ばらばらに散らばった雲と北風が空を乱雑に掃除したので 光だけが傷だらけの裸になって降っている
時速30kmで走る 目は痛く 血は踊り
なぜって 知ってるからさ 君が抱いたぼくの胸には うすく肋骨が浮いてたろ あのころ ぼくはほんとうに風を経験した 追うものでも向かうものでもない 風そのものを
ときは過ぎて 思うことにかまけすぎて ぼくは風ではなくなった ところがまた 風になれるチャンスが訪れた
白い光の 路地から路地へ 風に追われたり向かったりして 詩にあいにいく
あいにいくと含み笑いの店員が 他の店員と目配せして 詩を手渡してくれた 詩集を注文して引き取るたびにこの書店は ぼくを祝福するようだ
ちらりと見た表紙は火が燃え盛っていて それを死体と思うほど燃え盛っていて タナトス だ とつぶやいて
下に降りて自転車にまたがる前に 1階の書籍を眺める。 タナトス 緑の遺稿集 まるで辞書のような装丁の CDまでついていて
それをしずかに本棚に戻す(おかえり、という言葉がなぜか口ついた) なぜって 知ってるからさ 君がぼくを抱いたときに耳を破るほどの音量で部屋を揺らしていたのは 彼の声だから
裸の街 雨上がりか 強風の日か 彼のために ぼくは口を閉じた 一散に バイクで駆けた
パソコンを開き ほったらかしにして (タナトス) 衝撃の一行目を読む
その朝 わたしは修羅に着いた
こうして詩は始まった 長い彼女の「喪」ノローグを ぼくはなぞり始めた
**「箱入豹」 井坂洋子・著(思潮社)
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