散歩主義

2003年11月08日(土) 京都

ついさっきまで来客7名。
この時間に一人になりました。

夜の散歩をどうしようか迷っているところです。
実は今、夜の散歩がとてもいいのです。

どこを歩いているかというと妙心寺の境内です。
大きなお寺で伽藍もしっかり残っています。
ここを北から南へ突っ切るんですが、昼間ははっきり言って生活道路
に使う人もいて、車こそ走らないけれど、妙にざわついているんです。
もちろん、たくさんある院の中に一歩でも入れば、禅寺独特の
きーんとした空気が漂っていますが。

境内は通りぬけ自由なので、夜も歩けます。
特に月明かりの夜は壮絶なぐらい美しいんです。
昨日の晩も凄かったです。

月に照らされた空と月明かりの影になった大伽藍。もちろん空っぽの古い本堂の屋根裏に、しかし誰かが浮かんでいそうな気配。
そんななか、石畳を踏みしめて歩きます。

昔は、今のような街灯がなかったので、それこそ真っ暗。真っ暗な闇の中に点在する各院にはそれぞれ僧がいるのですが、その気配すらしなかったのです。
闇のなかに立ち尽くして耳を澄ますと、こそりとなにかが動いているの音が聞えて、おお、人がいる、と驚くような闇でした。

今はずいぶん明るくなりました。それでもまだ灯は少ないです。時折、帰りが遅くなった高校生や仕事帰りで帰宅を急ぐ人なんかが、ちょうど近道として、それこそ矢のように駆けていきます。

そんな人が行き過ぎると、またしん、として闇がじっと染みてくる感覚です。
時々この闇は1000年動いていないんじゃないかと感じます。
日々闇が繰り返されるんじゃなくて、千年前の闇の眼のようなものがじっと見つめているような感覚。

京都には古い寺がずいぶんありますが、昔の人がいる、と感じるのことが多いですね。そのままそこにいるのではなくて、「いる」と思うとたちどころに現れてくるような。

時間の実在の感覚を言葉にするのは難しいけれど、時間が見えるような幻想、結構好きなんですよね。ほんとに見えているように思えるんですよ。
お寺というのは不思議な空間です。

さあ、どうしようかな。


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