散歩主義

2002年12月23日(月) ミネルヴァのフクロウ。

ヘーゲルの有名な言葉に「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」というのがあります。これは、ある一国において富みの衰退期にこそ優れた学問や芸術が出現することを言ったものです。「ミネルヴァ」をみずからの組織の名前とするところもあります。

昨日、梅原猛さんが、このヘーゲルの言葉を引いて「創造」にかかわるものを叱咤するコラムを書いておられました。いったい戦後の経済的繁栄時代になんの文化を残してきたのか。もう繁栄の時代は過ぎ去って権力の虚しさだけを感じる国家と成り果てているとしか思えないという指摘から始まっています。

そして江戸時代の俵屋宗達、葛飾北斎のような世界の芸術家を驚嘆せしめるような芸術を戦後日本において誰が残したか。文学においては柿本人麻呂や紫式部、松尾芭蕉のような芸術を残した人がいるとは思えない。
戦後の日本は富みて精神は下劣になった、と。

梅原さんの言葉はいつも躊躇なくズバリと踏みこんでこられるので、反論もあるでしょう。ぼくもその通りかなと思います。ノーベル賞を別にしても、川端康成や三島由紀夫、大江健三郎…そうそうたる文学者がいます。だけどそこで、ふっと思ったのです。梅原さんはもっともっと「大衆」に根ざしている文学を考えているのではないか。
かつて、文学の可能性は大衆文学にしかない、と書いておられこともあったので。
文学として、むしろ「ウタ…唄」を想定しておられる気配すらするのです。

……。とまれ、状況をざっとまとめて、「しかし」とおっしゃる。
「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」と。今がチャンスだとおっしゃるのです。

ただし、条件があって『学者や芸術家は孤独に徹しなければならない』。
『とかくメダカは群れたがる』とは小林秀雄の言葉ですが、その小林秀雄も『日本という波風のたたないちいさな池に泳ぐメダカの親分だ』とばっさり。

梅原さんの叱咤激励は次のような言葉で締めくくられていました。
『時代の崩壊を告げる荒波のなかに身を置いて、孤独に徹して人間の行くべき道を考え、それを色や形や言葉で表現するしか創造の道はひらけないのではないか』

きょう知ったリルケの言葉とあわせて、その前のめりぶりに共感を覚えたのでした。
リルケの言葉
『書かなければ死んでしまうかどうか。それくらい書くことに執着がなければ文学はできない』


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