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6月16日までの「友のこと」の続編です。
ある日、いつものように彼女からイラスト入りの葉書が届いた。 いつもの私のリクエスト通り、裏面はイラストのみで 近況報告が表面にしてあった。
体調を崩し、診てもらったら隔離されちゃった。 なんかもう、人生、最悪です。
結核と診断され、入院という名の強制隔離をされた彼女。 奇しくも彼女がいる病院は、母がMRSAと闘っている病院だった。 すぐさま病棟に電話をし、面会ができるかどうか確かめた。
答えはYES。 次に母を見舞う機会に、彼女の元へ寄ってみた。
原則として面会は面会室でなら許されるのだが、 患者が少なく6人部屋を独りで占領している彼女に、 ナースの方は部屋での面会を許して下さった。 もちろんそれは、彼女の容態が安定していて 他人と接触しても大丈夫だという診断が下っていたからだ。
病室のベッドに座っていた彼女は、一瞬目を丸くした。 まさか来るとは思っていなかったようだ。 どうして?と尋ねると 「病気が病気だから・・・」 そう答えた。
実は私の母も結核菌のキャリアで、 そう診断が下った時に、私自身もレントゲン撮影を受けたし 私の子供たちもツベルクリン反応をし、BCGの予防接種を追加でされた。
「あれだけ毎日母と過ごしても、感染しなかったんだよ。 お見舞いくらいで移るわけないよ。」
そんな屁理屈を並べ立て、心配する彼女を説き伏せた。
結核だと診断された時、彼女は人生がこれで終わったと思ったらしい。 広い病室に独りでいると、つい悪い方へ思考が向かうと言った。 そして、「弱いねぇ、自分が弱すぎて嫌になっちゃう。」 そう言って笑った。
いや弱すぎるんじゃない。 彼女の立場に立てば、誰だって悪い方へ考える。 やっと愛息の「死」というものを、受け入れきれたばかりだというのに、 神様は容赦なく次の難問を彼女にぶつけたのだ。
いくら本を読むのが大好きな彼女でも時間を持て余し気味で、 もしも、もしも、また気が向けば、お母さんとこの帰りにでも寄ってね。 そんな彼女の言葉にもちろん頷いた。 帰りではなく、母に逢いに行く前に彼女の顔を見に行った。
正直、これはどうかと思った。 結核で入院している彼女と、MRSAで入院している母、 同時に面会をしていいものかどうか、 はたまたどちらに先に行けばいいのか。
母の担当のナースの方に相談しようと思ったけれど 結局は言い出せないまま、彼女の入院生活6ヶ月が過ぎた。
現代では良い薬ができて、結核は不治の病ではなくなった。 だからその病気自体を怖がることはないし、 広い意味で人生が終わりになるなんてこともない。
退院後の彼女もなんとか元気を取り戻し、 日常生活を取り戻しつつあった。
でも、体力の無い彼女には日常生活をこなすことでさえ大変だった。 退院したとはいえ、身体の中の結核菌がすべて死滅したわけではない。 専門家ではないので正しく書くことは難しいけれど、 身体の中に保菌している状態、つまりキャリアであることは違いない。 ただその菌が悪さをするかしないか、ということらしい。
体力の無い彼女は、家でできる仕事をしようと考えた。 好きなイラストを描く仕事が良いのだけれど、 そうそう現実は甘くない。 一緒に遊びに行けるようになるまでと、 私も始めたばかりのパソコンで、彼女とメール交換を始めた。
手紙がメールに代わった。 ヒマな時は一日に何通もやり取りをした。 キーボードを打つ練習は、彼女とのメールのやり取りだったくらいだ。
彼女の悩みも不安も、私の悩みも不安も 全てがあのメールの中にあった。
目の前に果実が落ちてきたら、受け止めてもいいと思うの。 しっかりと枝に付いたままの果実なら、無理やりもぐことはできないけど、 あなたの胸目掛けて落ちて来たのなら、しっかりと受け止めていいと思うの。
あなた達は結ばれていいんだと思うよ。 本当なら、昔に結ばれる筈だったと思うよ。 だから今、こうして時間が経って、あなたの前に落ちてきた。
その実を食べる資格があるとか無いとか、 もうそんなことは関係ない。
素直に受け止めていいと思うよ。
何度も何度も読み返したメール。 ここだけは空で覚えている。 主人と私がつき合うことに、背中を押してくれたのが彼女だ。
でもあの頃のメールは、今では私のパソコンに残っていない。 アクシデントが起こって、私のPCが真っ白になってしまったからだ。 とてもとても悔やまれる。
かろうじて主人のPCの中に、彼女からのメールが一通残っている。 主人への短い近況報告だけなのだけれど 無機質な活字なのに、なぜだかとても暖かい。 茶目っ気たっぷりで書かれたメール、 今ではもう一通だけ。
しばらくすると、彼女からのメールがパタっと止んだ。 パソコンの前に居るのがとても疲れてしまうのだという。 無理をさせていたことをとても後悔した。
だけど彼女と私が一番深く語り合った時間は、 このパソコンという媒体を通した時間だった。
彼女は闘っていた。 とても小柄な身体で闘っていた。
もう一度、元気になるんだ。 もう一度、ピクニックに行くんだ。 もう一度、しっかりと自分の人生を歩くんだ。
彼女の闘いの勝敗の行方を、おそらく彼女は知っていた。 私が貸した本や雑誌を取りに来てほしいと言ってたくらいだから。
彼女が入院中に送ってくれたイラスト。 モデルは私だと表書きに書いてあるが、 私は天使なんかじゃない。
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