2004年11月28日(日)  ネガティブな イメージ心を 惑わせる


例のサイフを買っちまおう! と意気込んで雑貨屋へ。しかし、実はそのサイフはガラスケースの中に並んでいて、まだ一度も手に取ったことがなかったのである。まずは、お店の人に出してもらい、触ってみる。

うーむ。なんかしっくりこない。手になじまない。ということで、買わないことにした。私は、ガラス1枚隔てるだけで、そのモノが出す「何か」を実感できないタチなのである。

これでよかったんだか、悪かったんだか。

---

昨日の日記を読むと、まるで私の担当さんの言葉の選び方が悪いみたいだけど、まったくそんなことないっす(読んでるかもしれないので弁解)。私が勝手に落ち込んだりしているだけで、実際は本当に気持ちよく仕事させてもらってます。


ということで昨日の続き。

専門としてお金までもらってる分野に関してあれこれ指摘されるのは、凹むんである。特に私は凹みやすいタイプなので、「そこを指摘されたら、私にはもう何も残ってない! 私はちんけでゴミみたいだ!(そこまで言うか)」と、半ば自分のことが嫌いになるくらいまで落ち込むんである。

しかし、ここで凹んで前に進む自信を失うのって、めちゃくちゃ損だと最近思う。優等生みたなことを言うと、「他人の指摘というのは飛躍のチャンス」なのだ。「あ、そうか! 勉強になった!」と毎度明るく受けとめていれば、いつの間にやら成長していたりするものなのだ。「私はゴミ」なんて思う暇があったら、勉強しさらせ、つーことだ。


後ろを向きすぎるほど後ろ向きだった私が、こんな正論吐いちゃうほど前向きになってきたのは、他でもない相方のおかげだ。相方は、見たことがないほどの前向き人間なのだ。前向きと言っても、現実逃避型のオメデタイ系前向き人間ではなく、どんな負の出来事も自分の成長の糧にしてしまうタイプの地に足ついた前向きさんなのだ。

いやなことがあっても、ヤツの口から「どうせ…」とか「もうイヤになった」とか、そういうネガティブな言葉を聞いたことがない。そういう言葉を口にしないのは、言わないように我慢しているからではなく、そういう思考回路にならないかららしい。ということで、相方の精神状態は驚くほどいつも安定しているし、ヤツの人生はどんどんいい方に向かっていると思う。


そこで思うのは、ネガティブなことというのは、考えるだけでアウトなのではないかと。「ああ、私はなんて無能なのだ」とか「あの人は私を陥れようとしているのではないか」とか、そういう負のイメージを少しでも抱くと、次の分岐点で必ず道を間違える。そして一旦ドツボにはまると、しばらく誤った選択をし続けるように思う(今までの経験から)。そうこうしているうちに、方向修正が利かなくなってきたりして。

実際、ポジティブなイメージで心が満ちているときというのは、何が何でも前に進もうという気力がある。自分を成長させるために新しいことにも挑戦していこうというエネルギーに満ちている。


意識しなくても常にポジティブでいるのが理想だけど、29年間後ろ向きを貫いてきた私は、とりあえず、イヤなこととか心配なことはあえて考えないようにして、ネガティブなイメージが湧いてきたら、エイやと手動でポジティブモードに切り替える練習中である。

その甲斐あってか、昨日の日記で書いた「吟味者のコメント」に関しても、言葉尻を逐一悪い方に捉えて、人格まで否定された気にならず、「勉強になります!」と明るく受け止められるようになってきた。仕事の依頼が増えてきたのもそのお陰だと思う。ほら、いい方に向かっているではないか。

ネガティブなことは、考えない、口にしない。これに尽きる。(自虐ネタは大好きなので、やめませんがね)


つづく。


↑投票ボタン(文字が変わります)


---

>>「匿名メールフォーム」へのレス

・お久しぶりです!
 さっそくブログ、お気に入りに登録させてもらいましたっ。
 ソウちゃん、ホントわかいい!
 毎日ブログ更新楽しみにしています。
 リンクももちろんOKです。
 こちらからのリンクは、このブログにした方がいいですか?
 と言っても、リンク変更するのは当分先になりそうですが。

日記のもくじ昨日の日記明日の日記
たまり |mailHP