」という作品にしても、前後3つの詩で一つになりそうだ。
だけどもっともっと作り変える事ができるはず。 ゴザンスの800字、ブログにまで手を広げて素材を拾い出してもう一度磨きをかけていかないと。
だけど、さすがだなと思うのは、やはりそういう「スキ」の無いものがコンペで選ばれているということ。選者の眼は誤魔化せないということ。
それに自分のタイプがはっきりとわかった。それを知るだけでも本を創り出した意義はあったというもの。あとはひたすらよい本に仕上げるのみ。
一つずつつぶしていきます。
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