written by 田村 MAILHOME
#何だか解らないまま過ぎて行くのですが
2004年07月17日(土)

最悪な一週間だった。


訃報を聞いたのは水曜日の午前10時だった。


「お前葬式どうするの?関係者に言った?」


コールセンターのW林さんに言われたが、最初は何を言っているのか分からなかった。そもそも葬式ってなんだ?「え、知らないの?」知りません。「ほら、あの、Mさんの・・・」だから知らねって。「ああ、んじゃいーや、またあとでいいよ」よくねーよ。何?ご家族?違うの?じゃあ誰?本人の訳ないし。「・・・あぁ」

何言ってるんだろうこの人は。んなわけねぇじゃん、M支配人が。この前まで元気だったし、確かに最近休んでたけどまた普通に復帰すんでしょ?適当なこと言ってんじゃねーよおっさん。と思ったが否定されない。何言ってるのと思い、不意に泣いてしまった。現実感はまったくないから、驚いただけなんだろう。ちょっと恥ずかしかった。

午前中は本当に最悪だった。PCに向かってもボケっとしてるし、なんだかよく分からないままだった。昼食でラーメン食べてる時も駄目だった。食べながら泣きそうになってしまって何だこりゃと思った。午後も同様。夕刻になってようやく正式な訃報がメールで流れる。その際、発信者がミスり少しモメていたようだ。こんな時にミスるなよ馬鹿。

M支配人と私は直接的な仕事の絡みはなかったが、同じフロアにいた時にはお世話になった。仕事は出来るが、何よりも人柄の人だった。周りへの気遣いは細やかで、皆その人柄に着いて行ったのだろう。偉い人のはずなのに随分気さくで、役員であることを忘れさせられた。そもそもこんな偉い人なのに、個室じゃなくて目の前に、見ようによってはフロアの隅に追いやられてるような場所が席でいいの?新興部署でそんなレイアウトなんてまったく考えてなかったのだろうけど。よく健康器具を買ってはそこで試していた。

憧れを持っていたが、まだ私にはお役に立てる力がない。その後私は別の建物へ移ってしまいなかなかお会いする機会がなかったが、私にとってのホームはずっとその支配人の居るフロアで、今でも「あっちの建物に戻る」という表現を使いそうになってしまう。いつか戻って一緒に仕事が出来ればとずっと思っていた。こんなすごい人と仕事一緒にやってんだよと、自慢したかった。戻れなかったし叶わなかった。

今何か語ると、全部過去形になってしまう。現在形では日本語として変なのは分かっている。「すごい人だ」じゃなく「すごい人だった」になってしまうんだよなあ。いや今でも十分すごいんだけど。亡くなった方に対しあれこれ言うのは後の祭りで想像の域でおこがましい、記憶の一層の美化または軽視を幇助してしまうんだけど。

帰りはW部長が家まで乗せて行って欲しいというので一緒に帰ったのだが、周りに誰も居なくなったところで突然「見ろ、Mさん死んじまったよ!」と言い放った。おいおいおっさん、まあ死んじゃったんだけどね。普段からこんな口調の人だが、訃報について口に出す人ではなかったので、余程衝撃が大きかったのだろう。言葉尻は酷い言い草だったが、きっとこの人なりに気を使った上での発言なんだろう。そうですね、残念ですと言うと、吐き棄てるように「仕方ない、寿命だ寿命」その通りだと思います。

家に帰ってからも何人かと電話したが、皆私以上に思い出の多い人ばかりで、色んな話を聞いてしまった。どれも支配人らしいエピソードばかりで、思い出してばかりで、ねえ?

翌朝、部署で訃報に関する発表なり何かあるかと思っていたが、そういったものはまったくなかった。よく考えたら他部署のことだもんな。うちの部署には関係無い。訃報で朝礼、っていうのも普通はないよなあと思ったが、やりきれなさが残る。そういえば昨日は私が一人だけ勝手に取り乱してしまっていたな。周りの人は冷静に見えた。周りが大人だったからか、本当に無関係だったかどっちなんだろうと愚にもつかないことを考えてしまった。思い入れの差か。

迷惑だと思いながらも、お顔を見に行くため、一緒に行く人が居ないか一報をくれたW林さんにお願いすると快く引き受けてくれた。18時ぐらいに出るはずだったが、一緒に行く人が会議やら何やらで会社を出たのは19時30分を回るぐらいになってしまった。向こうにも迷惑だし、早くして欲しかった。集まってみると皆正装で、一人だけカジュアルで失敗したと思った。

道に迷いながらも20時前に到着する。閑静なところで、玄関前まで来ると灯りが点いた。家の人が気付いてくれたのかなと勝手に思っていたが、どうも人が来ると感知して自動で点くものらしい。大人7人がボケっと玄関前で立ち尽くす。あ、これ単純に点いただけじゃん?とようやく気付き、呼び鈴を押す。ドアが開き、中から奥さんと娘さんが迎えてくれた。遅い時間にすみません。ここで、ハンドタオルを車の中に置き忘れてきてしまったことを思い出した。折角準備したのに意味無いじゃん。

玄関からすぐ突き当たりを左に折れた先の和室に通される。支配人が横になっていた。ああ、支配人だなと思いながら顔を覗くと非常に安らかな表情をしていた。顔が少し小さくなっていた。

目の前に支配人が横になっている、奥さんと娘さん、一緒に来た社員の人たちは思い出話をする、たくさんの花、シチュエーションは決まってるのに、目の前に支配人が居るのに、どうも普段見かけていた支配人と目の前の支配人が結びつかないんだよなあ。あ、これ支配人?ていうか起きるんじゃね?というような。

また色んなエピソードを聞いてしまった。やっぱり「らしい」ものばかりだったが、聞けば聞くほど「死んじゃった」感が強くなるものばかりでもあった。死んじゃったことを雰囲気で迫られても哀しくはならないが、それよりも、たまに見かけるとアホな話ばかりしていた姿や仕事に向かった時の鋭い眼差し、格好良さなんか、もう触れることができないと思うと、いつかその輪の中に入りたいとずっと指をくわえて見ていたのにもうそれが叶わないと思うと、残念で哀しい。死んじまったんだな支配人。もっと話をすれば良かった。明日の通夜と明後日の葬式にも出席しよう。彼を送るイベントに参加しよう。そういえば支配人といえば他にも何人か居るのだが、私の中の支配人といえばMさんだけだった。ご自宅では泣かなかった。早く帰りたかった。

金曜、通夜に参列するため、着替えを持って会社に行く。とりあえず日中17時まではしっかり仕事をし、できるだけ速やかに会場へ行こうと思った。が、17時になって部長より至急扱いの資料作りが入る。「火曜の午前中までに」あ、はい「今日行くんだっけ?」ええ、そのつもりでしたが・・・「全然構わないよ、火曜の午前で間に合えばOKだから」・・・間に合う自信がないので資料を作ることにする。仕事だから仕方ない。しかし参列したかった。結局終わったのは23時近かった。それが昨日。

今日は、これから葬式に行ってきます。きっとエピソードなんか読み上げられて、それを聞いて泣いてしまうだろうな。目の前から居なくなるというのはいつだって寂しいものだ。こんな文章で申し訳ないです、ただ整理がまったくついていないので、何がなんだか分からないのです。なんだか分からないまま過ぎてしまいそうなのも非常に怖いです。とりあえず葬式行って、ちゃんと送って来たいと思います。




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