正確には”Easy Rider”と書くのをわざわざ”EZY RYDER”と書く。
今の若い子達が”for you”を”4 you”と書く「はしり」は1960年代末のジミ・ヘンドリックスがやりだしたこと。 なまった発音のまま表記してしまえというやり方。
そのことに意味をもたせて、意図的にやったのがグレイトフル・デッドの”Amerika”という表記。 これは当時のヒッピーはじめ、カウンターカルチャーの連中が好んで使ったと思う。 もうひとつのAmerica。つまりAmerikaというわけだ。
いつの時代も「ここではないどこか」というものが願われ、それは常に「ここしか無い」という着地点に辿りつく。 「戻る」んじゃなくて「辿りつく」。同じ「ここ」でも、意味が変わってしまっているんだ。
「ここではないどこか」なんてどこにもない。 だけど「ここ」は変わりつづける。 「どこか」を忘れない自分が変わりつづけるからだ。
映画「Easy Rider」の冒頭。ステッペンウルフの”Born to be wild”があまりにも有名だけど、あの映画の中で最初にかかるのはジミ・ヘンドリックスの演奏なんだ。
あとはザ・バンドとザ・バーズの歌かな。
むかし、京都に留学に来てた女のこと”nishihara”の表記をいじって遊んでたら、「それ、『にぃすぃはら』。それだめ」と笑われた。 さて、どこをどう変えたでしょう?
ぼくはぼくからは離れられない。 そんなことも、あえて信じない時期があった。 過去も抱えてまるごと前に進む りきまなくても変わるのはあたりまえ。 わかっているのにね。
EZY RYDER Ridin‘ higher…
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