ミドルエイジのビジネスマン
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7月2日に母の妹が亡くなった。5日の木曜日に営まれた葬儀に参列してきた。幼い頃は従兄弟と本当の兄弟のように面倒を見てもらった。毎日のように遊びに行って、従兄弟が居なければ勝手に上がりこんで漫画の本を読んだりしていた。長じてから顔を見せに訪ねて行くと、いい大人をつかまえてやれお茶を飲め、やれ菓子を食えと、断るのに難儀するほどほど勧めてくれたものだった。几帳面で、家の中をピカピカに磨き上げていた良き主婦だった。
もともと小柄な叔母だったが、棺の中でさらに小さくなって眠っていた。葬儀場には従兄弟の会社の人が5〜6人と、親戚縁者が30人ほど集まった。従兄弟にとっては年老いた母を見送るにふさわしい規模だったのではなかろうか。儀式は生者のためにも行われているのであって、祭壇の花や弔電の送り主が、従兄弟が社会的に立派な地位を築いていることを親戚一同と近隣の人々にそれとなく再確認させていた。
従兄弟の姉は10日以上も病院に泊り込み、げっそりとやつれ果てていた。考えてみれば彼女も、幼い私が世話になった頃の叔母の年を越えている。昔のイメージをそのまま抱いていた郷里の人達も改めて顔つきや姿勢を見れば中年を迎え、若き日に戦争で例外なく運命を変えられたその親の世代は次々とこの世を去っていく。
参列者の後方の席では、時々、幼子がまだ言葉にならない声を上げて母親にあやされていた。亡くなった叔母の曾孫だという。老いた叔母がこの世を去り、営々と紡がれた命が曾孫まで連なって見送る。苦労の多い一生ではあったが、男前の旦那と結ばれ、器量の良い娘と出来の良い息子を育てて、まずまずの人生だったのではなかろうか。
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