| 2003年10月13日(月) |
「一生懸命」と「一所懸命」 |
たいていの人は「一生懸命」を使うし、語ると思います。 だけど目標をもし立てたとしたら、「一所懸命」であるほうが、事を成しやすいと思います。 と、いうような言葉に今日、出会いました。うすうすは前から感じていたことなんですが、二つを並べると違いがはっきりとわかりますね。
落語の真打ちの披露とか歌舞伎の口上なんかで、舞台にはっと手をつき、「このたびわたくし…うんぬんかんぬん…一生懸命頑張りますので、よろしく御引き立てのほどを」なんて言うわけですが、ぼくはそこでも「一所懸命」というのを聞いたことがあります。誰だったは忘れましたが。 で、「一所」のほうが素直だし、そう思っていればできそうだなと思うんですよね。
「懸命」とは「いのちがけ」でやる、ということですね。されだけ頑張るということですが。 それが「一生」なのか「一所」なのか。 「一生」はきついです。挫折の匂いがぷんぷんする。最初からカタチだけの言葉のように聞こえてしまうんですよね。 「一所」とは今、足元のことをコツコツやっていく、ということです。「ひとつのところ」を徹底して頑張る、ということです。
目標が小さいのなら「一生」頑張らなくてもできてしまうけれど、目標を大きく持たないと達成するしないは別にして進歩があまりない。 で、大きな目標をたてると。 だけれど、それに「一生懸命」だと、疲れてしまうと思うんですよ。心と身体がもたないと思う。
目標が大きければ大きいほど足許にこだわる。「今、そこ」のちいさな事を懸命にやり遂げる。そのほうが目標に実は確実に、速く近づいていくと思うんですよ。
禅宗の教えに「黒い石の上だけを歩け」という言葉があります。 長い道のりのゴールにばかり思いをはせて、肝心のあしもとを見失うな、という意味です。1歩1歩、足を踏み出す所をきちんと見定めて、確実に踏んでいく。 そのことが大事だ、と。
あまりに遠いゴールや到達点だと、気持ちが萎えてしまう時がありますよね。 ゴールや目標はあくまで高く、一度、設定して頭に叩き込んだら、もう足許だけを見つめていく。 そんなことを思った一日でありました。
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