今日もそうるはバイトやと思ってた。実際そう言ってたし。 でも昼前に。いきなりそうるから電話がかかってきた。 「昼からバイク乗って桜でも見に行かへん?」って。 あたしはもちろんびっくりした。だってバイトやと思ってたから。 「え。バイトちゃうかったん?」って聞き返したら。 「前代わってあげた友達が代わってくれてん。」とのことやった。
あたしは嬉しくて。かなりかなり嬉しくて。 ほんまに単純やなって笑えるけど。昨日までのイライラは消えてた。 久しぶりに2人になれる。バイクにも乗れる。そう思っただけで。 モヤモヤした霧が一気に晴れて。青空が見えた感じやった。
なんて単純なんやろう。こんなんやからそうるがつけあがるんやん。 今以上アイツを調子に乗らせてどうすんねん。もうちょっとぐらい強くなれよ。 そう思ってみるんやけど。弾んだ胸は押さえることができんかった。 あたしが2人おるみたいやった。心が2つあるみたいやった。
30分ぐらいして。そうるはバイクでやってきた。 そうるのバイクがあたしの家にやってくるのも久しぶりで。 部屋からエンジンの音を聞いただけで。忘れてた感覚が戻ってくる気がした。 階段を駆け下りる足どりは。笑ってまうくらいに軽かった。
いつもみたいにバイクに横向きに腰掛けたそうるは。 初めて見る薄いグレーのジャケットに。いつもの黒いパンツを履いてた。 「あージャケット買ったん?」って聞いたら。 「おぅ。さすがにもうダウンコートじゃ暑いしな。」って笑ってた。
別にしばらくぶりに会うってわけじゃない。練習でずっと顔を合わせてる。 それやのに。あたしの前におるそうるは。ちょっと違う人みたいな感じがした。 サークルでみんなと一緒におるんじゃなくて。あたしのためだけにそこにおる。 そっか。あたしは今日この人を独り占めできるんや。 今日はあたしだけのそうるでおってくれるんや。 そう思ったら。満たされた気持ちが胸の奥からじわーっとこみ上げてきた。
いろいろ難しいことを考えつつ。結局あたしは寂しかったんやと思う。 物分かりのいい大人になろうとしつつ。そうるのことを1番に考えようとしつつ。 あんまり必要とされてないような気がして。寂しかったんやと思う。 2人でおる時間が少なければ少ないほど。あたしの頭の中はそうるでいっぱいで。 それやのにそうるは。それにすら気づいてない感じやったから。 なんでやねん。あんたは寂しくないんかい。平気なんかい。 そう思えば思うほど。寂しさが増してたんやと思う。
バイクに乗って。久しぶりにそうると体を密着させて。 大好きなその匂いを胸いっぱいに吸い込んだら。 くすぶってたあたしの細胞全部が。幸せでいっぱいに膨らんだ。 もういいや。思いやってもらえなくてもいいや。 こんな幸せな時間を共有できるんなら。それだけでいいや。 バイクを走らせるそうるの背中を抱き締めながら。あたしは確かにそう思ってた。
昨日までのあたしが聞いたら激怒しそうなことやと思う。 そんなんやから堂々巡りなんやん。根本的に何も解決してへんやん。 またすぐにいろいろ不満になるで。ちゃんと言いたいこと言わなあかんやん。 イライラしまくりやったあたしは。簡単に幸せになったあたしにそう言うやろう。
それでも。そのときそのとき感じた気持ちに嘘はないから。 イライラしてたあたしはほんまやし。簡単に幸せになったあたしもほんまやし。 せっかく感じられた幸せなんやから。余計なことを考えんとそれに浸りたかった。 いろいろ考えすぎて疲れたあたしは。もう単純にそうるを信じて甘えたかった。
あたしの家からバイクで10分ぐらいのとこに。桜がキレイに咲いてる道があって。 「あれはきっとキレイはず。」って言って。そうるはそこにバイクを向かわせてた。 「バイクで突っ走るのはもったいなくない?」ってあたしが言うと。 「あー確かに。じゃあ歩くか。」って言って。そうるは道の入り口のとこでバイクを停めた。
そうるとあたしが一緒に歩くとき。いつからか並び方が決まってた。 右側がそうるで左側があたし。特に示し合わせんくても。いつもそうなる。 あたしは。自分の右側に人がおる方が安心するんよね。 そしてそうるにとっては。自分の左側に人がおる方がしっくりくるんやって。
何気なく歩き出したときに。そうるがたまたまあたしの左におって。 「あ、逆や。」って言ってあたしの右に回りこんだんやけど。 それもあたしには。なんとなく嬉しいことやった。 2人だけのルールを思い出して。くすぐったかった。
道の両側に咲いてた桜は。それはもう見事なまでに満開で。 青空をすべて覆ってしまうぐらいに。一面はピンク色の世界やった。 「ひゃーめちゃめちゃキレイ!」「やっぱ春は桜やなぁ。」 そんなことを言いながら。2人で並んでゆっくり歩いた。
実はこの春。そうるとあたしが並んで桜を見るのは2度目。 と言っても。そんなたいしたお花見をしたわけじゃなくて。 練習が終わった後のグランドのそばで。あんまり桜がキレイやったから。 「ちょーしばらくお花見しようやー。」ってそうるが提案して。5分ほど見ただけやけど。
近くの自販機でポカリを買って。ジャージ姿のまま座り込んで飲んだ。 「あーあ。これが酒やったらええのになー。」って言うそうるに。 「あほぅ。それじゃ昼間から飲酒運転やん。」って嗜めるあたし。 頭上に広がるピンク色の花びらは。めちゃめちゃキレイやった。 それはやっぱりそうるには似合わんかったけどね(苦笑)。
「この桜キレイやー。うちはこれぐらい濃いピンクが好きやなー。」 「えーそうかー?梅ならともかく、桜はやっぱり薄いピンクの方がよくない?」 「・・・だってうちパステル系は似合わんのやもん。」 「あー確かにあんたに合うのはこっちの濃いピンクかもな。」 「ビビッドカラーと言ってくれ(笑)。」 「てゆーか極彩色(笑)。」
しょーもない会話さえ。そうると交わすならすべて楽しくて。 柔らかい春の日差しと。ピンク色の桜たちが。 あたしとそうるを優しく包んでくれてる感じがして。 のどかで。穏やかで。たった5分でもめちゃめちゃ満たされた。
「・・・どしたん?」そうるに声をかけられて我に返る。 いろんなとこに意識がトリップするのはあたしの悪いクセ(苦笑)。 「あーこの間の桜を思い出しててん。」あたしはそのまま答える。 「あーあれ。あれもキレかったよな。」そうるはちょっと目を細める。 「でもこんなふうに道の両側に咲いてるとアーチみたいでええよな。」 「確かに。ちょっと豪華やんな(笑)。」
たまにはこーゆうとこを2人で歩くのもええなーと思ってると。 あたしの右手に。柔らかい何かが触れてきた。 え・・・と思って見ると。そうるが手をつないでくれてた。
びっくりしてあたしは思わずそうるの顔を見る。 だってそうるは。人前でこうやって手をつないだりとかほとんどせーへん。 くっついて歩くことはあっても。あたしがそうるの服の袖をつかむ程度で。 そうるから手をつないでくれるなんて。ほんまに数えるほどしかないはずやのに。
「たまにはええやん。ロマンチック全開も。」 「それにあんた好きやろ?こーゆうの(苦笑)。」 そうるの口から出た言葉は。呆れるほどロマンチックとはほど遠かった 「なんやねんそれ(苦笑)。」あたしは照れをごまかしてちょっとふくれた。 相変わらずにやにや笑って。あたしの反応を楽しんでるそうるを見ると。 またそうやってあたしをからかうんかいーって思ったけど。
触れられた指先は。嬉しくて泣いてた。 トクトク伝わってくる体温が幸せで。声をあげて泣いてた。 そうるの手はひんやりしてて冷たいのに。あたしの指先はどんどん熱くなった。
触れ合うなんて今さらやのに。なんでこんなことで泣きそうになるんやろう。 手をつなぐなんていう何でもないことが。なんでこんなに幸せなんやろう。 あほや。あたしほんまに正真正銘のあほや。だっておかしすぎる。 付き合い始めのラブラブカップルでもないのに。なんでこんなに嬉しいんやろう。
そう思って。自分でも扱いきれん感情を抱えて。ちょっとうつむいて歩いた。 ヒラヒラ舞い散る桜の花びらは。あたしの幸せな涙みたいやった。
ねぇそうる。もう長いことあんたと2人きりになってなかったやん。 バイトバイトで忙しそうやったし。体調まで崩してしんどそうやったし。 一緒におりたい気持ちはいっぱいあったけど。あたしは遠慮して誘わんかった。
会いたいのに会えん寂しさを埋めるように。 あたしはあんたとの幸せな過去にばっかり思いを馳せてた。 あんなに大事にしてもらってたやん。あんなに愛してもらってたやん。 だから大丈夫や。きっと何の心配もいらんはず。 そう思っては。どうにか自分の気持ちを落ち着かせてた。
それでも。たぶんそろそろ限界やったんやろうね。 情けないけど。もういい加減あたしは欲求不満やった。 ただバイクの後ろに乗せてほしかった。 キスしてほしかった。抱き締めてほしかった。 そういうあたしの気持ちを。あんたが分かってへんことが不満やった。 あたしと同じように。あんたも欲求不満になってへんことが不満やった。
あたしばっかり欲しがってる。あたしばっかり愛されたがってる。 あんたはそんなに強く望まんでもあたしに愛されてるくせに。 あたしばっかり物欲しそうに指を咥えてるみたいでかっこ悪い。 そんなちっちゃなプライドが邪魔をして。甘えたい本心を見せられんかった。
でもね。そうる。あんたはこんな絶妙のタイミングで。 あたしの寂しさを一発で救ってくれるようなことをやらかす。 人前でちゃんと手をつないでくれたこと。そう。ただそれだけのこと。 たったそれだけのことで満たされるあたしは。ほんまにお手軽やろ(苦笑)。
それがあたしのためやって言われて。 なんやねん。あんたは手つなぎたくないんかいってちょっと思ったけど。 押し付けかよって思う反面で。あたしを思いやってくれたことが嬉しかった。 あたしの望むカタチを考えて。それを与えてくれたことが嬉しかった。
そっか。あんたのひんやりした指先に触れられたのに。 あたしの指が熱くてしょーがなかったのは。 あんたの指先から。あたしへのあったかい愛情が伝わってたからなんかもね。
「・・・また始まった。ロマンチック思考。」 あんたが苦笑いして言う姿が。ありありと目に浮かぶわ(苦笑)。
明日の日記で書けたら書こうかな。久々にのろけちゃおっかな。(←あほ。) |