台所のすみっちょ...風子

 

 

立場。 - 2004年05月19日(水)

妹がゴマプリンのレシピを送ってくれた。

待ちに待ったレシピ。

だが、書かれていた

板ゼラチン2.5グラムとか、牛乳 200ccという

単語と数字を見て、調理実習の授業で作った牛乳プリンから始まって、

忘れかけていた中学校の家庭科時代までをも思い出し、

私はすでにくじけそうだ。


そう、この日記でほのかに匂わせているように、

私は家庭科が大の苦手であった。

だから、家庭科の調理実習での私の役割といったら、

もっぱら皿洗いだった。

もちろんそうなるには、それなりのこと、、そう、例えば

鍋の柄を持ちながら、中のものをかき混ぜていたら、

柄を覆っていた布巾に火をつけてしまい、布巾を全焼させてしまったりだとか、

クリームソーダにいれるバニラエッセンスは香りづけ程度で

良かったのに、一本丸々全部入れてしまい、班のみんなを気持ち悪く

させてしまったりと、いろいろあったのだが、

決定的だったのは、命名「ハンバーグソース事件」だった。


所詮、子供の料理だからソースといっても、

ケチャップとソースを半々で混ぜるだけのことだったのだが、

それを火にかける、という作業があったのがいけなかった。

初めにその2つを混ぜてから、鍋に入れて火をつけるところを、

私は鍋を思いっきり熱してから、入れたもんだから、、そりゃあ、もう大変。

アメーバーのように流れ込んだソースがあっというまに

しゅるしゅるという音と共に、細胞分裂をしたかのように

いくつもの玉になり、それがポーーーンポーーーン!と勢い良く

鍋の外に飛び出し、一部がクラスメートの手に当たったりして

キャーキャーと周りは大変な騒ぎとなってしまった。

今思い出しても、まったく恐ろしい・・。

こうして、私は皿洗いという飲食店のバイトのような、

可哀相な小公女のような立場に追いやられたのだった。


とは言っても、私は別にいじめられていたわけではない。

たまたま、家庭科では必要とされる素質がなかっただけだ。

それが証拠に、同じように班を構成してやる理科の実験では、

私は班長であった。


ちなみに、私が担当した班では、

実験が成功したことは一度もない。


おしまい。


...




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