2004年11月27日(土) 何気ない 一言相手を 傷つけて
今日、サイフ買っちゃおうかなぁという衝動に駆られたけど、買いに行く暇がなくてセーフ。これはもう時間の問題だ。
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ほかの出版物は知らんが、英語教材の場合、ライターが書いた1次原稿が各方面の英語教育のエキスパート(吟味者)数人と英語ネイティブと校正者たちにチェックされ、ライターのもとに戻ってきて、ライターは指摘された箇所を直して2次原稿を作成し、別の吟味者、ネイティブ、校正者にもう一度チェックされ、再びライターに戻り、ライターは指摘箇所を修正し、ようやく入稿となる。
吟味者の指摘がコワイ。そう感じてるのは私だけじゃないはずだ。どんなライターも、出版社から戻されるアカの入った原稿をビクビクしながら見ているに違いない。細心の注意を払って原稿を書いても、誰でも思い込みやうっかりミスがあるので、間違いがあっても当然と言えば当然なんだけど、バカさ加減を同業者にさらすようで、穴があったら入りたい気分になる。
戻ってくる原稿を見て、いちいち吟味者の指摘が正しくて、「嗚呼、私はライターをやるような器じゃないのかも…」と、しょっちゅう落ち込んでいる。吟味者のコメントを読んでいると、ものすごく自分がバカになったような気がしてくるのだ。
もちろん、吟味者はライターをバカにする気なんてサラサラない(と信じたい)。私も別の英語教材の吟味者チームに入っているが、原稿をチェックしているときは、よい教材を作ることだけで頭がいっぱいで、ライターのことなんてこれっぽっちも考えていないもの。
ライターと吟味者の両方をしてみて思うのは、「言葉は選べ」ということ。ライターを気遣った指摘の仕方をしていかにゃイカンと思うのである。何気ない一言が、デリケートなライターを傷つけているかもしれないから。(まぁ、締め切りが迫ってくると、そんな気遣いもしてられなくなるんだが)
私もいちいち傷つかない心臓のライターにならにゃイカンなぁと思う今日この頃であります。(傷つくのも大事なんだけどね)
つづく。
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